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英国民が怒る官邸パーティー疑惑、発端や今後は…知っておきたい基礎知識5選

小林恭子ジャーナリスト
2日、議会で答弁するジョンソン首相(写真:ロイター/アフロ)

 ボリス・ジョンソン英首相はいつ辞任するのか。

 官邸の「パーティー疑惑」が引き金となって、首相の進退が話題に上るようになっている。スキャンダルがあっても傷つかず、「テフロンのような政治家」と言われてきたジョンソン氏。筆者は直ぐの辞任はないだろうと思っているが、今月3日、側近の職員が4人も同時に辞任表明をし、危ない状況になってきた。

 パーティー疑惑と政治危機の理由を探ってみた。

(1)パーティー疑惑とは

 昨年11月頃から断続的に報道された、首相が新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐための行動規制を順守しない飲み会・誕生会などのパーティを開催し、少なくともその一部に出席していた、とする疑惑。

 2020年5月から21年4月、官邸の建物内や庭で16件の集会が開かれた。

(2)国民はなぜ怒っているのか

 2020年初頭から世界中に拡大した新型コロナウィルスによる被害を防止するため、英政府は、特定地域あるいは建物への出入りや移動を制限する「ロックダウン(都市封鎖)」策を断続的に導入した。

 最初の全国的なロックダウンは20年3月末~6月。5月以降、規制は段階的に解除され、夏にはほとんどが一旦は解除された。しかし、9月以降、新たに感染者が増えだしていく。同年11~12月上旬、人口の90%が住むイングランド地方では第2のロックダウン、21年1月から春にかけては第3のロックダウンを導入した。

 「家に留まろう(Stay at home)」をキーワードにし、不要不急の外出を禁止したロックダウンは、第1回目が特に厳しかった。家族であっても同居している場合以外は会うことが禁じられ、外出は原則1日1回のみ。医療や金融サービスの利用、食料を含む日用品の買い出し、近隣での運動ぐらいしか外出理由として許されなかった。

 ロックダウン開始直前、学校は閉鎖された。自宅勤務が奨励され、公共交通機関の利用が大きく減少した。通りを歩くと小売店が一斉にシャッターを下ろしていた。

 高齢者施設に親や祖父母を預けていた人は訪問ができなくなった。

 結婚式や葬式のために集まることも当初は禁止されていた。

 家族がコロナに感染し、重病になっても、面会はできなかった。家族と会えないままに亡くなっていた人も少なくない。

 厳しい行動規制があったがために、このような不都合、孤独感、悲しみが発生したのである。

 ここで、「家に留まろう」と呼びかけていたジョンソン首相自身が規則を逸脱するような行為をしていたら、どうだろうか。

 「許せない」と思う国民感情が生じるのは避けられなかった。

 昨年12月、英ガーディアン紙がスクープ報道した画像がある。官邸裏庭で職員と首相夫妻がワインを飲みながら歓談している姿を映していた。首相含む30~40人が参加したと言われている。

2020年5月、ロックダウンの最中に官邸裏庭でワインを飲む集まりに参加するジョンソン首相(右下)と妻のキャリーさんの画像をガーディアンが報道した(ガーディアンのウェブサイト、2021年12月21日付)
2020年5月、ロックダウンの最中に官邸裏庭でワインを飲む集まりに参加するジョンソン首相(右下)と妻のキャリーさんの画像をガーディアンが報道した(ガーディアンのウェブサイト、2021年12月21日付)

 この日は2020年5月20日、マット・ハンコック保健相(当時)が記者会見で「コロナの規制ルールを守ろう」と呼びかけていた日だ。

 ちょうど2日前にロックダウン規則が若干緩和され、異なる世帯同士が会うこと初めて許されるようになった。ただし、人数は「2人のみ」で、それも「戸外」で、かつ「互いに2メートルの間隔を開ける」のが条件である。

 ガーディアンに掲載された画像に映っていた職員らはある程度のスペースは開けているようには見えたものの、果たしてこれは「仕事」だったのだろうか。それとも、社交だったのか。多くの人の目には、仕事には見えなかった。

 首相は同月15日にも裏庭で集会を開き、これには約20人が参加した。6月には内閣府で送別会、別の日には首相の誕生会が開かれ、最大30人が出席した。

 11月に2回、12月にはクリスマス関連のパーティーやイベントが少なくとも4回開催された。

 21年にも送別会(1月)、別の送別会2件(4月)が官邸で開かれたという。

 年末から今年にかけて、一連のパーティー開催の一つ一つを複数のメディアが報じた。

 「自分は国民に規則を守るようにいうが、自分には規則は通用しない」とでも言わんばかりの首相の疑惑に国民の怒りは募り、世論調査の支持率も大きく下がり始めた。

(3)なぜスキャンダルが進退問題にまで発展するのか

 国のトップが規則破りのスキャンダルが発覚した時、なぜこれが進退問題にまで発展するのか。

 一つの要素は、「国民の怒り」だ。

 新型コロナは国民全員に影響を及ぼした。自分や友人、家族が感染したり、命を落としたりといった悲劇が起きた。仕事がなくなって収入が消えた人、家のローンが払えなくなった人、家庭生活が破綻した人もいる。

 国民にとって共通の問題となった新型コロナ。全員で苦難を乗り切るはずのこの時に、政治のトップにいる首相が「規則破り」をしていた、「自分だけは特別扱いしていた」のである。国民が怒りを感じても、当然だろう。

 2つ目の要素となるのが、「野党政治家とメディア」である。

 権力を監視するという役目を持つメディアが官邸の「違法」パーティーを次々と報道。その度に最大野党・労働党やほかの野党の政治家がテレビやラジオに出演し、あるいは新聞にコメントを出し、事件の衝撃が増幅されていく。

 野党政治家は議会でも与党・保守党の責任を追及した。その追及ぶりをメディアが報道し、パーティー疑惑が日を追うごとに重要議題となってゆく。「たかが、パーティー」では済まされなくなった。

 第3の要素は「有権者の声」である。

 保守党議員も野党議員も、週末は選挙区に戻り、有権者の声を直接聞く機会を持つ。そこで首相のパーティー疑惑が話題に上る。議員は、有権者の不満の声をメールや手紙でも受け取る。

 普段はジョンソン首相を支持する与党議員も、有権者の声には勝てない。週明けにロンドンに戻ると、パーティ開催を批判せざるを得ない立場に追い込まれる。

 保守党議員の多くが「ジョンソンを党首のままにしておけば、次の総選挙で勝てない」と思ったとき、ジョンソン氏退陣への大きなうねりができていく。

(4)ジョンソン首相はどんな政治家か

2019年の総選挙で、ボクシング・ジムを訪れたジョンソン首相
2019年の総選挙で、ボクシング・ジムを訪れたジョンソン首相写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 人懐っこい笑顔、気さくな人柄で知られるジョンソン氏は元ジャーナリスト。ジャーナリストであった頃から下院議員でもあり続け、ロンドン五輪(2012年)開催時、ロンドン市長も務めた。

 2016年、英国が欧州連合(EU)を離脱するか残留するかの国民投票に向けたキャンペーンでは、離脱派を主導した。

 離脱交渉がうまく行かず、にっちもさっちもいかなくなったテリーザ・メイ首相の後を継いで、2019年7月、首相に就任。離脱交渉を成功裏に導いた後、同年12月の総選挙では大幅に議席数を増やした。特に、これまで保守党が弱かった、イングランド地方北部の工業地帯の選挙区を次々と保守党のものにした。「選挙に強い政治家」である。

 裕福な家庭で育ち、名門イートン校からオックスフォード大学に進学。当時から「将来は首相になる」と明言していたと言われる。

 エリート層に属しながらも、誰にも分け隔てなく接し、ジョークを連発する首相には国民的人気があった。

 しかしその一方で、「事実関係はあまり重視しない」、「嘘をついても平気」という悪評もある。ジャーナリスト時代に事実を誇張した報道をしたり、離脱運動のキャンペーンでも嘘に近い発言をしたりして、ひんしゅくを買った。

 元BBCのベテランジャーナリスト、アンドリュー・マー氏はジョンソン氏を高く評価はしていないが、それでも、新型コロナを乗り切るための施策を国民に実行してもらうには、幅広い層に強いアピール力を持つ「ジョンソン首相は最適だった」と述べている(「プレス・ガゼット」のインタビュー、2月3日付)。 

 1月31日、パーティー疑惑をめぐる政府の調査報告書が発表された。複数のパーティーについて「正当化することが難しい」、「リーダーシップと判断の欠如があった」と結論付けた。

 調査対象となった16件のうち、12件についてはロンドン警視庁が捜査に乗り出している。規則違反となれば、罰金を科される可能性もある。

 2月3日、ジョンソン首相の側近職員4人が辞任を表明した。

(5)今後、考えられるシナリオとは

 もしジョンソン首相が辞任する場合、保守党党首を辞任することも意味する。

 これを実現するには、保守党の党首選を実施する権限を持つ「1922年委員会」に対し、首相の不信任を表明する書簡が54通、送られる必要がある(BBCニュース

。これは保守党議員の12%にあたる。

 54通の書簡が集まった時点で、党内で不信任投票が行われる。無記名投票である。

 不信任案が可決されれば、保守党の党首選が行われる。

 否決されれば、ジョンソン首相は職務を続行することになる。

 4日時点で、不信任投票を行うほどの数の書簡が集まっていないと言われている。

 どっちに転ぶのか。

 保守党議員らの最大の関心事は「ジョンソン党首で次回(2024年)の総選挙に勝てるかどうか」。勝てないと判断されれば、不信任投票を望む書簡が次々と舞い込むはずだ。

 現職を維持したいジョンソン首相にとって、一つの追い風があるとすれば、それは、「有力な対抗馬がいないこと」。

 将来の首相候補と期待されている政治家は、リシ・スナク財務相とリズ・トラス外相だ。しかし、スナク財務相は「時期尚早」、トラス外相は「国民レベルで知名度が低い」と言われている。

 保守党内では、首相就任直前まで、「道化」と呼ばれてきたジョンソン氏。人を笑わせることはできても、一国の行方を任せられるような真剣みが足りない、とよく言われたものだ。

 首相の座に就任できたこと自体が奇跡とも言えた。

 2016年、離脱か残留かを問う国民投票に向けてキャンペーン運動が展開された時、当時のキャメロン首相をはじめとした多くのエリート層は残留を支持した。

 ジョンソン氏は離脱側だった。自分自身がエリート層であっても、国民の声が聞ける政治家として人気を博した。

 筆者自身は、ジョンソン氏がこの大危機を乗りこえるのではないかと見ているが、先は混とんとしている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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