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ブラジルの元10番、ロナウジーニョの言葉

林壮一ノンフィクションライター/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
(写真:Maurizio Borsari /アフロ)

 この夏、取材で訪れたポルトアレグレは、元セレソンの背番号10、ロナウジーニョの故郷である。ロナウジーニョがプロデビューしたグレミオで、彼の過去の発言が載った記事を見付けた。

撮影:筆者
撮影:筆者

 「僕が幼かった頃、サッカーをして自宅に戻ると、いつも母が微笑んでいた。幸せそうだった。でも、ある時母が泣いていたんだ。驚いて兄のロベルトを見ると、彼は激しく僕を抱きしめてシャワールームに連れて行った。そして言った。

 『お父さんが事故で亡くなった』って。当時の僕は、何も理解出来なかった。いつ父が帰ってくるんだろう? どういう意味なの?って感じだった。

写真:アフロ

 父はいつも僕に『お前は独創的なサッカーをする選手になるだろうよ』言ってたね。その言葉が、ピッチで僕に自由を感じさせてくれた。いつもボールと一緒だった。父は誰よりも僕の才能を信じてくれた。

 兄がグレミオでプロ選手となってからも、父は周囲に語りかけていた。『ロベルトもいい選手だが、弟はもっと凄いから成長するまで待っておくれ』。父は僕にとってスーパーヒーローだった。平日にボートショップでの勤務が終わると、サッカー第一って生活をしていた。週末はグレミオのスタディアムで、警備の仕事をしていたよ。

写真:アフロ

 『もう、会えなくなっちゃったんだぞ』って兄に聞かされても、まだ意味が分からなかった。父が還らぬ人となったって悟ったのは、数年後のことさ。でも、いつだって父と共に生きている」

 2020年3月、偽造パスポート使用の罪でパラグアイで逮捕されたロナウジーニョ。幼少期は赤貧洗うが如しの生活を余儀なくされた。9歳年上の兄がプロサッカー選手となったことで、貧しさから抜け出せた。

写真:ロイター/アフロ

 しかし、兄のロベルトは膝の故障で長く活躍することは叶わず、弟の代理人となる。Jリーガーとしてコンサドーレ札幌のユニフォームを着ていたこともあった。

 ポルトアレグレで出会ったグレミオ関係者は「ロベルトは、ダークな部分の多い男だ」と発言した。カナリアの象徴でもあったスーパースターが、偽造パスポートを片手に拘束された折にも、傍らに兄の存在があった。

 その後、刑務所内でも楽しそうにボールを蹴る姿がSNSで出回り、ファンを驚かせた。

写真:アフロ

 ロナウジーニョの父への思いに、彼の原点を見る思いがした。かつてのセレソンの背番号10は、カタールW杯をどのように見詰めるのだろうか。

ノンフィクションライター/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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