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「イスラーム国」との闘いとは何だったのか

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
「イスラーム国」が使用した武器の出所を見れば、必要な対策も明らかになる。(写真:ロイター/アフロ)

 「イスラーム国」が中東諸国だけでなく、日本を含む世界各国の人民や権益にとって大きな害悪であることは明らかである。同派は世界的な安全上の脅威である(或いはだった)と考えられている。その一方で、彼らがなぜそのような集団にまで成長/増長したのかという原因と、今後その原因を断つにはどうすべきかという点についての考察は深まっていないように思われる。

誰が武器を与えたのか?

 「イスラーム国」がなぜこれほどまでの流行現象となったのかという点については、筆者も広報人員の勧誘の側面から検討してきた。また、「イスラーム国」の財力については、油田の占拠や天然資源・文化財の略奪などが注目されたため、多数の書籍や報告書が著されてきた。ここで残されている問題の一つは、「イスラーム国」が戦闘に使用する武器・弾薬をどのように調達していたのか、という問題である。イギリスの研究機関のConflict Armament Research(CAR)は、イラクとシリアでの現地調査を基に、「イスラーム国」の武器・弾薬調査の実態について報告書を発表した。この報告書は、CARが「イスラーム国」の台頭以来実施してきた、同派が使用した武器・弾薬の出所、爆弾製造に用いられた原料や機器の出所、様々な化学物質の出所についての調査の総合版ともいうべき長大なものである。その成果の一部は、以前にも紹介している。報告書の武器・弾薬に関する部分はこちらに要約した。

 武器・弾薬のほとんどは、中国・ロシア/ソ連・東欧諸国などで生産されたものだった。それらの納品先は、アフガニスタン、アメリカの軍・国防省・企業、サウジ、カタル、南アフリカ、旧ユーゴスラビア諸国、モーリタニアなど様々で、「イスラーム国」が様々な武器流通経路に浸透していることが示されている。興味深い点は、「イスラーム国」は常に新たに生産された弾薬の供給を受け続けていたという点である。「イスラーム国」が占拠地を拡大した当初、同派はイラクとシリアの政府軍・治安部隊から大量に武器・弾薬を奪取し、それを戦闘に使用していたと考えられていた。最近でも「イスラーム国」の広報作品には戦利品として武器・弾薬や車両の動画・画像を誇示する作品が度々発表される。しかし、現地調査の結果、「イスラーム国」が使用している武器・弾薬類は、同派が戦場で奪取するだけでは調達不能なものが含まれていることが判明した。対戦車兵器がその一例である。また、最近「イスラーム国」が使用した弾薬の多くは、イラク、シリアの軍事施設に備蓄されていた類のものではなく、過去数年のうちに生産されたものだった。

 それでは、そうした武器・弾薬はどこからもたらされたのだろうか?製造番号などから追跡した結果、問題の武器・弾薬類はアメリカやサウジがEUに加盟する東欧諸国から購入した模様である。そして、それらは購入後シリアの「反体制派」武装勢力諸派に提供された。不可解なことに、そうしてシリアに持ち込まれた武器・弾薬は、極めて短期間のうちに「イスラーム国」の手に渡っている。一部の弾薬は、生産されてから2カ月足らずのうちに「イスラーム国」によって使用されている。この事実は、シリアの「反体制派」に提供された武器・弾薬が、戦場で「イスラーム国」に奪取されたり、武器を提供する過程でなにがしかの汚職や不正で横流しされたりした結果「イスラーム国」に渡るのではないことを示している。

「イスラーム国」と闘っていたはずの諸国は、自ら購入した武器で「イスラーム国」によって撃たれる羽目になった。(図は筆者作成)
「イスラーム国」と闘っていたはずの諸国は、自ら購入した武器で「イスラーム国」によって撃たれる羽目になった。(図は筆者作成)

シリアの「反体制派」を支援してはならない!

 報告書は、アメリカやサウジがシリアの「反体制派」に武器・弾薬を提供することが、「イスラーム国」による武器・弾薬調達の重要な経路として問題視している。

 ただし、確認しておくべきことは、シリア政府に対して蜂起することやそれを支援することそのものが悪いのではないということだ。これについては、蜂起や支援をした主体がその結果に責任を負えばいいだけの問題だ。問題になる点は、蜂起の結果現れた武装勢力が「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派に半ば従属し、彼らに武器・弾薬を提供する道具に成り下がっていることである。シリア紛争において「反体制派」とその支援者たちが体制打倒を達成しようというのならば、「反体制派」の武装闘争を「正義の闘争」として厳しく統制すべきである。また、「反体制派」に武器・弾薬を供給する主体は、それが体制打倒に十分な量・質にするべきだったし、供給された武器・弾薬の管理をないがしろにしてはならなかった。この統制や管理がちゃんとできてさえいれば、「イスラーム国」や「ヌスラ戦線」を筆頭とするイスラーム過激派がシリア紛争の場に現れることもなかっただろう。

結局、シリアの「反体制派」への軍事援助は三つの問題を招いた。第一は、武器・弾薬の管理の問題である。CARは、調査の過程で武器・弾薬の出どころとなった国や組織に、購入した武器・弾薬の所在を照会した。照会に回答しなかった国・組織も少なからずあったようだが、軍や治安部隊、それらに装備を納入する業者の許から、大量の武器・弾薬が「いつの間にかどこかに行った」というのなら、それは行き先が「イスラーム国」でなくとも恐ろしいことだ。

第二は、武器・弾薬の生産者との契約違反という問題である。武器・弾薬の生産者/国は、販売した物品が自分自身に向けられたり、どこかの紛争を激化させたりすることを避けるため、購入者が生産者への通知や同意なく第三者に武器・弾薬を移転させない契約を結ぶことが多いようだ。報告書では、多くの事例で生産者は武器・弾薬がシリアの「反体制派」に移転されたことを知らないと回答したようであり、この場合、「反体制派」に武器・弾薬を移転させた国や組織は、必要な通知や生産者からの同意取り付けを怠ったという契約違反を犯していることになる。

第三は、「イスラーム国」対策上の一貫性の欠如という問題である。シリアの「反体制派」を通じて「イスラーム国」に流れた武器・弾薬を購入した主体と、「イスラーム国」対策の連合軍に加わった主体はほぼ同一なのである。アメリカ、サウジなどが購入してシリアに送ったはずの武器・弾薬が、イラクにおいてはこの両国も参加する連合軍やその提携勢力との戦闘に使われたのである。つまり、アメリカなどは「イスラーム国」を攻撃するのと同時に、「イスラーム国」が使用する武器を供給していたのだ。

武器・弾薬の不可解で非合理的な供給・流通は、イラク、シリアでの事例以外にも多数あり、内戦や非国家主体が関与する紛争では珍しくないのかもしれない。しかし、そういうものとし放置することは、現在の「イスラーム国」対策にも将来「イスラーム国」に類似の現象の発生と流行を防止する上でも好ましくない。重要なことはこの種の団体にヒト・モノ・カネなどの資源を調達させないことであり、全当事者が対策の効力を高める努力をしなくてはならないのである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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