Yahoo!ニュース

「生涯現役」宣言 ”日本のAORの女王”八神純子の4時間・46曲スペシャルライブで感じた”初期衝動”

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
1月29日Bunkamuraオーチャードホール

「私は歌で魅了する」。4時間、46曲、最高の歌と心躍る素晴らしいバンドサウンドで、ファンを魅了

「私は歌で魅了する」――そのライブの告知ポスターのキャッチは、どこまでも潔く、シンプルで、強い意志を感じさせてくれるものだった。

“私”に多くの観客が魅了されたのは、1月29日に渋谷・Bunkamuraオーチャードホールで行われた、シンガー・ソングライター八神純子の『ヤガ祭り・2017 There you are Tour Special』だ。これは八神純子が歌いたい歌を、歌いたいだけ歌うというコンセプトの、一夜限りのスペシャルな内容で、15分間の休憩をはさんで約4時間、新旧織り交ぜ46曲を歌いきった。

八神は1978年に「思い出は美しすぎて」でデビューし、「みずいろの雨」「パープル タウン」「ポーラー・スター」など多くのヒット曲を世に送り出し、1987年に渡米。2011年に発生した東日本大震災の支援活動を機に、再び日本での音楽活動を本格化させ、2016年に自身のレーベル「Listen J Label」を設立。同年1月、2年半ぶりのアルバム『There you are』を発売し、このアルバムを引っ提げてのツアーのスペシャルバージョンが『ヤガ祭り』だ。

デビューから変わらない透明感のある、伸びやかな高音と、ますます豊かになる表現力

画像

お祭りということで、まずは景気づけとばかりに「ヤガ祭りのテーマ」を、林幹が和太鼓で披露。オーチャードホールの中を、太鼓の太い音が響き渡り、体中にその振動が伝わってくる。期待感を煽ったところで、オープニングナンバー「Twenty-four seven」(13年)。八神の変わらない伸びやかで透き通った高音に、早くも圧倒される。その声は、より強度を増し、表現力もさらに大胆かつ細やかさと優しさを増し、とにかくひきつけられる。東日本大震災の支援活動で、それまでは歌った事がないスタイル、環境で歌い続け、傷ついた人の心に届けたいという想いと時間が、その表現力に大きな影響を与えたのは間違いない。

この日のバックバンドは、ドラム、ベース、ギター2人、キーボード2人、そしてホーンセクション3人に、クラッシャー木村ストリングスの4人という構成。いつもの「ヤガミグミ」の音にさらに重厚さが増し、ストリングスの音が非常に表情を持ち、八神の歌に彩りを与えていた。なんとも贅沢な音は、ひと言でいうと“心躍る音”。上質のAOR、ポップスを聴かせてくれた。

画像

「ポーラー・スター」(79年)「思い出は美しすぎて」(78年)「想い出のスクリーン」(79年)などのヒット曲を第1部で披露。その他にも、歌いたい曲をリストアップすると「全部を歌うには8時間かかることがわかり」(八神、以下同)、ならばファンの声を参考にしようと募集したところ、「ダントツの1位はなく、バラバラだった」ので、選曲に非常に苦労したことを明かした。ならばとばかりに、「なるべくファンの声に応えたい」と考えたのが1部の聴きどころのひとつでもあった全15曲、25分間の壮大なメドレーだった。78年~82年の曲を中心に構成されたこのメドレーでは、改めてそのソングライティング力の高さを見せつけられた。

この日はスぺシャルな一夜という事で、昨年のオーチャードホール公演に続いて、豪華なゲスト陣とのコラボレーションで楽しませてくれた。八神が岩崎良美に提供した「Prologue」(89年)を、岩崎は今も大切に歌い続けていて、この日は二人でデュエット。また、ライブでは初共演という溝口肇とは、「約束」(13年)を八神のピアノと、溝口のチェロだけというシンプルかつ贅沢な演出で聴かせてくれた。当たり前だが、オーチャードホールは弦の音がしっくりくる。八神がベーシスト後藤次利を招き入れた時は、客席から驚きの声が上がっていた。後藤が八神に曲提供した「夜間飛行」(79年)を披露。後藤の“歌うベース”にそこにいる全ての人が痺れ、うっとりしているのが伝わってきた。

様々なスタイルで歌と音を届ける旅は、終わらない。「生涯現役」

やはりどの曲もオリジナルと変わらないアレンジが素晴らしかった。「パープル タウン」(80年)のゴージャスなサウンドもそのままで、客席は総立ち。もちろん「パープル タウン」だけではなく、どの曲もオリジルのアレンジのイントロを聴いた瞬間に、ファンは当時の思い出が甦り、ほんの一瞬、時間旅行に出かける事ができる。それは楽しくても辛くても、自分の人生にとって大切な思い出を確認する旅であり、またすぐに現実に戻ってきても、あの頃のままの音と歌とが包んでくれる。忘れられない時間になる。これがキャリアのなせる業だ。八神の最新アルバム『There you are』は、初期衝動を思い出し、突き動かされたかのような、重厚な音とアレンジ、そして伸びやかな高音の声が楽しめる。だからこのライブで演奏された曲も“新旧織り交ぜて”と表現したが、全く違和感もなく全てが“新鮮”で、輝いていた。先述のように、2011年の東日本大震災は八神を始め、多くの人が“覚悟”を決めた。八神は歌い続ける事を決めた。この『ヤガ祭り』を開催するにあたっても多くの困難に見舞われ、くじけそうになり、でも「ファンから送られてくるコメントを励みに頑張る事ができた。困難な道こそ、成功への正しい道だと気付いた」という。そして歌い続けるという覚悟を決めた八神は「生涯現役」を高らかに宣言した。この日の圧巻の歌を聴く限り、嘘偽りない言葉であることは明白だ。

DVD『There you are THE LIVE』(1月25日発売)
DVD『There you are THE LIVE』(1月25日発売)

4時間に及ぶ壮大なショウのラストを飾ったのは、オシャレでメロウな『TWO NOTES SAMBA』(83年)。“またこんなふうに会えるかしら”という歌いだしが印象的な名曲だ。最新アルバム『There you are』には「待っていてくれたのですね」という感謝の気持ちを込め、ライブのラストは“またこんなふうにあえるかしら”と歌い、ファンとのつながり、絆を再確認した夜だったのではないだろうか。

このあとも『There you are』ツアーは続き、それに加えてフルオーケストラと共演する「billboard classics」シリーズや、後藤次利とのコラボツアー『The Night Flight 4』なども行い、八神の、様々なスタイルで歌と極上の音を届ける旅は続く。

「OTONANO」八神純子特設ページ

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

田中久勝の最近の記事