【東京国際映画祭】「黒澤明」と「生と死」でつながる2つの作品
10/24に開幕した第35回東京国際映画祭。10日間の映画祭の最後を締めくくるのが、11/2にクロージングとして上映されるイギリス映画の『生きる LIVING』だ。
そのタイトルからわかるとおり、名作『生きる』の再映画化である。1952年の黒澤明監督作品。今から70年前の映画である。
志村喬が演じる主人公の渡辺勘治は、市役所の市民課長だが、書類に目を通しハンコを押す単調な毎日。そんな渡辺が体調の不良からガンであることを自覚し、人生最後の仕事として市民が要望する公園を作る物語。完成した公園で雪の夜、渡辺はブランコに乗ったまま、あの世へ旅立ってしまう。黒澤明作品の中でも名作中の名作で、まだ日本アカデミー賞など存在しない時代、その年のキネマ旬報日本映画ベストテンで第1位に輝いた。時を経て、2018年には宮本亜門演出によるミュージカル版も誕生する。
そして今、再映画化された『生きる LIVING』は先のヴェネチア国際映画祭でお披露目され、東京国際映画祭でも上映される。脚本を手がけたのは、2017年にノーベル文学賞を受賞した、黒澤の大ファンというカズオ・イシグロである。
この『生きる LIVING』、驚くまでにオリジナルの世界を追体験させる。舞台はロンドンに変えられているものの、1953年という設定も含め、基本のストーリーは忠実。そして何より、全体のトーン、ムードで『生きる』の時代を再現しているのである。いきなり過去にトリップさせるオープニングから、クラシックな世界に没入してしまう印象。通常このようなリメイクは、どこか現代の映画らしいアレンジがなされるのだが、『生きる LIVING』は、映像のセンス、キャストの佇まいまで、いい意味で過去に作られた映画のように錯覚させる。だからこそ、深く感動してしまうという不思議なマジックが起こる、奇跡の仕上がりになっている。主人公を演じるのは、イギリスが誇る名優、ビル・ナイ。
まさに黒澤明の世界が現代に甦った感覚だが、その黒澤明に関して、今年の東京国際映画祭では「黒澤明賞」が14年ぶりに復活。過去にはスティーヴン・スピルバーグや山田洋次らが受賞したこの賞が、第35回の今年、深田晃司とアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥに贈られる。
そのイニャリトゥ監督の最新作も東京国際映画祭のガラ・セレクションで上映される。『バルド、偽りの記録と一握りの真実』だ。昨年度(今年の授賞式)、『ドライブ・マイ・カー』が受賞したアカデミー賞国際長編映画賞で、本年度のメキシコ代表にもなっている作品。
イニャリトゥ監督といえば、2006年の『バベル』を東京でも撮影。菊地凛子にアカデミー賞助演女優賞ノミネートをもたらした。日本とも縁が深い。
今回の『バルド』は、2015年の『レヴェナント:蘇えりし者』(アカデミー賞でイニャリトゥが監督賞、レオナルド・ディカプリオが主演男優賞受賞)以来の長編作品。主人公はジャーナリストでドキュメンタリーの製作者。メキシコからロサンゼルスに拠点を移した人生を描くのだが、明らかにイニャリトゥが自身を重ねており、大げさにいえば“半自伝”的なストーリー。イニャリトゥらしく、めくるめく映像マジックの中に、人生の深い部分に響くメッセージが込められている。何より「生と死」のテーマが鮮明で、黒澤明の『生きる』に共鳴する部分もある。黒澤明賞受賞の最新作としては感慨深く、『生きる』のリメイクとともに今年の東京国際映画祭で上映されるのは、偶然ながら幸福な機会になったと言えそうだ。
『生きる LIVING』
東京国際映画祭での上映:11/2(水)18:40〜、19:00〜(チケットは完売 ※10/27時点)
日本での劇場公開は2023年春
(c) Number 9 Films Living Limited
『バルド、偽りの記録と一握りの真実』
東京国際映画祭での上映:10/30(日)17:55〜
Netflixで12/16(金)より独占配信、11/18(金)より一部劇場にて公開