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このチラシ1枚が、今年のノルウェー地方選挙と北欧デジタル化社会の特徴を語る

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
Photo:Asaki Abumi

ノルウェーでは9月9日に4年ごとに開催される統一地方選挙がある。

この国では、「いつから選挙運動を開始」という共通の決まりはない。およそ1年前から、各党は選挙を見据えた言動をゆるりと始める。

7月は社会全体が夏休みモードとなるので、いったん休憩。8月になると、本格的な選挙活動が始まる。

今回の地方選挙で、長く取材をしたきた私が、「珍しいっ!」と驚いたことがあった。

郵便箱に、オスロ市から「チラシ」が届いたのだ。

それは、ディーゼル・ガソリン車、電気自動車が、各地にある有料道路で、どれほどの料金を実際払っているかというもの。

Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi

「電気自動車の先進国」として有名なノルウェー。大気汚染を悪化させるディーゼル・ガソリン車の運転手は、より多くの「道路利用料」を払わなければいけない。

どんどん風向きが厳しくなる傾向に、「もう、これ以上払えないよ!」と、全国各地の運転手は、怒りを爆発させた。

「有料道路・反対」らしき新政党がぞくぞくと立ち上がり、支持率を上昇中。選挙後には、各地の議会の構図を変えそうな勢いだ。

これに対して、「大変だ。放ってはおけない」と、早速動いたのがオスロ市。

首都オスロでは、中道左派が「緑の環境党」と連立をして権力を握っている。

オスロでは、有料道路制度は1990年から始まっている。

6月から新システムが開始されたが、仕組みがいまいち分かりにくい。車種・走る場所・時間帯などによって、値段が変わるからだ。

市が配布した裏表印刷された1枚のチラシには、「以前よりも、料金は安くなっているんですよ」ということが必死に説明されていた。

多くの運転手は、新制度によって、「よりお金を支払わなければいけない」と思っているからだ。

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1枚のチラシから伝わる、道路政策の難しさ

私がいろいろと珍しいなと思い、このチラシを保管しているのには、理由がある。

市が、今の有料道路に関する議論のリスクの高さを認識し、あせっていることが伝わってくるからだ。

それに、選挙を意識してだろうことは明確。普段は紙のチラシになんぞにお金はかけないのに、今回はわざわざ印刷して郵送までしていることが、おもしろい。

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政治カオスを起こす、感情的なテーマ

極右、右派・左派を含める既存政党は、危機感を強め、同時に驚いている。有料道路制度に嫌気がさしているという「新政党」が、各地で支持されているからだ。

立ち上がったばかりの政党が、議席を獲得しそうなほど支持率を伸ばす状況は、普通ではない。

有料道路は、「野生オオカミの射殺」議論とまではいかないが、国民を「感情的」にさせ、「冷静な議論を難しくさせる」テーマのひとつだ。

感情的なテーマほど、数字、事実、理屈は通らなくなる。

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右派・左派の流れで説明がつかない

これら新政党には、右派・左派の両派から支持者が流れていることも特徴的だ。

ポピュリスト、右派・左派という流れよりも、「電気自動車を買う、金銭的な余裕がない」世帯が悲鳴をあげている(特に送迎回数が多くなる子どもがいる家庭)。

感情的な議論が進む中、市が「これが正しい事実!」とチラシを配布するなんて、どれほどあせっているんだろう、と思う。

Facebookのタイムラインにも、有料広告として、制度に関する市側の言い分がぴょこぴょこと出てくる。私はもはや、自分のスマホのスクリーンで何度見たか、覚えていない。

市が税金を使って作成・郵送したチラシだが、説明内容には間違いがあったことも後で判明し、現地ではさらにニュースとなった Photo: Asaki Abumi
市が税金を使って作成・郵送したチラシだが、説明内容には間違いがあったことも後で判明し、現地ではさらにニュースとなった Photo: Asaki Abumi

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デジタル化で紙のお知らせが化石化している国で

ノルウェーという国は、「デジタル化」が大好きだ。

「デジタル化大臣」が政府にいるほどだ。

郵便局や銀行の支店、スーパーの店員がいるレジはどんどん消えている。

レジでは客が自分たちで商品をスキャンし、支払い。お金の出し入れはネットで、手紙の配達日は減る。北欧他国でもこの流れは進む。

国や自治体レベルで政策に変更があったとしても、手紙でお知らせなんて、こない国だ。

政治家は、こう思っている

  • 「市民は国や自治体の公式HPを見ているだろう」(高度なうぬぼれと自尊心の高さだと、私は思っている)
  • 「市民はニュースをチェックしているだろう」(誰もが朝一で、ニュースをスマホやパソコンでみるわけではない)

気づくだろうか。ここで忘れられている人々がいることが。

ネットをそもそもあまり使わない人、住んでいる地域や金銭的な事情でよいネット環境にいない人、高齢者、ノルウェー語が分からない移民がここで忘れられている。

ノルウェーのデジタル化で高齢者の存在が薄いのは、この国独特の傾向だ。

オスロでは、冬の大気汚染レベルが最悪な状態に達した時も、ガソリン・ディーゼル車の交通規制が急遽決まった時も、市民にはわかりやすいお知らせはこなかった。

「ノルウェー語でのネット配信とメディア頼みで、市民全体に届くと思っているのか」と、驚いたのを覚えている。

行政から届くお手紙やチラシというのは、ゴミの分別方法など、数少ない。

ずっとそういう状況だったので、選挙前に、この有料道路制度を説明するチラシがポストに届いたのは、選挙運動をリサーチする私には、とても興味深い観察対象だった。

ちなみに、加熱する道路議論の最中に、オスロ市が「わざわざ」紙のチラシを(税金を使って)、市民に郵送するということは、全国レベルでも大きなニュースとなった。

そう、新制度を紙でお知らせすることは、この国ではそれほど珍しい、化石化しつつある行為なのだ。

新政党に投票しようと思っている人々の決意に、市のラブコールが届くかは別問題。

それでも、1枚のチラシは、今年のノルウェー選挙の争点を理解するには、十分な資料だった。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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