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【埼玉知事選】まさかの自民党候補の敗北と野党共闘

安積明子政治ジャーナリスト
青島氏には自民党の有力者がぞくぞく応援に駆け付けるも……

当初はトリプルスコアで自民党がリードしていたが……

 8月25日に投開票された埼玉県知事選では、立憲民主党、国民民主党、社民党の各県連が支持する大野元裕前参議院議員が、自民党と公明党が推薦するスポーツライターの青島健太氏を下して勝利した。得票数は92万3482票対86万6021票で、その差は5万7461票。前日には自民党関係者が「3万くらいなら、投票率次第でなんとかひっくり返せる」と述べていたから、予想以上にその差が開いたといえるだろう。

 しかも投票率は32.31%で、かろうじて30%台を維持した状態だ。もっとも前回まで3回連続で20%台だったため、埼玉県が「無関心はださいたま!!」と投票を呼びかけたことで、とりあえず投票率の低下に歯止めをかけたことになる。

 さて今回の埼玉県知事選には、様々な論点が見えている。当初はトリプルスコアでリードしていた青島氏がなぜ途中で失速して大野氏が勝利したのか、大野氏の勝利で果たして“野党共闘”は勢い付くのか、などだ。

 まずはなぜ青島氏が失速し、大野氏が躍進したのかを考えてみよう。

なぜ大野候補は勝ったのか

「まがりなりにも大野は政治家なんだよ」

 これは現地を取材していたベテラン記者の言葉だ。確かに選挙の態様を見ていると、大野氏は“政治家”だった。大野氏が主にやった選挙活動は、大宮駅や浦和駅などで午前8時から午後8時まで12時間立ち続け、自ら通行人にビラを配布し、政策を訴えたことだった。それが軽快な様子で極めて自然に見えたのだ。大野氏はあたかも選挙を楽しんでいるようでもあった。

 選挙活動を県の南部にある人口が多い都市に集中したことも、無駄にエネルギーを消費せず、最後まで勢いを保てた秘訣だろう。大野氏は川口市の出身で、祖父・元美氏は川口市長を22年間も務め、市内の自民党組織を固めた大物。いまもその影響は大きく、大野氏に最初に知事選出馬を要請したのは川口市商工会議所の児玉洋介会頭だ。また奥ノ木信夫川口市長は青島陣営の決起大会などにも顔を出したが、大野氏の街宣にも積極的に参加。8月12日には浦和駅前で応援演説をした上、2時間も滞在している。

 さらに大野氏を支持する立憲民主党の枝野幸男代表は大宮(さいたま市)を地盤とするが、川口市の人口は60万人で、さいたま市は130万人。この2市だけで埼玉県の人口730万人の26%を占める。そして大野氏自身も全県的に知名度があり、2016年の参議院選では67万6828票を獲得した。

 大野氏があえて県北などに足を延ばさなかった理由を、先日の参議院選で当選したばかりの熊谷裕人参議院議員が語ってくれた。

「自民党や公明党と異なり、我々にはそもそも北部などで動いてくれる地方組織がありません。それよりも人口が多い南部で訴える方が効率的だと判断しました」

 一方で青島氏は「4月以来、埼玉県を3周した」というほど動き回った。県南部では大野氏に負けるものの、人口の少ない北部や出身地である東部を丁寧に回り、票を固めようとした。

 “We are SAITAMA”をキャッチフレーズに、少子化対策や健康政策などを訴えた。しかし青島氏の主張はどうしても抽象的なものになりがちで、上田県政を継承する大野氏の主張の方が具体的でわかりやすいものだった。

“9・6・3の法則”とは

「自公の支持率をあわせると、野党の支持率の合計より多い。なのにどうして自民党の推薦候補は参議院選挙で負けたのか。その理由がわかりますか」

 投開票の翌日、国民民主党の玉木雄一郎代表は筆者にこのように問いかけた。時事通信が8月9日から12日までに実施した8月の世論調査では、自民党支持率は28%で、公明党支持率は4.1%。合計32.1%になる。

 かたや野党は立憲民主党が5.8%で国民民主党が0.6%、日本維新の会は2.2%で共産党は2.1%、社民党0.4%、れいわ新選組は1%、NHKから国民を守る党は0.4%で、合計は12.5%に過ぎない。ダブル以上の差がつけられているのだ。

 しかし玉木氏によれば、野党が勝つ秘訣があるという。

「それは9・6・3の法則です」

 すなわち、リベラルの9割、無党派層の6割、保守層の3割を獲得すれば、野党の候補が勝つというものだという。

「そのためには候補がリベラルすぎては無党派層や保守層から票を得られない。今回の埼玉県知事選は、保守派の大野さんをリベラルな野党が支持したからこそ、まさにそうした票を集めることができたといえるんです」

 確かに投開票日のNHKの出口調査によれば、大野氏は立憲民主党支持層の80%台後半と共産党の80%台前半を獲得し、無党派から60%近い支持を得ている。また自民党支持層の60%台後半が青島氏を支持したことから、大野氏が30%近い自民党支持層の支持を得たことも推測できる。

 立憲民主党などと統一会派を結成することになった国民民主党だが、玉木氏は構想する“野党共闘”についてこう述べた。

「野党第一党がリベラルすぎては、国民の多数の支持を得られません。我々は立憲民主党をもっと中道に引き戻さないといけないと思っています」

 今回の埼玉県知事選では“野党共闘”は成功したといえるだろうが、果たしてその勝利は続くのか。10月には参議院選補選が行われるが、上田知事の出馬が噂される。秋の臨時国会では日米貿易交渉が審議され、ホルムズ海峡への有志連合参加の是非について紛糾するだろう。野党にとって「見せ場」が続くが、これらをどのように求心力に昇華するのか。野党にとって埼玉県知事選の勝利の美酒に酔いしれている暇はない。

 

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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