社会の規範を破る子どもをどう支えるか ノルウェー性教育の見直しを
ジェンダーやセクシュアリティの規範に反する子どもや若者の暴力や虐待の経験については、これまでほとんど調査されてこなかったが、多くの量的調査によって、このグループは暴力や虐待に関して特に脆弱であることが浮き彫りになっている。
ノルウェーのジェンダー平等センターは、セーブ・ザ・チルドレンの委託を受け、報告書『ジェンダーとセクシュアリティの規範に反する子どもと若者の二重のタブー、暴力と性的虐待』を作成した。
※ノルウェーではセクシュアルマイノリティ(性的少数者)は「LGBTQ+」よりも「クィア」(ノルウェー語で「シェイブ/Skeiv」)と表現するほうが一般的のため、記事では「クィア」で統一しています。
※日本語の「幼稚園」「保育園」のように、両者を区別する言葉がノルウェーにはなく統一して「子どもの園」、現場で子どもと携わる大人を統一して「保育士」と表記しています。
シスヘテロ規範を強制される子ども時代
報告書は、18歳以前の暴力や虐待の経験について、13人の若者へのインタビューに基づいている。報告内容の一部:
- 「子どもがトランスジェンダーやジェンダークリエイティブだと困る」。このような考え方をする親はノルウェーにも存在する
- 「普通でいてほしい」という親の願いに加えて、子どもの園でも保育士は「誰もがシスヘテロであるかのように子に接する」
- 「自分は社会が期待する一般的な性ではないかもしれない」と、子どもが悩んでいても、先生や周囲は真面目に話を聞いてくれない。せっかく、勇気を振り絞って相談したのに。
- クィアの子どもや若者の間には「クィアであるための『正しい振る舞い方』がある」という認識が流通している
- 「クィアの性行為について学ばなかったから、自分が受けたのは性暴力だと気が付かなかった」
- クィアの子どもたちは「生存(サバイバル)しなきゃ」という警報モード状態で毎日を過ごしている
- ノルウェーの精神科医や心理士は心の専門家だったとしても、様々なタイプのクィアやトランスジェンダーの専門家ではない
- ヘテロシス規範によって、子どもは不安定な成長空間で育っている
- 子どもが自分の生を「試す」「研究する」ことができる「安全・安心な空間」が欠如している
- 人々の中にヘテロ規範のセクシズムとクィア嫌悪が内在化されている
- 知識の不足
これは報告書が指摘するノルウェー社会の現状の一部だ。「ジェンダー・ギャップ指数」で3位の国の現状が、こうなのだ。
一体どうすれば、もっと生きやすい社会になれるのか。大人に根付いた偏見はどうしたら解体できるのか。提案されたのは、徹底した性教育だ。
報告書の提案「規範批評の導入を」
- 子どもの園、学校に規範批評を導入する
- クィアの視点を教育の一環として取り入れる
- 学校におけるアイデンティティに基づく侮辱を容認しない
- 包括的なセクシュアリティ教育を行う
- 教員養成課程におけるセクシュアリティ教育を強化する
- 大学や専門学校で規範批評の視点を単位とするコースを設置する
- 保育士や教師のための生涯教育プログラムを実施する。虐待や暴力について子どもや若者とどのように話すかについて、子どもと関わるすべての人のためのスキル開発
- クィアの暴力被害者に対応する支援サービスのための、インクルーシブな言葉の使い方と、クィア視点の暴力と虐待についての必修科目
- クィアの暴力被害者に対応する支援サービスのための、マイノリティ・ストレスについての知識と認識
ジェンダー平等センターの提案
- 授業でクィアについて学ぶことを「当たり前のこと」とする
- ノルウェーでは性に関する言葉が悪口として使われているために、アイデンティティを基盤とした悪口の使用は「徹底的に許さない」という姿勢を学校側が見せる
- 性教育の拡大と改善
- 子どもと接する仕事をする大人は全員、「暴力や性暴力について、子どもとどう話すか」を学ぶ
- 暴力を経験したクィアと接する医療従事者は、「言葉の使い方」も含めて、「クィア視点で見る暴力」について学ぶことを義務化する
この報告書の内容は6月後半のオスロ・プライド週間中にも議論された。現場では、トランスジェンダー当事者たちも意見を述べて、子どもと携わる教育機関や組織は「クィア嫌悪は許さない」という価値観を明確に表示・宣言してほしい、という声もあった。
「規範を破る人」と「ジェンダークリエイティブ・チルドレン」
この発表の場で、頻繁に使用された二つの言葉を紹介したい。「規範を破る人」と「ジェンダークリエイティブな子どもたち」だ。
「規範破り」は「規範によって作られた期待に反するアイデンティティを持つ人、社会の重要な規範の範囲内にない人生の選択をする人」を意味する。規範破りとしての立場は状況によって変わりうる。ある状況では規範破りであり、別の状況では規範追従者であることもある。
「社会の期待を裏切るような方法で、自分のジェンダーを表現する子どもたち」のことを「ジェンダークリエイティブ・チルドレン」と呼ぶ。ノルウェーでは今、「子どもたちの経験のポジティブな側面を強調する言葉」として使われている。ジェンダー・アイデンティティがどのように作られ、構築され、維持されるかについて、私たちに教えてくれる存在でもある。
今回の報告書に出てきた、ノルウェー社会のシスヘテロ規範と闘いながら生きる子どもや若者を、単に「クィアの子ども・若者」と表現するのではなく、「規範を破る人」「ジェンダークリエイティブ・チルドレン」と現場の関係者らはあえて表現した。
その姿勢からは、シスヘテロ規範が強く残る社会で、「当たり前」の殻から抜け出して生きようとする子どもと若者を称える意思をも感じる。当事者グループの呼び名を変えることは、時間をかけて市民の価値観の変化につながる。「私たちは、社会の規範を変えていく存在だ」と、堂々と当事者が生きる社会であれるように、ニュースを伝える側もこのような言葉を積極的に使うことで、変化は起きるだろう。
執筆後記
この問題に向き合うためには、教育の場での取り組みが重要となる。ノルウェーは世界で最もジェンダー平等が進んでいる国の一つだが、ジェンダーやセクシュアリティの規範に挑む子どもたちと若者たちは依然として大きな困難に直面している。
子どもたちが真の意味で安心して成長できる社会を築くためには、包括的で寛容な性教育の普及が必要だ。
さらに、保育士や教育者自身がこれらのテーマについて深く理解し、適切な言葉を選んでコミュニケーションをとる技術を身につけることも重要となるだろう。教育現場だけでなく、社会全体がジェンダーの多様性を正しく理解し、受け入れることで、子どもや若者たちは自己のアイデンティティを安心して探求できるようになる。
この課題に立ち向かうためには、保育士、教育者、保護者、そして政策立案者が協力して、ジェンダーやセクシュアリティの規範に挑む子どもたちが直面する困難を理解し、それに応じた支援策を講じることが不可欠だ。それにより、ノルウェーのような先進国でも未だに存在するジェンダーギャップを更に縮小し、真の平等が実現される日が来るだろう。