人材教育の世界も一極集中の波が襲う? 「MOOC」が切り開く未来
「MOOC(ムーク)」が切り開く未来
大規模公開オンライン講座――MOOC(Massive open online course)の注目度がアップしています。MOOC(ムーク)とは、インターネット上で参加できる無料の講義・授業のことを指します。(※MOOCとユーストリーム、ユーチューブを活用した講義配信との相違点、長所・短所などの見識は別サイトでご確認ください)
クラウドコンピューティングが段階的に普及し、良質なコンテンツが低価格で手に入るようになってきています。企業においても、私たち消費者にとってもです。このクラウドコンピューティングの波はますますコンテンツの「超集中」と「超分散」を実現していくことでしょう。つまり、極端なことを書けば、全世界じゅうの人が、最もパワーのあるコンテンツを集中利用する世界がやってくる、ということです。このような世界の到来は、日本の中小企業が掲げる代表的な理念……「地元密着」「顧客第一」が崩壊していくことを意味しています。
人材教育の分野においても同じです。前述したMOOC(ムーク)の普及によって、世界の名門大学(ハーバード大、マサチューセッツ工科大、スタンフォード大など)が、講義の無料配信をスタートさせています。「良質な高等教育は特権ではなくなった」と言われるようになり、全世界からこういった無料講座に集う受講生は700万人を突破し、日本でも昨年、東京大学がMOOCの実証実験を始めています。
東進ハイスクールの学習システム
「いつやるんですか? 今でしょ!」の名言で知られる林修先生。林先生が所属する東進ハイスクールは、「VOD(ビデオ・オン・デマンド)」等を活用して、全国の東進衛星予備校にて人気講師の授業を受けられるように整備しています。このような学習システムは各種資格学校でも普及しており、日本全国どこにいても同等の教育機会を得られるようになりつつあります。
私は目標の「絶対達成」をポリシーとして企業に入り込んでコンサルティングをしています。同時に、年間100回以上、東京・名古屋・大阪を中心に講演やセミナーを実施しています。福岡や沖縄へも飛ぶときもありますが、日本全国をまわることは難しい状況で、そのためDVD教材を用意していてます。
「eラーニング」「CD・DVD教材」「VOD」などの学習システムが登場し、時間や場所に縛られることなく教育を受ける環境がこれまでに整備されてきました。しかし実際の普及レベルは緩やかな流れで進んでいると言っていいでしょう。特に企業における人材育成において「eラーニング」や「DVD教材」の活用はまだまだ十分に普及しているとは言い難いのが現状です。たとえ時間、場所、価格の制約があっても、「生講義」「生セミナー」を求める企業が大半です。
企業における「MOOC」の価値
しかしMOOCの普及は、そのような流れを一変する可能性を秘めています。理由は何と言っても「価格」。MOOCであれば、無料、もしくはほぼ無料に近い形で、良質な講義、セミナーを聴講できるようになります。スマートフォンやタブレット端末などの普及により、オフィスや会議室にいなくとも、移動時間中に聴講できます。「生」の講義ですから時間の制約はあるものの、場所、費用の制約がなくなることは大きな魅力です。
この意義は、対「企業」ではなく、対「個人」です。
基本的に、私のような講師は、「企業」から呼ばれて研修や講演を実施します。一人や二人の従業員に呼ばれて個別授業をすることはありません。つまり、「個人」が教育機会を求めても、「企業」が承認しなければ、研修を受講したり講演を聴講することはできません。「eラーニング」や「VOD」といった技術があっても同じことです。
有給休暇を取得してセミナーに足を運んだり、自腹でDVD教材を購入する人もいますが、まだまだ少数派と言えます。しかしMOOCが普及すれば、こういった意識の高い「個人」の教育機会はグッと増えます。たとえインターネット経由であろうともリアルタイムの講義を受講する感覚は、「eラーニング」や「DVD教材」を活用して学ぶ感覚とはまったく異なります。これは体験した人でないと理解できない部分でしょう。リアルタイムに双方向のやり取りも可能ですから、離れた場所からでの質疑応答もできることでしょう。
企業における研修や教育の形態はまだまだ「クローズの世界」です。経験豊かな上司やベテラン社員からのOJT、勉強会が基本です。外部講師を招聘して定期的にセミナーや研修を開催している企業は一握り。特に中小企業は「人が大事」と言いながら、人材教育に十分な投資をしているとは言い難い状況です。MOOCなどの発展、普及により、「企業」任せにせず、意識の高い「個人」に豊かな教育機会が与えられるようになる日が到来する気がしています。
MOOCの登場による講師側のメリット
いっぽう研修講師側は、自分の名前を売るためでも、各種研修機関を活用することが多いでしょう。大手シンクタンク系、メディア系、地元に密着した商工会議所……いろいろとあります。このような研修機関とコラボレーションし、講師たちはセミナーや研修の機会をいただくという構造になっています。研修機関によって知名度、ブランド力がさまざまですから、講師はブランド価値の高い研修機関に採用されるよう腕を磨こうとするのが一般的です。
しかしMOOCのような仕組みを活用し、パワーコンテンツを持つ研修講師が無料で講義を配信し始めたら、一気にこの状況は変わります。無料講演を「フロントエンド商品」と割り切り、「バックエンド商品」である本格的な企業研修やコンサルティングで勝負できるコンサルタントなら簡単にできます。講演を収益源としない余裕があるからです。こうなると研修機関や地元の商工会議所に依存している講師たちの仕事を奪いかねません。もちろん研修機関そのものの地位や役割が曖昧になっていくことでしょう。
パワーのある「講師」と、意識の高い「個人」がダイレクトにつながる時代が到来する予感があります。ダイレクトにつながる仕組みが、とても簡単に手に入るようになるからです。そのため私たち研修講師は「本物」でなければなりません。「プロフェッショナル」でなくてはならないのです。過去のコンテンツにしがみつく講師が多数いるのも事実です。そうではなく、日々アンテナを張り、コンテンツのブラッシュアップ、話術やパフォーマンスなど総合的な鍛練を怠ってはならないのです。
「個人」の教育機会が増えれば、「個人」の講師に対する「目」が肥えていくからです。表面的な知名度や話題性の高さのみならず、本当に価値のある「本物」のコンテンツを提供できなければ、講師も生き残れない時代になると私は考えています。