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横浜「カジノ」で「ギャンブル依存症」激増〜地元の精神科医師に聞く

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
カジノを含むIR施設は氷川丸の向こう側にできてしまうのだろうか?:写真撮影筆者

 横浜市が誘致を表明したカジノを含むIR(統合型リゾート)計画は、2019年9月20日に市議会でIR関連の補正予算案が可決された。カジノで横浜の街はどう変わるのだろうか。ドヤ街の寿町で介護福祉医療に携わり、多くの依存症患者を診てきた地元の精神科医師に話を聞いた。

市議会が補正予算可決

 IR推進のために計上した横浜市の補正予算案は市議会に採択されて成立した。予算案は2億6000万円。事業費として、実施計画の方針策定に関するコンサルタント費用やギャンブル依存症の実態調査、市民への広報活動などの費用となっている。

 林文子横浜市長がIR誘致を表明したのが8月22日、1ヶ月も経たない間に市議会の委員会で補正予算案が可決され、市議会でも成立した。その間、市民の間からはカジノに対して少なくない疑問の声や反対意見が出ている。

 横浜市民が持つカジノへの抵抗感は根強く、地元の神奈川新聞社などが行った意識調査によれば、市民の63.85%がカジノを含むIR誘致に反対していることがわかった。反対理由としては、カジノは横浜のイメージにそぐわない、治安の悪化への不安、ギャンブル依存症になる人が増えるなどとなっている。

 IRが誘致される予定地は横浜市中区の山下埠頭だが、そこから1キロほど離れた目と鼻の先に日本三大ドヤ街の1つ、寿町がある。ドヤ街とは、日雇い労働者が多く住む簡易宿泊所の多いエリアのことだ。住所不定の労働者、身寄りのない高齢者、生活保護受給者、貧困者などが集まり、健康格差の問題もあって適切な医療行為を受けることができなかった人も多い。

ギャンブル依存症が目立つドヤ街

 ことぶき共同診療所は、寿町の住人に必要な医療サービスを提供するという趣旨で1996年4月に開設された医療機関だ。ことぶき共同診療所の越智祥太医師は、長年、地域医療を担い、精神科医としてギャンブル、アルコール、薬物などの依存症の患者の診察を行っている。今回、カジノ計画とギャンブル依存症について越智医師に話をうかがった。

──寿町とはどんな場所なのでしょうか。

越智「いわゆる、ドヤが集まった場所です。ドヤというのは、敷金礼金や保証人などが必要ない低額の宿泊施設で、住所不定の労働者や生活保護受給者、お年寄りなどが集まってきます。中にはドヤのお金も払えない野宿者も多いのです。時代の変化で少なくなっているとはいえ、今でも寿町には現役の労働者はかなりいます」

──寿町のドヤ街に依存症の方は多いのでしょうか。

越智「そうですね、ドヤ街には社会から脱落した方も多く、以前はアルコールや薬物などの依存症と同時に、違法カジノのような場所でギャンブル依存症になった方もたくさんいらっしゃいました。もともとアルコール依存の方の多い町でしたが、最近の傾向としては若い方がお酒や薬物とは無関係にギャンブルだけの依存症として受診されるようになってきています。寿町の平均年齢は高いので若い方といっても30代40代ですが、特に2009年のリーマンショックの後、非正規社員がどんどん首を切られるようになり、住所不定になって地域の福祉事務所やドヤに身を寄せるような方が増えてきており、その中にギャンブル依存症の方が目立つようになってきています」

マシンとの一体感から依存症へ

──ギャンブル依存症の方の特徴はありますか。

越智「私の経験からいえば、以前は荒くれ者のイメージでしたが、最近は真面目そうな大人しく穏やかな雰囲気の方が多いようです。ギャンブル依存症に限らず、依存症からの回復には、同じような依存をもった患者さん同士が集まるグループ・ミーティングが効果的とされ、日本にも各地にギャンブル依存症の方のためのグループ・ミーティングがありますが、真面目そうで大人しそうな方は、なかなかそうしたグループに溶け込めず、やがてドロップアウトして再びギャンブルを始めてしまう傾向にあるのです。せっかく治療に向かって少し回復するようになっても、いわゆるスリップという、ギャンブル依存症の再発が起き、再びギャンブルにのめり込む生活に戻ってしまうという繰り返しになるわけです」

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ことぶき共同診療所の越智医師。カジノができるとギャンブル依存症の方が増えると警告する。写真撮影筆者

──日本にはパチンコ店が多いのですが、ギャンブル依存症とパチンコの関係はどうでしょうか。

越智「そうですね、日本の場合、ギャンブル依存の方がはまるのはパチンコ、パチスロ、スロットが多く、日本全体で8割、9割といわれていますが、寿町の場合は約9割以上がパチンコです。パチンコやスロットは、マシンとの一体感が重要なので他人との関係を持てなくなってしまいます」

──ギャンブル依存症の方はどのような状態になってしまうのですか。

越智「ギャンブル依存症になると、ドヤ街の前払い宿賃も引き出して全てギャンブルに使ってしまうようになり、最近の傾向でもともと真面目な性格の方が多いので福祉事務所の方やソーシャルワーカーさんに合わせる顔がなくなり、出奔して行方不明になり、その後のサポートが全くできなくなってしまうことが起きます」

──そうやって出奔した方はどうなってしまうのでしょうか。

越智「出奔した方がその後どうなったか、あまりよくわかっていません。野宿をしながら各地を転々としながら仕事をし、お金が入るとまたギャンブルで使ってしまい、そうした生活もなかなか続かないので身体を悪くし、いわゆる貧困ビジネスに保護されて治療に行かされ、初めて実態がわかるといったことが繰り返されるようです」

──横浜にカジノを作る計画が進められていますが。

越智「IRという名前ですが、IRの実態はカジノです。カジノのイメージは政府や推進派によってとても巧妙に作られています。ヨーロッパ型の大人の社交場としての洗練されたカジノのようなことをイメージさせようとしていますが、米国型のスロットマシンがずらっと並んでいるようなものを導入することになるでしょう。米国型のカジノではスロットマシンが主な利益源です。007の映画に出てくるようなルーレットとかブラックジャックを優雅に楽しむようなものにはならないのではないかと予想しています」

──市が言うように、IRで訪日外国人旅行者を取り込めるのでしょうか。

越智「推進派の触れ込みでは、シンガポールとマカオがビジネス・モデルになっていて、訪日中国人を目当てにしているといっています。しかし、わざわざカジノをするために日本に来るような中国人がそれほど多いとは考えられません。華僑の多いシンガポールや中国本土に隣接したマカオはともかく、実際にはほとんど日本人のお客さんを想定しているのではないでしょうか」

韓国のカジノの悪夢が横浜でも

──横浜にカジノができた場合、ギャンブル依存症の方は増えるでしょうか。

越智「先ほどパチンコ依存がマシンとの一体感によるものと述べましたが、米国型のカジノはパチンコのようなものです。カジノ側が操作し、スロットマシンの機械的な動作を繰り返させることで、やる方をスロットマシンとの一体感に没入させます。その結果、やる方はいわゆるゾーンという何も考えられずにバーを引く動作だけを繰り返す状態になり、パチンコによる依存症と似たようなギャンブル依存症になってしまうでしょう。また、一度、ビギナーズラックでギャンブルに大勝ちした経験があると、その記憶が呼び覚まされてしまうようなこともあるでしょう。一度くらいはいいかという興味本位でカジノをやってみる人が増えれば、ギャンブル依存になる危険はかなりあると思います」

──横浜には米国型カジノが誘致されるのでしょうか。

越智「報道によると、トランプ大統領に親しい米国の国際カジノ企業が、安倍晋三首相に日本参入を働きかけたそうです。もともとトランプ大統領もアトランティックシティでカジノを経営していましたし、カジノ・ビジネスとは近い関係です。こうした経緯をみれば、日本のIR誘致に米国系のカジノ企業が参入してくる危険性はかなりあります。米国型のカジノは、過去の膨大なデータを利用し、AIで作られるプログラムでお客さんを依存症にさせるようなシステムになっています。最初に大勝ちさせながら次第にのめり込ませ、有り金を全て吸い上げるというビジネス・モデルであり、スロットマシンによってギャンブル依存症をどんどん悪化させる仕組みになっているのです」

──韓国にも韓国人向けのカジノがありますが。

越智「韓国には外国人しか入れないカジノが多いのですが、韓国人も入れるカジノが1カ所だけあります。韓国人向けカジノはカンウォン・ランドといって、ここもホテルやゴルフ場、スキー場といったリゾートと統合型のカジノです。しかし周辺には質屋やサラ金、風俗店が建ち並び、犯罪も多発し、カジノで一文無しになったホームレスが街中あちこちにいるようなエリアになっています」

──もし横浜にカジノができた場合、地元にはどんな影響が出るでしょうか。

越智「横浜もカンウォン・ランドと同じ状態になるのではないかと心配しています。IRでは特に中区や西区、南区など、横浜の地元に対する悪影響が現れるでしょう。こうしたエリアは都市部でもあり、依存症の方が多く犯罪も多発する地域なのです。カジノができたらドヤが集まっている寿町がどうなるのか、容易に想像できます。ギャンブル依存症のグループ・ミーティングに通っている患者さんやスタッフ的な役割をしている元依存症の方がよくおっしゃっているのですが、横浜の中心部に近い港湾地区にカジノができれば、寿町にギャンブル依存症の方があふれます。寿町のキャパシティからあふれてしまい、区画に入りきらなくなればドヤはどんどん高層化していくでしょう。寿町に入りきらなくなった方は、周辺に野宿するようになってホームレスが増えていくと思います」

──越智先生はホームレスの支援もされていますね。

越智「はい、私は横浜駅周辺のホームレスの方々を支援するための夜回りをしていて、別のグループは関内駅周辺で夜回りをしていますが、IRができたらカジノ・ホームレスのための特別パトロール班を作らなければならなくなるのではないかと危惧しています」

──横浜市はギャンブル依存症対策もしっかりやるといっていますが。

越智「ホームレス対策でも横浜市や行政は何もせずに放置し、地域のボランティアに寄りかかって負担を押しつけるという不自然でおかしな状態になっています。カジノができてギャンブル依存症の方が増えた場合、同じことが起きるのではないかと心配しています。カジノができれば、新山下埠頭から寿町の間にサラ金や質屋、風俗店が建ち並び、夜になればホームレスが元町商店街や中華街に集まって、カンウォン・ランドのような状態になるのではないかと思います。寿町に隣接する山手は高級住宅街でお嬢様学校がたくさんある地域ですが、近隣の不動産の資産価値も下がるのではないでしょうか」

誰もがギャンブル依存症になる危険性

──ギャンブルをしなければ依存症にならないのでは。

越智「誰もがギャンブル依存症になる危険性があるのです。ちょっとしたきっかけでギャンブルに手を出したところ、あっという間に財産を食いつぶしてしまうという事例は私の経験でも山のようにあります。元警官の方もいらっしゃいました。真面目な公務員がギャンブルに手を出し、負けが込んでサラ金やヤミ金からお金を借りたところ、借金取りの電話が職場にかかってくるようになって仕事を辞めたという方もいらっしゃいました。ギャンブル依存症はどんどん孤独になっていくのが特徴です。カジノを含むIRもそうですが、社会構造的に依存症が作られ、一人で背負って出奔人生を歩んでいかざるを得ません。パチンコやカジノは出奔人生製造装置なのです」

──つまり、越智先生はカジノを含むIR誘致に反対ということでしょうか。

越智「そうです。私に限らず、横浜市民の6割以上がカジノに反対しています。もともと山下埠頭は市民の税金で作られました。だからほとんどは公有地なのです。IR誘致計画では、それをカジノに売却しようという話になっています。ギャンブル依存症の方やカジノ・ホームレスを増やさないためには、カジノを作らないのが最も効果的な対策なのです」

 横浜市議会がカジノを含むIR誘致のための補正予算案を可決し、横浜市は計画を前に進める段階に入っている。林文子市長のリコール運動を始めている市民グループもあるが、カジノ誘致反対の市民をどう納得させることができるかが焦点になるだろう。だが、市議会では賛成派が多数を掌握していることもあり、市民の意思を無視して計画が進められてしまう危険性もある。

 市民や住民の声に耳を傾けず、経済効果や地域の発展の名のもとに問題のある開発計画が強引に進められることは多い。横浜にも米軍基地や原発のような「NIMBY(Not In My Back Yard、うちの裏には来るな)」問題が降りかかってきたといえるだろう。

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越智祥太(おちさちひろ):1968年、横浜市に生まれる。精神科医、千葉大卒。内科研修3年後、久里浜病院、南晴病院などを経て現在、多摩あおば病院で働く傍ら1997年から横浜のドヤ街、寿町ことぶき共同診療所で診療活動に従事し、横浜や蒲田などのホームレスの支援活動も行っている。写真撮影筆者

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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