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「カムカム」で話題の回転焼き、九州での呼び名は… ソウルフードのすごいこだわり

三星舞編集者、ライター、フードコーディネーター

NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」の最終回まであとわずか。主演の深津絵里さん演じるるいが作る回転焼きに、毎朝胃袋を刺激されていた方も多いのでは。この回転焼き、今川焼きや大判焼きなどさまざまな呼び名や商品名があるものの、全国各地で愛されている和菓子である。九州の場合は「蜂楽(ほうらく)饅頭」。蜂蜜入りの生地に、たっぷりと詰められた粒あん。戦後から愛され続ける、九州人のソウルフードだ。

地域に根付く〝気軽なおやつ〟

 九州最大の繁華街・天神から地下鉄で約7分、西新駅を出てすぐの西新中央商店街へ。店舗に挟まれた歩行者天国の通路には野菜や惣菜、花卉を積んだリヤカーが並び、老若男女が行き交う活気のある商店街だ。中でも行列が絶えず、ひと際賑わっているのが「蜂楽饅頭 福岡西新店」。ガラス張りの店内では直径10cmほどの饅頭が次々と焼かれ、そして次々と売れてゆく。多い時には職人1人あたり1000個以上を焼く日もあるという。

 蜂楽饅頭が誕生したのは昭和20年代。熊本県・水俣で養蜂業を営んでいた宮﨑正二さんが、蜂蜜を使って作る回転焼きを思いついたことから始まった。正二さんの孫で、博多蜂楽饅頭代表取締役社長の宮﨑正百さんは「祖父は新しいもの好きで、色々と思いついては実行するタイプだったようです」と笑う。当時、正二さんは青果業や飲食業などさまざまな事業を営んでおり、その一つに養蜂業があった。

 戦後間もなく、食料事情が決して良いとは言えない時代。蜂蜜も大変な貴重品だったが、正二さんは「せっかく養蜂をしているのだから、一般の人が手軽に買えるおやつを蜂蜜入りで作ろう」と考えた。そして試作を繰り返して誕生したのが蜂楽饅頭。「〝蜂楽〟という名は、地域の人や従業員たちからネーミングを募集して決まったと聞いています」と正百さん。「今となってはどなたの案が採用されたかは不明で、地元では名付け親は自分だと自慢話をする年配の方が何人もいたとか(笑)」。

(写真提供=有限会社 博多蜂楽饅頭)
(写真提供=有限会社 博多蜂楽饅頭)

(写真提供=有限会社 博多蜂楽饅頭)
(写真提供=有限会社 博多蜂楽饅頭)

 正二さんは多店舗展開にも積極的で、水俣の1号店オープンから数年後には熊本市内や鹿児島、宮崎にも進出。福岡西新店は昭和40年に開店し、現在では九州内に14店舗がある。面白いのが、各地のお客さんが自分のなじみの店を発祥地と思い込んでいる傾向が見られるということ。「福岡の人は西新、鹿児島の人は天文館、熊本の人は上通の店が発祥だと思っていると聞きます。みなさんから〝うちの地域の食べもの〟と思っていただけるほど各地域になじめたのは、本当にありがたいことです」と正百さんは表情を緩める。

創業当時の味を受け継ぐ職人たち

 蜂楽饅頭の作り方は、創業当時からほぼ変わっていない。当日の朝からその日の分の生地を手作りし、銅板で焼き、あんこを詰める。素材を選ぶ基準にもブレがなく、生地に入れる蜂蜜や小麦粉は国産を使用。あんこは北海道・十勝産の小豆や白いんげん豆を使い、各地域の工場で職人たちが手作りする粒あんだ。正百さんは「時代や気候の変化で国産の素材を入手するのがどんどん難しくなっています。ですから今は無理にこれ以上店舗を増やすのではなく、価格を上げずに品質を保つことに力を注いでいます」と話す。「良質な素材を使って手作りして、できたてを提供するのが蜂楽饅頭。あんこを練る時間を短縮させるための増粘剤や、饅頭の日持ちを良くする保存料は一切使っていません」。

 変わらぬ味を支えるのにもう一つ欠かせないのが、焼き手の職人たち。生地の練り方、あんこの切り方や詰め方、そして生地の流し方や返し方…。各工程にコツがあるがマニュアルはないため、新人は先輩職人の背中から学ぶ。〝とりあえず焼ける〟ようになるまでに最低でも数カ月かかり、〝上手に焼ける〟までには数年を要する。10代で店に入り、60代を超えてもまだまだ現役で焼き続けている超ベテランも!

 蜂楽饅頭では各店の焼き場をガラス張りにしてあるため、訪れた人は行列を待つ間に焼ける様子を眺めることができる。「お客様がキラキラした目で見つめるものだから、新人は緊張しちゃって。ついあんこを多めに詰めすぎてしまう傾向があります」。それでなくとも蜂楽饅頭は薄い皮にたっぷりのあんこが特徴。あんこを詰めすぎたために持ち帰り箱に入りきらなくなってしまう…なんて、客との距離が近いからこそのエピソードだ。

九州でなければ食べられないもの

 80年の歴史がある蜂楽饅頭は、親子三代で通う家族もいるほど根強いファンが多い。そして、それぞれになじみの店がある。「どの店舗でも同じ味を提供していると自信があるのですが、常連の方はなじみの店のものを〝他の店と食べ比べたけど、ここの蜂楽饅頭が一番おいしい〟と胸を張っておっしゃる。不思議なものですよね(笑)」。

 あんの色や食べ方にもそれぞれに一家言あり、特にあんの色に関しては熊本の新聞で黒派・白派のアンケートが取られたこともあるほど。宮﨑さん自身も〝蜂楽饅頭の息子であるお前はどっち派なんだ〟と、友人たちから問い詰められた経験が。「自分の好きなあんの色が人気だと信じて疑わないお客様が多いのですが、全店舗の売り上げを見てみるとちょうど半々なのです。強いて言えば、南九州は白、北九州は黒の方が若干強いかなという程度」。子どもの頃は白派、大人になるにつれて黒派に、と鞍替えする人もいる。水俣生まれの正百さんは白派だと、こっそり教えてくれた。

 インターネットを通じて、全国各地どころか世界中の商品を手に入れられるようになった今。蜂楽饅頭も冷凍食品化の誘いがあるそうだが、正百さんは首を縦に振らない。「その日焼いたものを食べるのがやっぱり絶対おいしいと思っているからです。だから通信販売はせず、店頭販売のみ。こんな時代だからこそ、現地に行かなければ食べられないものっていうのも、それはそれで価値があるんじゃないかなぁ」。

 新型コロナ感染症対策のため現在はイートインスペースの利用を休止しているものの、以前は店内で焼き立てを嬉しそうに頬張るお客様の姿が見られたそうだ。「焼きたては皮がパリッとしていて、持ち帰りとは違うおいしさがあります。いつかまた自由に旅行ができる時がきたら、九州以外の方にも焼きたての蜂楽饅頭を味わっていただきたいですね」。

宮﨑正百(みやざき・まさも)

1969年、熊本県生まれ。祖父が創業した蜂楽饅頭を父から受け継ぎ、博多蜂楽饅頭代表取締役社長に。

■蜂楽饅頭 福岡西新店

福岡県福岡市早良区西新4–918-1

電話 092-822-5599

営業時間 10:00 ~ 19:00 *なくなり次第終了

定休日 火曜日

http://www.houraku.co.jp

写真・文/三星舞

編集者、ライター、フードコーディネーター

雑誌「九州の食卓」副編集長を経て、フリーのエディター・ライターに。食に関する興味が旺盛で、料理と器も好き。九州中を駆け巡って各地のおいしいもので胃袋を満たしてきた経験を生かし、フードコーディネーターとしても活動中。

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