Yahoo!ニュース

パナマ文書はなぜ公開されたのか? 法人・個人を追及してなんの意味があるのか?

山田順作家、ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

パナマ文書中にある法人名、個人名を基にした大げさな報道が続いている。“脱税”だと言ってみても、現在のメディアの取材力では、それを証明する取材はできないだろう。ただ単に名前が挙がった人間のところに行ってみても、それが単なる「ナーミニー」(名義人)なら、その裏にいる「ベニフィシャリー」(本当の受益者)にたどり着くのは大変な作業だ。

それに、富裕層だけがトクしているという見方はおかしい。政治家は追及してもかまわない。また、マネロンは徹底的に追及すべきだ。しかし、単なる節税目的で資産をタックスヘイブンに移している人間を、まるで「売国奴」のように扱うのはおかしい。

「タックスヘイブンによる“課税逃れ”は違法ではないが、同文書の中には世界各国の首脳や富裕層の名前も多く含まれており、税を正しく納めている人々に対して、高額所得層や公人が租税回避目的でタックスヘイブンを利用していることは倫理的に問題視されている」などと書いているメディアがあるが、別に富裕層でなくても、1000ドルもあればタックヘイブンに会社はつくれるし、銀行口座だって開ける。ネットで申し込むことも可能だ。

つまり、問題はタックヘイブンにあるのではなく、日本のように税金がバカ高い国のほうにある。こんな国で税法に従って納税していては、日本の大企業はグローバル競争に勝てず、みな潰れてしまうだろう。そうなったら、いちばん困るのは一般国民だ。個人も、こんな重税国家で暮らしていては、どんどん貧しくなるだけだ。法人税、所得税、相続税など、世界でも一二を争う重税を課せられたら、企業も個人も逃げ出すに決まっている。

今回のパナマ文書には、背後にアメリカの思惑が透けて見える。なにしろ、ICIJ(国際ジャーナリスト連盟)にはジョージ・ソロスが資金援助しているとも言われている。しかも、アメリカ自身がタックスヘイブンで、デラウエア、ネバタ、サウスダコタなどのタックスヘイブン州を抱えている。つまり、現在、英国領がほとんどのタックスヘイブンにあるドルを自国のタックスヘイブンに還流させるために、ICIJが利用されているようにしか思えない。

アメリカによる英国のタックスヘイブン潰しではないのか? 昨年、英国はアメリカを裏切り、中国マネーに目がくらんでAIIBに参加した。

アメリカは「FATCA」により、世界中の銀行にある要人や富裕層の口座をこじ開けることに成功した。その結果、スイスやルクセンブルグなどの伝統的なタックスヘイブンは機能しなくなり、資金はほかのタックスヘイブンに流出した。2014年、OECDはアメリカにならってタックスヘイブン潰しのために「CRS」(共通報告基準)をまとめ、加盟各国に呼びかけた。もちろん、日本は喜んで受け入れた。

ところが、オバマ政権はCRSの受け入れを拒んだ。その理由は、「アメリカの銀行は国内法で守秘義務を定められている」というもの。つまり、アメリカの国内法のほうが、世界で取り決めたルールより上位に来るのだ。こうなると、アメリカのタックスヘイブン州のほうが秘密は守れるから、そこにオフショアマネーは流れる。なにしろ、米ドルが基軸通貨なのだから、これはどうしようもない。

こうしたアメリカの姿勢に、怒り心頭の欧州委員会は、昨年、スターバックス、アップル、グーグルなどの米企業を次々に「租税を回避している」と告発に踏み切った。アップルの租税回避法「ダブルアイリッシュ・ウイズ・ダッチサンドイッチ」はアメリカ議会でも問題視され、「アップルはアメリカに2%しか税金を納めていない」と、ティム・クックCEOが上院の小委員会に呼ばれた。

しかし、その後、ティム・クックCEOはCBSの番組「60 Minutes」で、「上院の告発はタワゴト」「アメリカの税法のほうが時代遅れ」と反論した。現在、アメリカ政府はこうした自国のグローバル企業を告発する気はさらさらない。上院のヒヤリングは、単なるショーに過ぎなかった。

OECDは「BEPS」(税源浸食と利益移転)というプログラムも進めている。これは、世界展開しているグローバル企業が、「租税を回避するために国境を越えて利益を移転することで、本来国家が得られる税収が減ってしまう」のを規制しようというもの。要するにグローバル企業は、どの税金をどこで納めているのか、各国の税務当局が把握できるようにしようというものだ。しかし、アメリカはこれにも乗り気ではない。

現在、アメリカは、TPPと同じようなTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)を欧州との間で交渉中だが、TPP以上にまとまりそうもない。日本では、トランプ大統領候補の日本叩き発言ばかりが取り上げられているが、彼はずっと減税を主張している。法人税を35%から15%に引き下げ、所得税も引き下げると言っている。日本のタックスヘイブン対策税制は、税負担率20%未満を対象にしている。アメリカの法人税が15%になったらどうするのか?

パナマ文書が突きつける問題を、アメリカのメディアと同じように「一般の納税者にとって許せない」というような視点で捉えていると、日本は完全に足元をすくわれるだろう。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

山田順の最近の記事