Yahoo!ニュース

強心臓リリーバーが台湾で実践する落合博満監督の指導論

横尾弘一野球ジャーナリスト
登板を終えた投手と対話する川岸 強コーチ(右)丁寧な指導には定評がある。

 強気のマウンドさばきを持ち味に、中日と東北楽天でリリーバーとして活躍した川岸 強は、現役引退後に球団のアカデミーや東北楽天シニアで次世代の育成・指導に尽力した。そして、キャリアをさらに積み上げたいと申し出ると、2021年秋から台湾プロ野球(CPBL)の楽天モンキーズに派遣され、今季は二軍投手コーチを務めている。

 技術面での指導力の高さはもちろん、選手に寄り添う姿勢にも定評があり、昨年はアジア・ウインター・ベースボールに参戦するCPBL選抜でも投手コーチを担った。

「ウインター・リーグを終えて日本へ戻ったのが12月20日でしたが、年が明けて1月15日にはこちらで今季の準備を始めた。日本には、1か月もいなかったですね」

 そう言って笑う川岸が「プロの世界で生きていくのは、こういうことなんだ」と理解できたのは、中日へ入団した2004年から監督に就いた落合博満の言葉だった。春季キャンプ開始を翌日に控えた1月31日、宿舎のミーティング・ルームに選手やスタッフを集め、落合監督はこう言った。

「チームのためにとは考えず、家族や自分のために野球をやってください」

 桐蔭学園高、駒沢大、トヨタ自動車では、いかにチームの勝利に貢献できるかを追求しながらスキルを磨いた。プロの世界も、それに変わりはないのだが、野球がクラブ活動から職業になった以上、まず自分を生かさなければ何も始まらないのだと受け止めた。

 さらに、オープン戦期間のことだ。たまたま川崎憲次郎と二人での移動になった時、川崎から「プロで一番大切なことは何だと思う?」と問いかけられた。川崎の答えは“センス”だったという。

「その時はよくわかりませんでしたが、経験を重ねていくうちに理解できた。新たな球種を覚える時、自分のピッチングをよりよくしたい時、ケガをしない投げ方、長く現役でいられる体作りなど……。スキルアップする方法は多様ですけど、どれを選び、どう身につけていくかはセンスがものを言う。プロ入りしたばかりの頃に、落合監督と川崎さんからいい話を聞くことができました」

 そうやって、川岸が成長していた時、落合監督が実践していたのが「教えない指導」だった。

現役時代に経験した「教えないで見ている」指導

 プロの世界を生き抜くためには、自分の野球を自分で考えることが必要ゆえ、コーチから教えるのではなく、選手が求めてきた時に的確な助言をすべき。そのためには、常に選手の動きを観察せよ。そんな落合監督が作り上げたチームで3年間を過ごした川岸も、「基本的には私からは教えず、選手たちの取り組みを見ています」と言う。

「よく日本で言われているのは、台湾の人はのんびりしていて、集合時間ギリギリに集まるのは当たり前ということ(笑)。でも、上手くなりたいならこうしよう、と言えば素直に耳を傾けます。また、私は中日でチェン・ウェイン(陳偉殷)と同期入団なんですが、彼は台湾のスーパースターだから、ポイントで名前を出すと選手の反応はいい。そうして選手の立場も考えながら、コーチという役割に取り組んでいます」

 そんな川岸自身は、いつかは東北楽天でコーチをやってみたいなど、個人的な目標は抱いていないと語る。

「とにかく今、目の前にいる選手の成長をどうやってサポートしていくか。求められる限りは、その仕事に全力で向き合っていたいと考えています」

 現役時代にチームメイトが評していた生真面目な性格はそのままに、川岸は台湾の地で奮闘している。

(写真/Paul Henry)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

横尾弘一の最近の記事