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新型コロナ感染症:「空気感染」すればどうなるのか?

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 これまで新型コロナ感染症(COVID-19)は、主に接触感染と飛沫感染によってウイルス(SARS-CoV-2)が感染すると考えられていた。だが、最近になって空気感染の危険性を指摘する意見が出され、議論になっている(この記事は2020/07/08時点の情報に基づいています)。

空気中に残存するウイルス

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による接触感染と飛沫感染のリスクを下げるためには、入念な手指衛生(手洗い)の励行によって接触感染を防ぎ、マスク(サージカルマスク=市販の不織布製マスク)着用によって飛沫の拡散を防ぐとされてきた。

 感染防止のための社会的な距離の保持、いわゆるソーシャル・ディスタンシングでは、2メートル(最低でも1メートル)物理的な距離を保持するように推奨されているが、これは呼吸や発話によって生じる飛沫が感染させる力を保持して飛ぶ距離による(※1)。つまり、新型コロナウイルスの飛沫は、せいぜい1メートルしか飛ばないということになるが、新型コロナウイルスはエアロゾル中に少なくとも3時間は残存するようだ(※2)。

 また、室内換気の重要性もウイルスのエアロゾルを外界へ排出し、空気中の密度を希釈して感染リスクを下げるために推奨されてきた(※3)。これも空気中にウイルスが存在することを前提にしている。

 一方、くしゃみや咳、発話などによって感染者の口や鼻から放出された新型コロナウイルスは、付着した飛沫の大きさによって近距離に落下するか、空気中をしばらく浮遊するかが決まる(※4)。

 飛沫感染は一般的に直径5マイクロメートル以上のエアロゾルによる感染を意味し、5マイクロメートル以下の場合、飛沫核感染と定義するようだ。この定義によれば、もし新型コロナウイルスが5マイクロメートル以下であれば、飛沫核感染(空気感染)させることになる。

 WHO(世界保健機関)はパンデミックの発生当時から、人工呼吸器の挿管・抜管時などの特殊な状況を除外し、新型コロナウイルスは空気感染しないという態度を取ってきた(7月7日、WHOの技術専門官はメディアブリーフィングで空気感染の可能性について確認中とした)。こうしたエアロゾル飛沫の多くは排出された後すぐに落下し、環境中の湿度によっても異なるが、体外へ出て短い時間で蒸発したり乾燥し、感染力を失うとされているからだ(※5)。

SARSは空気感染したのか

 では、新型コロナウイルスは空気感染するのだろうか。

 2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスでは、飛沫とエアロゾルによる感染の一形態として空気中の感染リスクが指摘された(※6)。こうした研究であげられた事例の多くは院内感染で、新型コロナウイルスが同じような感染力を持っているかどうかはわからなかった。

 粘度によるくっつきやすさやそのサイズのウイルス量で感染させるだけの力があるかどうかは別にして、新型コロナウイルスが直径1マイクロメートル(PM1)以下という微小粒子状物質に存在することが確認されている(※7)。

 また、くしゃみや咳による飛沫(5マイクロメートル以下)よりも呼吸や会話中に出る飛沫(0.75マイクロメートルから1.1マイクロメートル)のほうがずっと小さい。また、こうした小さな飛沫は、声が大きくなるにつれて多く出るようになるという(※8)。

 例えば、ウイルスを含む粒子が小さい場合、マスクの隙間からかなりの量が漏れ、空気中を漂ってしまう。日常生活でマスクを隙間なく完全に顔に密着させ続けることは不可能だし、医療用N95マスクなどと異なり、不織布マスクの繊維の隙間(0.5マイクロメートルから15マイクロメートル)を考えれば、約90%のエアロゾルを捕捉できるもののマスクのフィルタリング効果は限定的と考えられる(※9)。

 また、十分なソーシャル・ディスタンシングの距離の数値についても議論が続いているが(※10)、この距離も新型コロナウイルスが空気感染するかどうかによって影響される。

より換気が重要になる程度

 これまでもエアロゾル感染やより空気感染に近い形での空気伝達感染経路を疑い、エアコンや空調システムを介しての感染拡大を警告する研究グループがいた(※11)。また、空気感染とは断言しないものの空気を媒介にした感染ルート(混濁粒子)や発話による空気感染を支持する研究論文もいくつか出てきている(※12)。

 カナダのマックマスター大学の研究グループが、SARS、MERS、新型コロナウイルスの感染を防ぐためのマスクとゴーグルやフェイスシールドといった目の保護をテーマにした世界の44研究(目の保護は13研究)を比較評価したところ、マスクを着用して相手との距離が遠くなるほど感染リスクが下がった(※13)。

 そして、ゴーグルやフェイスシールドで目の保護をした場合、そうしなかったときより大幅に感染リスクを下げる(RR0.34、95% CI:0.22-0.52)可能性があることがわかったという。この比較評価をした研究グループは、新型コロナウイルスの空気感染を疑っている。

 オーストラリアなどの研究者らが2020年7月6日に英国の感染症雑誌『Clinical Infectious Diseases』に出した論考(※14)によれば、新型コロナウイルスが空気を媒介にした感染をするという証拠は出そろっているので、それを前提にした防護策に取り組むべきと述べている。

 この論考には世界の科学者239人が賛同(確認)しているとするが、もし彼らの主張が正しいとすればより積極的な換気や紫外線(UV-C)殺菌などが必要になるだろう。ただ、この論考を中心になってまとめた研究者は、長くウイルスの空気感染を研究してきたことに留意すべきだ。

 空気感染の定義自体、それほど定まっているものではない。微小エアロゾルによる飛沫核感染が空気感染になるとすれば、新型コロナウイルスは空気感染するのだろう。

 だが、個人差もあれば環境要因も大きく影響する。どれだけの量のエアロゾルを吸い込めば、新型コロナウイルスに感染するかなどわからない。

 少なくとも感染者がいる環境の換気扇やエアダクトに付着したウイルスがしばらく残存するようだし(※15)、感染者と一緒に長時間いるのも呼気中のウイルスを考えれば危険なのは確かだ。

 空気感染するかどうかは定義の問題であり、手洗いの励行はもちろん、より換気に気を配り、いわゆる3密をより避け、よりマスクを着用するなどは必要だが、これまでの対策を大きく変えなければならないほどではないのかもしれない。

※1-1:Leonardo Setti, et al., "Airborne Transmission Route of COVID-19: Why 2 meters/6 Feet of Inter-Personal Distance Could Not Be Enough" International Journal of Environmental Research & Public Health, Vol.17(8), 2932, April, 23, 2020

※1-2:Anita K. Simonds, "‘Led by the science’, evidence gaps, and the risks of aerosol transmission of SARS-COV-2" RESUSCITATION, Vol.152, P205-207, July, 1, 2020

※2:"Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1" The NEW ENGLAND JOUNAL of MEDICINE, Vol.382, 1564-1567, April, 16, 2020

※3:Guangyu Cao, et al., "A review of the performance of different ventilation and airflow distribution systems in buildings" Building and Environment, Vol.73, 171-186, 2014

※4-1:A F. Wells, "Airborne Contagion and Air Hygiene. An Ecological Study of Droplet Infections" Air Hygiene, 1955

※4-2:Raymond Tellier, "Review of Aerosol Transmission of Influenza A Virus" Emerging Infectious Diseases, Vol.12, No.11, November, 2006

※4-3:Jan Gralton, et al., "The role of particle size in aerosolised pathogen transmission: A review" Journal of Infection, Vol.62, Issue1, 1-13, January, 2011

※5:X Xie, et al., "How far droplets can move in indoor environments- revisiting the Wells evaporation-falling curve" INDOOR AIR, Vol.17, 211-225, 2007

※6-1:Y Li, et al., "Role of air distribution in SARS transmission during the largest nosocomial outbreak in Hong Kong" INDOOR AIR, Vol.15, 83-95, 2004

※6-2:Timothy F. Booth, et al., "Detection of Airborne Severe Acute Respiratory Syndrome (SARS) Coronavirus and Environmental Contamination in SARS Outbreak Units" The Journal of Infectious Diseases, Vol.191, Issue9, 1472-1477, 2005

※6-3:Hua Qian, et al., "Spatial distribution of infection risk of SARS transmission in a hospital ward" Building and Environment, Vol.44, 1651-1658, 2009

※7:Jean F. Gehanno, et al., "Evidences for a possible airborne transmission of SARS-CoV-2 in the COVID-19 crisis" Archives des Maladies Professionnelles et de l'Environnement, doi.org/10.1016/j.admp.2020.04.018, May, 4, 2020

※8:Sima Asadi, et al., "Aerosol emission and superemission during human speech increase with voice loudness" SCIENTIFIC REPORTS, Vol.9: 2348, doi.org/10.1038/s41598-019-38808-z, February, 20, 2019

※9-1:Tara Oberg, Lisa M. Brosseau, "Surgical mask filter and fit performance" American Journal of Infection Control, Vol.36, Issue4, 276-282, 2008

※9-2:Mahesh Jayaweera, et al., "Transmission of COVID-19 virus by droplets and aerosols: A critical review on the unresolved dichotomy" Environmental Research, Vol.188, 109819, June, 13, 2020

※9-3:Siddhartha Verma, et al., "Visualizing the effectiveness of face masks in obstructing respiratory jets" Physics of Fluids, Vol.32, 061708, doi.org/10.1063/5.0016018, June, 30, 2020

※9-4:Christian J. Kahler, Rainer Hain, "Fundamental protective mechanisms of face masks against droplet infections" Journal of Aerosol Science, Vol.148, 105617, June, 28, 2020

※10-1:Prateek Bahl, et al., "Airborne of Droplet Precautions for Health Workers Treating Coronavirus Disease 2019?" The Journal of Infections Diseases, doi.org/10.1093/infdis/jiaa189, April, 16, 2020

※10-2:Zeshan Qureshi, et al., "What is the evidence to support the 2-metre social distancing rule to reduce COVID-19 transmission?" CEBM, June, 22, 2020

※11:G Correia, et al., "Airborne route and bad use of ventilation system as non-negligible factors in SARS-CoV-2 transmission" Medical Hypotheses, Vol.141, 109781, 2020

※12-1:G Buonanno, et al., "Estimation of airborne viral emission: Quanta emission rate of SARS-CoV-2 for infection risk assessment" Environment International, Vol.141, 105794, May, 11, 2020

※12-2:Alyssa C. Fears, et al., "Persistence of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 in Aerosol Suspensions" EMERGING INFECTIOUS DISEASES, Vol.26, No.9, June, 22, 2020

※12-3:Renyi Zhang, et al., "Identifying airborne transmission as the dominant route for the spread of COVID-19" PNAS, Vol.117, No.26, 14857-14863, June, 30, 2020

※13:Derek K. Chu, et al., "Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis" THE LANCET, Vol.395, Issue10242, June, 1, 2020

※14:Lidia Morawska, Donald K. Milton, "It is Time to Address Airborne Transmission of COVID-19" Clinical Infectious Diseases, ciaa939, doi.org/10.1093/cid/ciaa939, July, 6, 2020

※15:Sean Wei Xiang Ong, et al., "Air, Surface Environmental, and Personal Protective Equipment Contamination by Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2(SARS-CoV-2) From a Symptomatic Patient" JAMA, Vol.323(16), 1610-1612, March, 4, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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