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「やったことは一生背負っていく」暴言問題から1年、ゴルフを取り戻した笠りつ子の今

金明昱スポーツライター
昨年の騒動に向き合い、現在の心境を赤裸々に語ってくれた笠りつ子(撮影・倉増崇史)

 昨年10月、プレー以外のことで世間を騒がせた女子プロゴルファーがいる。

 

 笠りつ子。

 2019年10月24日、彼女は国内女子ゴルフツアーの会場で、コーススタッフに対して暴言を吐いた。大会初日のスタート前。クラブハウス内の風呂場でバスタオルを持ってくるよう関係者に依頼したが断られて、そのときに暴言を浴びせたという。

 不適切発言の代償は大きかった。大会後に日本女子プロゴルフ協会から厳重注意と新人セミナー受講の処分を受け、笠は発言を謝罪してツアーへの出場自粛を発表した。

「暴言を口にしました」「ゴルフをやめようと思った」

 騒動から約1ヵ月後に彼女は報道陣の前で反省の言葉を口にした。

 

 あれから1年――。

 笠は6月から開幕した国内女子ツアーに復帰している。彼女は今、どのような気持ちでコースに立っているのか。現在の心境を聞いた。

「逃げちゃいけない」騒動渦中にいた胸中

――今年は昨年の騒動のあとの心機一転の年だと思います。あの当時を振り返っていただけますか?

 ゴルフをしている状況ではありませんでした。メディアや世間を騒がせてしまいましたから……。どのように責任を取っていいのか分からなかったですし、ゴルフはもうできないと思っていました。ですので、小林浩美会長やマネジメント事務所に「ゴルフをやめます」と伝えました。

――「ゴルフをやめる」と言ったとき、周囲はどのような反応でしたか?

 今回の騒動で、たくさんの方からお叱りや励ましの言葉をいただきましたが、それは私のことを真剣に考えてくれてのことでした。その中でも「ゴルフをやめないでほしい」と泣きながら止めてくださった方がいたのは鮮明に覚えています。朝から晩までマネジメント事務所のスタッフが関係各所に必死に動いてくれていたことものちに分かりました。すごくありがたかったです。小林浩美会長とも一日中、話をしたんです。

――どんな話をされたのでしょうか?

 やってしまったことは取り返しのつかないことですが、しっかりと反省した上で、いろいろな方に私のこれからの行動を見てもらう場所が必要だと教えてくれました。裏切ってしまった人や迷惑をかけてしまった人、そして応援してくれる人たちに、ゴルフを通じて、変わった姿を見てもらう場所が必要なので、絶対にゴルフをやめちゃいけないという話でした。私も今回の騒動で、改めてみんなに支えられてゴルフができていることを知ったときに、簡単にやめると言ってはいけないな、逃げちゃいけないなと思いました。

「ゴルフをやめる」ことも考えたが、たくさんの人たちに支えられて思い直した(撮影・倉増崇史)
「ゴルフをやめる」ことも考えたが、たくさんの人たちに支えられて思い直した(撮影・倉増崇史)

――同世代の選手たちからは声をかけてもらいましたか?

 たくさんの選手が心配してくれていましたが、特に同郷ですごく面倒を見てもらっている古閑(美保)先輩に連絡をするのが少し遅くなってしまい、怒られました。当時はそこまで頭が回らなかったので……。でも、ちゃんと叱ってくれました。私がしたことは「弱い人間がすることだから。これからは強い人間でいなさい。強く優しい人間になりなさい」と言ってくれました。

――キャディを務めているお父さん(清也さん)とは何か話されましたか?

 あの騒動のあと、私は東京、父は熊本に戻ったので、連絡はずっと取っていなかったんです。1度だけ荷物を取りに家に来たときに、「ご飯食べてる?」と言われましたけれども、それくらいです。たぶん、私がものすごくげっそりしていたんだと思います。

やめたいと思ったゴルフを取り戻した日々

 笠は騒動当初、携帯電話も見られない状態だったという。精神的に追い詰められ、親しい友人に連絡を取ったり、会うこともなかった。そんな中で昨年の12月、ずっと応援してくれているファンに直接謝罪したいという気持ちもあり、初めてファンとの集いを開催した。みんなの前で開口一番、「すみませんでした…」と謝ると、「もう過ぎたことだし、気にしないで!」と背中を押された。「みんなの気持ちが本当に温かった」と振り返る。

今季はまだトップ10入りはないが、コンスタントに予選通過を果たしている(写真:日刊スポーツ/アフロ)
今季はまだトップ10入りはないが、コンスタントに予選通過を果たしている(写真:日刊スポーツ/アフロ)

――オフもずっとゴルフをしていなかったと思いますが、クラブを握ったのはいつだったか覚えていますか?

 昨年12月上旬にゴルフ場でプレーをした時が、約1ヵ月ぶりにクラブを握ったときでした。私が全くクラブを握っていないと心配してくれた人たちが声をかけてくださいました。

――久しぶりのゴルフで感じたことはありましたか?

 そのときはただプレーをこなす感じだったと思います。でも、ゴルフを続けるという思いは、その時点で芽生えていました。

――何かきっかけがあったのでしょうか?

 気持ちの切り替えはすぐにはできなくて、少しずつ気持ちを整理していった結果、またゴルフをやりたいなと思ったんです。私は今まで、自分のためにゴルフをやってきた部分があります。それが騒動をきっかけに私には応援してくださる方がたくさんいることを改めて強く感じました。その方たちの思いを胸に戦おうと思うようになりました。

――自分のためだけにゴルフをしてきたというのは?

 これまではただ勝ちたいという気持ちが強かったです。そんな私の姿を見て、勇気や元気を与えられたらいいなと、漠然と思っていただけでしたが、あれ以来、自分のためだけにゴルフをするのはどうなのだろうと考えるようになりましたし、「誰かのために、応援してくれる人のためにゴルフをする」と心は切り替わっていきました。

――今季から実際にプレーできる日を想像していましたか?

 もちろん想像なんてつきませんでした。ただ、今年の開幕戦のティグラウンドで、ここにいられる幸せを感じましたし、あのときにたくさんの方たちが支えてくれたから、私はここに立っているんだと思いました。もし私の周りに誰も人がいなかったら、本当にゴルフをやめていたと思います。人は支えられて生きているんですね。

笠は騒動以降、「自分のためだけでなく、応援してくれる人たちのためにゴルフをするという気持ちに変わった」と話す(撮影・倉増崇史)
笠は騒動以降、「自分のためだけでなく、応援してくれる人たちのためにゴルフをするという気持ちに変わった」と話す(撮影・倉増崇史)

1年前の自分自身にかける言葉とは

――今後の目標は?

 ゴルフでは、もちろん試合に勝てればいいと思いますけれども、まずは応援してくださるファンの人たちに、試合会場で私のプレーを見てもらいたいです。他にも、私にできることがあれば、何でもやっていきたいです。ボランティア活動やジュニア貢献、あとゴルフ人口がもっと増えたらいいなと思うようになったので、ゴルフ界のためにできることがあれば、とにかく何でも協力したいと思っています。自分がやったことは一生背負っていかなきゃいけない。そのうえで、自分がやることにベストを尽くしながら生きていきたいです。

――1年前に戻って自分自身にかけてあげたい言葉はありますか?

(30秒ほど考えてから)普段からあのような汚い言葉を使ってしまうことがあったから、その場でも出たと思います。どんな理由があれ、私の行為は許されることではないし、取り戻すこともできません。その時は本当につらかったですが、あの騒動があったから、たくさんのことに気付かせてもらえましたし、人として成長するチャンスを与えてもらえたと思うようになりました。

――自分を見つめなおすことができたと?

 もし、今回の件がなかったら、ゴルファーとしても、人としても、ダメなままの自分で終わっていたと思うんです。何か起きることには必ず意味があって、あの事件があったからこそ、失敗から学び、人として成長することができると思います。「これからは何があっても、一度立ち止まって冷静に考えて、楽な道には行かず、厳しい道を選びなさい」と自分に言い続けたいと思います。

――最後に。笠選手にとってゴルフとは?

 なんの面白味もないですが、ゴルフは私の人生そのものですね。生活のすべてがゴルフ中心で回っていましたから。クラブを握っている時間がほとんどですし、頭の中では本当にゴルフのことしか考えていないかもしれません。もしかしたら、好きな人ができて、結婚して、子どもができたら、それが自分の人生になるかもしれない。そのときはゴルフがちょっとだけ下がるかもしれません。でも今はゴルフしかないです。ゴルフが好きだから、戻ってこられて本当に良かったですし、感謝の気持ちでいっぱいです。

「ゴルフができることに感謝しています」と語る笠(撮影・倉増崇史)
「ゴルフができることに感謝しています」と語る笠(撮影・倉増崇史)

■笠りつ子(りゅう・りつこ)

1987年11月4日生まれ。熊本県菊池郡出身。ゴルフ練習場を経営する父・清也さんの影響で9歳からゴルフを始める。2006年のプロテストに一発合格。2011年「ニトリレディスゴルフトーナメント」でツアー初優勝。同年は自身初となる賞金ランキングトップテン入りを果たす。2012年には「ヤマハレディースオープン葛城」でツアー2勝目を挙げるなど、賞金ランクの上位をキープする活躍。2015年の「アクサレディスゴルフトーナメント」ではイ・ボミとのプレーオフを制し、3年ぶりの優勝を飾った。2016年は初の年間2勝を挙げ、年間獲得賞金1億円を突破、賞金ランク3位となった。2019年10月、暴言問題の騒動が大きくなり、ツアー活動の自粛を発表。2020年の開幕戦からツアー復帰を果たした。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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