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「新・ガザからの報告」(35)24年12月14日―後編・増加するガザ脱出願望者と自殺者―

土井敏邦ジャーナリスト
(自宅周辺の破壊現場に立ち尽くし茫然とする少年/撮影・ガザ住民)

【続く内紛と援助物資の略奪】

 先週、私たちは再び援助物資の輸送路での暴力と戦闘の増加を目撃しました。今週は2つの事件がありました。そのうちの1件では2人が死亡し、もう1件では6人が死亡しました。合計すると、8人が死亡したことになります。ハマスと有力一族、商人、ギャングの間の内紛です。

Q・どういう意味ですか?ギャング、有力一族などは、ハマスと戦うために団結しているということですか?)

 いいえ、違います。彼らは別々に戦っています。ハマスに対して団結しているわけではありません。

 ある事件では、ハマスと商人との争い、他の事件では、ハマスと有力一族との戦いがあります。さらに他の衝突は、ハマスとギャングの間で個別に起こっています。

 ですから、彼らがハマスに対して一つの勢力として団結しているわけではありません。ハマスは多くの集団、多くの地域で衝突を起こしています。

(Q・WFP(世界食糧計画)が各家庭に小麦を送ることに成功したとのことですが、援助物資を積んだトラックの一部はハマスやギャング、有力一族によって盗まれているのではないかと懸念しますが、なぜWFPは小麦を各家庭に送ることができたのでしょうか?)

 これは非常に重要な問題です。説明すべき点が2つあります。

 1つ目は、WFPのような国際機関はどんな事件についてもコメントしません。WFPや国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)、ユニセフ、セーブ・ザ・チルドレン、オックスファム、ワールド・セントラル・キッチンといった組織は、声明を出したり、発言したりしないのです。だから私たちはその事件を目撃した一般の住民の証言に完全に頼っています。トラックの盗難についての公式発表はありません。だから私たちは事件の目撃者たちからの証言に頼っているのです。

  2つ目は、WFPのトラックに対する攻撃の回数が減少していることです。小麦粉袋の価値が下がったからです。今では、闇市場でも、数週間前のように高値でこの小麦粉袋が売られてはいません。闇市場でも価格が下がっています。

 だからハマスやギャングなどは、以前のようにWFPのトラックを攻撃しなくなりました。なぜなら1~2トラックを盗んでも、以前のように多額の金を手に入れることはできないからです。そのため、小麦粉のトラックに対する攻撃が減り、WFPは各家庭に小麦粉1袋を確保することに成功したのです。

(Q・略奪を目撃した人々が証言していうことですが、どのような証言をされたのですか?)

 ガザ地区には2本の主要道路があります。ガザ地区の中心部にあるサラハディン通りと、海岸沿いの道路です。援助物資のトラックはすべて、この2本の道路を通ってやってきます。

 現在、この2本の道路の両側に、何千ものテントが建てられています。ですから、昼夜を問わず、何かが起こっているとすれば、数千人の目で監視されていることになります。何も秘密裏に行われることはありません。すべての人に明らかです。彼らは監視しています。

 もしかしたら、身の安全を心配して、あるいはハマスやギャングに危害を加えられることを恐れて、口を閉ざしている人もいるかもしれません。しかし、勇気を持って、目にしたことを詳細に語ってくれる人もいます。今起こっていることを記録し、語っている人もいます。

 でも、ご存知のように、ハマスは、小麦の価格が下がったとしても、小麦を必要としています。なぜなら、彼らは100人近い人質を捕らえており、ハマス内部には多くの戦闘員がいるからです。彼らに食べ物を与える必要があります。ですから、価格が下がったとしても、彼らは小麦を必要としているのです。

(Q・あなたはどう思いますか?ハマスはWFPの小麦粉の収奪を止めると思いますか?)

 ハマスは援助物資の略奪や窃盗を止めないと思います。そのたびに“お気に入り”の標的が見つかります。最近では食糧小包が標的になっています。以前は人質や地下に隠れている兵士や戦闘員がいて、小麦粉を必要としていたのは確かです。しかし、ここ数週間で、彼らは何台ものトラックを盗みました。この量は十分すぎるほど十分だと思います。つまり、彼らは毎回異なる標的を攻撃しているのです。

 最近では、他の国々や人道支援団体から送られてくる食糧支援を狙っています。ガザ地区には、現在、数種類の食糧支援物資があります。段ボール箱の中に、砂糖や米、食用油、トマトペースト、紅茶、イチゴジャムなどさまざまな食料品が入っていますが、最も重要で貴重な食糧の支援物資は、サウジアラビアから送られてくる食糧支援物資です。それはとても大きな箱で、大量の砂糖や高級米、食用油(1リットル入りではなく、3リットル入りの大きなボトル)が入っています。ですから、最近ではハマスはこれらの小包、つまりサウジアラビアからの小包を標的にしています。

 その後、彼らは別の物を見つけると、それを攻撃します。ですから、常に小麦粉が標的になっているわけではありません。しかし、彼らは必要なものを選んでいます。しかし、現在、小麦粉危機はほぼ解決しました。小麦粉のトラックに対する攻撃は減少しています。

(全てを失った女性/撮影・ガザ住民)
(全てを失った女性/撮影・ガザ住民)

【親の子どもへの暴力】

(Q・私は親たちの苛立ち、子どもに暴力を振るう母親の苛立ちがわかりました。あなたのインタビュー〈「新・ガザからの報告」(33)〉を通して理解しました。このようなインタビューは非常に重要です。あなたは避難民たちの生活や心理状態についてどういう印象を持っていますか。何か気づいたことがあれば教えてください)

 そういうインタビューは私にとって容易なことではないとあなたにお伝えしておきます。ここでは、女性たちが自分たちの心理状況について話すのは微妙な問題です。ですから、私はこの女性に私が尋ねようとしていることを納得してもらうために多大な努力をしました。

 彼女は当初、インタビューを拒否していました。自殺願望や自殺の意思については聞かれることを拒否しましたが、私は自分のやり方で説得しました。簡単ではありませんでしたが、重要なインタビューだったと思います。

 本当にこの女性は何度も自殺を試みており、ある女性が私にこの女性の自殺の意思を知らせてきました。「彼女は自殺しようと考えている。そして、自分だけ死ぬのは嫌だから、子どもたちも一緒に殺すと言い張っている」というのです。

(Q・夫の反応はどうですか?)

 夫は妻が自殺しようとしていることを知っています。夫は精神疾患を患っていて、非常に重病です。苦しんでいます。私は彼にもインタビューしようとしたんですが、彼は大声で叫びました。そして、テントの中で奥さんににインタビューしようとしたんですが、彼は拒否し、大声で叫び、私をテントから追い出しました。私は彼女を他の場所に連れて行って、私たちはある場所に座って、インタビューしました。

【増加するガザ脱出願望者と自殺】

 Facebookなどいくつかの情報によると、20歳未満の若者のほぼ半数が自殺したいと思っていると書いてありました。希望がないのです。

 実際、多くの人びとが自殺しています。この戦争の最中にです。そして、そのほとんどの人がテントの中で生活しています。彼らはベイトラヒヤ町、ジャバリア難民キャンプ、ベイトハヌーン町、ガザ市から来た避難民です。自殺未遂についてだけ話しているのではありません。すでに首を吊ったり、ナイフや毒物を使って自殺を遂行した人がたくさんいます。

(Q・すでに多くの人びとが自殺しているということですか?)

 私はあなたにすでに報告したと思います。継続的に何度も何度も報告しました。この戦争中でも自殺の事例は止まりません。男性だけでなく、女性も自殺しようとします。

 自殺した人と自殺しようとしている人を、私は別々のグループにまとめています。そのほとんどが若者か壮年の年齢層です。18歳から40歳の間です。私のインタビューに答えた女性は33歳で、平均的な年齢ですね。私が耳にするほとんどのケースは、この平均値に位置する人々のもので、18歳から40歳です。

(Q・多くの若者がガザ地区から脱出しようとしていると聞きます。もちろん、イスラエルがガザ地区を包囲しているため、非常に困難でしょう。それでも海から、あるいはトンネルを掘ってなどの手段で脱出しようとしていると。彼らは死ぬことができないから、ガザから脱出して生き延びようとしているのでしょうね?)

 この試みの動機は非常に強いものです。イスラエルは戦車部隊でガザを包囲しています。移動することはできません。戦車に近づくことさえできません。戦車に近づこうとすれば、無人機に撃墜されてしまいます。無人機は上空から離れません。フィラデルフィー回廊やネツァリーム回廊との東の国境に近づこうとする者は、常に無人機によって殺されています。しかし海に行こうとしても、殺されることはありませんが、漁をしている漁師たちは、海岸から半キロメートルか約70メートル以内でしか漁をすることが許されていません。

 それらの漁師たちは、海岸から遠く離れた場所に船を出すことはできません。もしそれをしようものなら、イスラエル海軍に殺されてしまいます。ですから、今、漁獲量は非常に少なくなっています。とにかくガザから誰も出て行くことはできないのです。

 ある青年のことを思い出しました。3ヵ月ほど前に彼の話を聞きました。

 彼は叫んでいました。叫びながら、空を見上げて神に尋ねていました。「なぜ人間を創ったのか?なぜ私を鳥に創らなかったのか?なぜ鳥や鳩や鷹にしてくれなかったのか?なぜ鳥に私を創らなかったのか?私は飛びたい。イスラエル上空を飛びたい。翼で移住し、空を飛びたい。神よ、なぜ人間として私を創ったのですか?」

 そして、彼は自分を叩き始め、自分の顔を手で叩いた。

 私はこの男が自殺をしようとしている、彼は精神的に病んでいると確信しました。彼は自分を傷つけ、叩き、自分を人間として創った神を責めていました。鳥のように飛んでいきたいと願っていたのです。

 ですから、ほとんどの若者たちはこの戦争が終わるのを待っていると思います。どれほどの若者たちがガザから脱出するつもりなのか、想像もつきません。

 大多数の人びと、今、通りやテントの前で座り込んでいる若者たちについて、「この戦争が終わったら何をしたいか?」と尋ねたら、彼は間髪入れず即座に「逃げ出したい」と答えるでしょう。逃げ出したい。良い生活を求めたい。

 なぜなら、私たちは打ちのめされています。ガザで生きる理由が何もない。ですから、若者たちは、ほとんどがガザから出て行くつもりでいます。合法的な方法か非合法的な方法かに関わらず、密輸や海路などです。

 この戦争が今後数か月間、あるいはそれ以上続けば、多くの人々、特に若者たちの自殺が増加すると思います。人びとは希望を失って自殺しています。希望がありません。

 「地平線」も見えません。「地平線」が遮られているのです。彼らは目の前に「良い生活」をまったく期待することができません。だからこそ、この戦争が一日も早く終わらないと、余りにも多く若者の命が失われ続けると思います。

【伝えられない自殺急増の現実】

(Q・トルコなどに住むハマス指導者たちは、ガザの住民たちがどれほど苦しんでいるか、ガザの現実を知っていると思いますか?)

 彼らはすでに情報を得ているが、それについて考えようとしなかった、真剣に受け止めようとしなかったと思います。最初から、彼らは私たち住民のことを考えようとしなかった。私たちのことを気にかけようともしなかったのです。

 この戦争の前から、ハマス政府は腐敗にまみれていました。ガザ地区の失業率は世界で最も高く、アフリカの貧しい国々よりも高いのです。そのため、何千人もの若者がガザ地区内で自殺を図ったり、ボートで海から密航するという危険な手段で国外脱出を試みる際に命を落としたのです。

(Q・それは戦争の前ですか、それとも後ですか?)

 戦争の前です。そして、あなた自身、ガザ地区で取材して、いくつかの事例に遭遇しました。あなたは、自ら焼身自殺を図った人びと、毒を飲んだ人びと、銃で自殺を図った人びとなど、この戦争が始まる前から、メディアに報告しようと叫び続けてきました。自殺を図る人が大勢いることを、です。

 しかし残念ながら、この状況について誰も話題にしていません。メディアでも、人権団体でも、国際団体でも、話題にするのは完全にタブー視されていました。触れてはいけない、話題にしてはいけないのです。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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