ラジオで振り返る「カムカムエヴリバディ」スタッフ泣かせ、100年分のラジオ集め
いよいよクライマックス。“朝ドラ”こと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)は親子3代の100年間の物語で、“ラジオ英語講座と、あんこと野球とジャズと時代劇”が100年を貫くキーワードになっていた。そこで活躍したのは“ラジオ”。
初代ヒロイン安子(上白石萌音)は1925年(大正14年)3月22日、日本ではじめてのラジオ放送がNHK東京放送で行われた日に誕生し、彼女も2代目ヒロインるい(深津絵里)も3代目ヒロインひなた(川栄李奈)もみんなラジオで英語講座を聞いて英語を学ぶ。
時にはラジオ体操を行い、時には戦争のニュースを聞き、時代劇の情報や『オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート』や流行歌の数々を聞いて……。彼女たちの傍らには常にラジオがあった。第109回では、最重要案件である安子の真実がるい(深津絵里)にもたらされるのもラジオだった。
第1回から最終回までこんなに出るとは思っていなかった
100年分のラジオを集めた功労者は装飾担当の高津商会・村田好隆さん、持道具担当の京阪商会・楠正由貴さん。美術スタッフからオーダーを受けてふさわしいものを選ぶ。
1925年から2025年までラジオのちょっとした年代記のように思えるほど多くのラジオを集めた村田さんと楠さんは口々に「まさかこんなにラジオが出てくるとは最初は思いませんでした」とやや苦笑い気味に語る。
時代によって村田さんと楠さんが手分けして準備。安子編からるい編の途中まで、戦前戦後のクラシックなラジオを高津商会の村田さんが担当し、るい編以降、比較的現代的なラジオを京阪商会・楠さんが担当した。
高津商会さんは古道具を多く持っていてこれまでの大阪制作の朝ドラの玉音放送シーンのラジオなども担当してきた。
「同じようなシーンでも作品によって設定が違うとラジオも変わります。たとえば『まんぷく』(2018年度後期)では田舎の疎開先で聞いているのでやや古いラジオを選んでいます。『カムカム』の雉真家ではどん!と大きなものがいいと美術スタッフからのオーダーを受けて選びました」と村田さん。同じ日時でも環境が違うと小道具も変わるのだ。
見た目がかわいく橘家らしいビリケン型
確かに雉真家のラジオは居間の奥に鎮座ましますという雰囲気で立派な台の上に置かれ、縦に四角くて風格があった。一方、安子(上白石萌音)の生家・橘家は縦型だが「ビリケン型」(正式にはミゼット型)と呼ばれるすこしかわいい感じのものだ。ドラマ初期の頃、食卓を一緒に囲んでいるように見えていた。
「大阪の通天閣のビリケンさんの頭に似ているので『ビリケン型』と呼ばれています。当時、一般家庭に普及率が高いもので、庶民的であり、見た目がかわいく橘家らしいということで、これを使いたいと美術スタッフからリクエストがあって探して購入しました」と村田さん。
算太があかにしから盗んだものとは違う型を選びたかったが、当時のラジオで状態のいいものは限られていて結果的に同型になった。
ラジオ自体があったとしても完品でないこともあり、つまみがないとか割れていたりコードが汚かったり、それを一から直すのも村田さんの仕事。「この時代、ほんとうにこれでいいのかと調べながらやるのでそこが苦労でした」と振り返る。
基本的には時代に合っていて、かつ庶民的なものを選んだが、悩んだのは、第59回で傷心の錠一郎(オダギリジョー)が泊まっていた旅館のラジオ。
「旅館の雰囲気的に新しいものではないだろうし、とはいえ古過ぎても……と思って、塩梅を考えて戦後すぐに出回ったものを選びました」
なにげなく置かれているラジオにも様々な考えのもとに選ばれて手間ひまをかけて飾られているのである。
フリマサイトやオークションサイトから探すことも
るい編からひなた編にかけては時代が現代に近づき、使った記憶のあるラジオが登場してくる。こちらを用意したのは楠さん。
戦中戦後の木製ラジオよりは手に入りやすく、プラスチック製のもののほうが修理はしやすいというが、それでも「電源がはいっているかのようにパイロットランプが点くように改造したりしています」と手間をかけている。
スタッフのオーダーを聞いて自社の倉庫にないものはネットのフリマサイトやオークションサイトから探すこともあるそうだ。今はこちらのほうが安価で手に入りやすい。ただ、それらをその時代らしい使用感に見せることが一苦労なのだとか。
「その時代よりも1、2年古いものを選びました。最新型を使用するには、新品に見えるものがないこともあるんです」と楠さん。
経年劣化していない新品でその時代にぴったりのものを探すのは並大抵ではないなか、ひなたの赤いダブルカセットのラジカセと、ラジオではないがウォークマンは当時流行ったものを揃えた。
赤いラジオに託された意味とは……
楠さんが印象に残っているものは、第100回から登場する赤いラジオ。「美術スタッフから店内に置く小さいもので、色は赤をリクエストされて探しました」
セットをつくる美術担当の瀬木文さんは、赤いラジオをリクエストした理由を「これまでつつましく生きることを心がけていたるいが、少しだけ自分のカラーを出していく心境の表れです」と言う。
「大月家の人々が自分たちに向き合い、自分を受け入れ、他者と違っても自分なりの“好き”を突きつめ、自分が光を感じる方向に歩いていっていいのではないかというメインテーマをセットでも表現できないかと、チーフの掛がセットに赤を増やすコンセプトを考えました」
台詞には書かれてない状況を美術スタッフの人たちが丹念に読み解いて目視できるものにしていく。それがドラマに厚みをもたらす。視聴者の感じる力や想像力は美術によって知らず知らず引き出されているのである。
数えてみた。ラジオは第109回までに何個でてきたか
1 第1回 あかにしのラジオ:ビリケン型(ミゼット型)
2 第2回 橘家のラジオ:あかにしのラジオと同型
3 第3回 商店街の街頭ラジオ:ラジオ体操の曲が流れてくる
「ラジオ塔のアイデアもありましたが、商店街の一角なので電柱に取り付けました。室外なので木目ではなくグレーペンキ塗風にしています(※大道具製作で中にラジオ機構が入っていません)」(美術・掛幸善さん)
4 第3回 たちばな 厨房のラジオ
5 第4回 稔の部屋のラジオ:違う種類の木を張り合わせた凝ったデザイン
6 第6回 川べりのラジオ体操のラジオ:街頭ラジオと同種のもの
7 第7回 大阪の食堂のラジオ:この時代は木製が主流
8 第14回 雉真繊維社長室のラジオ:これまで縦型が続いたがこれは横型。国民型と名称がついている
9 第16回 雉真家のラジオ:稔の部屋のラジオと似ているがこちらのほうが風格を感じる
10 第18回 金太の寝室のラジオ:横型。橘家が空襲で焼けたのでどこかから借りたものだろうか
11 第23回 大阪 小川家のラジオ:こちらも横型。第109回で小川未来(紺野まひる)が語った父親が「どこかの子連れのお母さんと一緒に」聞いていた時のもの
12 第24回 大阪で安子が倹約して買ったラジオ:倹約し買ったものなので比較的安い設定。まさかひなた編に登場するとはこのとき思っていなかったと村田さん
13 第41回 竹村クリーニング店のラジオ:時代が変わってプラスチック製に。浜村淳演じる辛口ながら目利きのラジオパーソナリティ磯村吟によるジャズや時代劇の文化的情報がたくさん流れてきた。
「るい編の比較的初期の登場なのでその当時のものを選び、クリーニング店ということでホワイト系を選びました」(村田さん)
14 第59回 旅館のラジオ:戦後のものが置かれている設定
15 第61回 あかにし吉兵衛の遺影の横に置かれたラジオ:ブルーが爽やか
「華やかな電気店の雰囲気を作れればと思いパステルカラーをチョイスしました」(村田さん)
16 第63回 河原でラジオ体操のラジオ:シンプルで大きめ
17 第66回 あかにしの黄色いラジオ:ちょっとしか映らないが時代劇の話題が語られている
「吉兵衛の遺影の横のラジオと同じく年代にあった中で華やかなセットにするべく色のついたものをチョイスしました」(村田さん)
18 第67回 福引で当たったラジオ:安子の時代とるいの部屋の中間くらいの雰囲気。これでラジオ英語講座の学びが再開する
「演出側から古い物を希望だったのでその当時のものより古いものを選びました。1955年前後のものです。あまり小さくなく仰々しい方が面白いかと思い大きいものを選びました」(村田さん)
19 第71回 回転焼き屋の店の柱にかかったラジオ:店に目立たないように置いてある小ぶりなもの
20 第75回 条栄休憩室のラジオ:年代が変わってもずっと置いてある。FMも聞けるもの。当時のヒットソングがたくさん流れた
「休憩所のラジオは年代が変わっても同じ物を使用しました。設定時代よりか少し前の機種を美術進行さんと相談して決めました」(楠さん)
21 第85回 うちいりのラジオ:シックだがちゃんとラジカセ
22 第87回 桃太郎のラジオ:かなり小型化された。AM専用
23 第90回 ひなたの部屋のラジカセ:当時流行った赤いダブルカセット
24 第100回 大月の店先の赤いラジオ:FM AM カセット付き
25 第109回 クリスマス・ジャズ・フェスティバル会場控室のラジオ:アニー(安子)の驚きの真相が聴こえてくる。これまでにない曲線のデザインに
26 第112回(最終回) あかにしのラジオ ここでもまた衝撃のニュース(モモケンとすみれの結婚)が流れてきた
27 第112回(最終回) 桃太郎の代になった大月の店内ラジオ 色は赤から白へ。エンド5秒の上白石萌音、深津絵里、川栄李奈の着ていた白い衣裳と合わせたようにも見えた
最終回時点で27種(ただし、街頭ラジオと橘、あかにしのラジオを同じと考えた場合25種。ショーウインドウやあかにしに置いてあったかもしれないほかのものはカウントしていません)。
◯取材を終えて
ラジオを振り返ってみると、安子編の木製のラジオは形は同じだが、使用されている木や布や造作が微妙に違っていて、手作り感がある。それが時代が進むにつれて、プラスチック製になると、量産型になっていく。性能はよくなり、デザインも洗練されて、80年代頃のものなど、ひじょうに優れた価値あるものだと思うのだが、同じものをたくさんの人が持つことの価値が高まっていくのを感じる。100年の間、豊かになればなるほど、人は「個」を失っていった。そんなことをラジオを見ていて考えた。それでも、今でも、ラジオからは聞く人を勇気づける「個」の言葉が流れてくる。言葉さえ「個」を失わなければ希望はまだある。
※資料写真を探し提供してくれた美術スタッフとこの面倒な取材を受けてくれた広報スタッフに感謝を捧げる。
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史 二見大輔 泉並敬眞 石川慎一郎
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」