【独占インタビュー】NYでコロナと戦う元UFCファイター兼看護師ノヴァーから日本へのメッセージ
Interviewed by KIYOSHI MIO
Photos Provided by PHILLIPE NOVER
Special Thanks to PHILLIPE NOVER & All the Health Care Workers on the front line
1日12時間、週6日間、ニューヨークの病院のICU(集中治療室)で看護師として働く元UFCファイターのフィリップ・ノヴァーが、忙しいスケジュールの合間を縫って5月5日(日本時間6日)にオンラインでの単独インタビューに応じてくれた。
ーーとても忙しい中、今日はインタビューに応じてくれてありがとう。ニューヨークの感染者数も少しずつ減ってきたと報道されているけど、ニューヨークの現状を教えてください。
フィリップ・ノヴァー(以下PN):感染者が減っているのは間違いないね。僕はニューヨーク有数の大きな病院で働いているけど、新型コロナウイルスで入院していた患者さんが退院したりして、一時は絶望的な状況だったけど光が見えてきた。病院も通常の機能を取り戻してきて、COVID-19以外の患者さんも受け入れられるようにもなってきた。これまでは治療や手術が必要な患者さんにも待っていてもらったけど、そういった患者さんの診察や手術もできるようになった。先月は病院の95%がCOVID-19の患者さんで埋まっていたけど、その比率も大きく下がっている。
―ー新型コロナウイルスの患者さんが増えすぎて、病床が足りなくなったり、面倒を見れる医療従事者が不足するなどの医療崩壊が心配されましたが。
PN:僕が働く病院では通常のICU室だけでは足りずに、他の病棟もICU室に変えて対応してきた。多くの病院でもICU室で受け入れられる患者の数が少ないので、僕の病院と同じような感じで対応していたはずだ。医療従事者に関しては、他の州や街から医者や看護師が応援に来てくれたことで医療崩壊を食い止めることができた。遠くから来てくれた医療従事者には本当に感謝している。2週間くらい前までは患者の数も多くて、とても忙しかったけど、今はCOVID-19の患者さんの数も落ち着いてきた。また、数多くの新型コロナウイルスの患者さんを治療していく中で効果的と思える治療法も見つかってきている。新しい治療薬の開発も進んでいるし、状況は少しずつ改善されている。今は病院のベッドの数も足りているし、数週間前の慌ただしさから比べるとかなり落ち着いてきてもいるよ。
ーー最前線で働く人々への感染も心配だけど、どのような対応をしていますか?
PN:病院からはN95マスクが支給されるけど、支給分だけでは足りないので、それ以外のレスピレータ(呼吸用保護具)やマスクを使わざるをえないときもある。僕はP100マスクを使うこともあるけど、このマスクはフィルターを取り替えながら使い続けることができるんだ。これらのマスクは正しく装着する必要があり、マスク装着後に糖分を含んだ微粒子を吹きかける。甘さを感じたら正しくマスクを装着できていないんだ。COVID-19に感染の疑いがある患者や感染者には、必ず正しくマスクを着用してから接している。
また、僕の本職は心臓血管外科の看護師だけど、そちらの仕事に戻る前には新型コロナウイルス感染検査を受けることが義務付けられている。新型コロナウイルスに感染していない患者さんを守るためにね。陽性反応が出たら、無症状であったとしても、陰性になるまでは仕事に就けない。僕も2回検査して、両方とも陰性だった。
ーーニューヨークの最前線で働かれているお医者さんや看護師さんは心身両面で多大な負担がかかっていると思います。ニューヨーク市内の病院で緊急救命室の責任者として働かれていたブリーン女医が感染して、自らの命を絶ってしまうという悲しい事件もありました。
PN:本当に悲しい事件で、その話を聞いたときには信じられなかった。僕はまだ若く、体力に自信があるアスリートで、元々はICUで看護師として働いていた経験もあるので、他の医療従事者の負担を少しでも軽減するために、この状況下でICUを志願した。困難な状況でも乗り越えられると思っていたけど、次々に患者が運ばれてきて、亡くなっていく。今まで経験したことのない状況にとても心を痛めた。トラウマになってしまう人もいると思う。労働時間も長く、十分な休息を取れないときもあった。今は州外からも多くの応援隊の医療従事者が来てくれたので、勤務時間も少なくできるようになってきた。1週間前までは1日12時間、週6日間働いて、休みの日も病院から電話がかかってくれば病院に駆けつけた。先週も君との取材予定の日に、病院から緊急の電話がかかってきたので、取材を受けることができなかったようにね。この2ヶ月間ほどは、できるだけ同僚の助けになりたいと思い、必要であれば休日も返上して働いてきた。同僚の中には、休みなく働いたことで免疫力が弱まり、新型コロナウイルスに感染して命を奪われてしまった人もいる。2人の同僚の尊い命を奪われたこともあり、同僚の代わりに僕にできることがあれば、なんでもやるようにしている。医療従事者にも愛する家族がいて、生活がある。家族への感染を防止するために、家に帰らない同僚もいる。
MMA(総合格闘技)の選手をしていた経験が、看護師として働いている今、とても役立っているんだ。UFCでは2万人近い熱狂的なファンの前で試合をしてきた。対戦相手は僕のことを仕留めようと襲いかかってくる。周囲の大歓声に惑わされることなく、目の前の仕事だけに集中しないと勝利を手にできない。アドレナリンが湧き出て、感情も高まってくる中で、冷静さを保って、集中力を高める。COVID-19と戦っている今も冷静に集中して仕事することを問われている。
ーー医療従事者の皆さんが払われている多大なる犠牲と尊い働きに感謝します。皆さんのおかげで多くの命が救われていますが、アメリカは経済再開に向けて動き出しています。人々が動くことで、一旦は落ち着いてきた新型コロナウイルスの感染拡大がまた広まってしまうのではないでしょうか?
PN:どこかのタイミングで経済を再開することは必要だと思う。ずっと家に留まっていることはできない。今はアメリカだけでなく、世界中の経済が止まっている。問題はそのタイミングで、段階を踏んでいく必要があると思うんだ。今、アメリカでは2000万人以上の人が失業している。これは失業保険の申請件数で、本当の実態はそれよりも多いはずで、社会全体が経済的にも大きなダメージを被っている。経済を再開したのに、また感染者が急増して経済をもう一度止めるようなことだけは避けないとならないので、経済を安全だと判断できるタイミングが望ましい。医療従事者としてできることは、経済が再開して、第二、第三の波が訪れたときに対応できるように準備をしておくことだ。経済が再開したときに、感染被害を最小限に防ぐためには全ての人の協力が必要となる。外に出るときにはマスクをして、社会的距離を取る。頻繁に石鹸で手を洗って、少しでも体調が悪いときは家に留まる。今はまだ大人数で集まるのも危険なので、スポーツやイベントを再開できるようになるのはもう少し先になるだろう。少しずつ段階を踏んで「普通」の生活を取り戻していくんだ。この数ヶ月でなにが「普通」なのかを忘れてしまいそうになるけどね。これまでの「普通」は「普通」ではなくなる部分も出てくるとは思う。考えたくはないが、COVID-19はコロナウイルスが変異したもので、COVID-19がまた新種のコロナウイルスに変異するかもしれない。
ーースポーツやイベントに関して触れましたが、今週末にはUFCが大会を開催します。このタイミングでMMAの大会を開催することをどう思いますか?
PN:この大会は無観客で行われ、選手だけでなく大会に関わるスタッフ全員が検査を受ける。大会を開催するのに必要最小限のスタッフで運営するとも聞いている。感染リスクがゼロだとは言えないが、可能な限りリスクを排除して行われる。世の中はスポーツやイベントを欲しているので、多くの人が観る大会となるだろう。もちろん、僕も観るつもりだよ。大会に関わる全員が無事で、素晴らしい大会になることを願っている。
ーー数週間前にはUFCのデイナ・ホワイト代表から医療の最前線で戦うあなたに対して熱いメッセージが届きましたね。
PN:とても驚き、嬉しかった。デイナはいつでも僕の良き理解者であり、サポーターでもある。TUF(UFCのリアリティ番組)から始まって、UFCは僕に2回も契約を与えてくれた。デイナは僕だけでなく、全ての医療従事者に感謝のコメントを送り、サポートしてくれている。僕を含めた多くの医療従事者が力を与えられた。医者や看護師だけでなく、警備員さんや清掃係、事務員、給仕係など病院で働く全ての人たちがね。
―ーTUFでコーチを務めたアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとは最近話しましたか?
PN:最近は話してないけど、機会があるごとに彼とは連絡を取り合っているし、イベントで会えばお互いの近況報告をしている。彼は最高のコーチであり、最高のファイターで、素晴らしい人間だ。多くの総合格闘家に良い影響を与える存在なんだ。また、近いうちに会えることを楽しみにしている。
ーーアメリカでは外出禁止令が出て、日本でも外出自粛が叫ばれています。アスリートも例外ではなく、満足いく練習ができな選手も多い。
PN:一般の人にとっても大変なときだが、アスリートも多くの問題に直面している。例えば総合格闘家の場合、試合に備えてチームで練習しながらトレーニングを重ねていくけど、今はチームでの練習ができない。ジムも閉まっていたりして、これまでのように自由には使えないしね。家で一人でできるトレーニングには限りがある。多くの選手はコーチとオンラインでミーティングをして、練習の様子もオンラインで見てもらっているけど、これまでとは勝手が大きく違う。ジムでドリルやスパーリングができない影響は大きい。今まで以上に自分でどのように工夫するかが問われてくる。対人の練習時間が限られることで、ケガのリスクが少なくなるのはプラスだ。スパーリング中にケガをしてしまう選手は少なくないからね。格闘家に限らず、多くのアスリートは身体のどこかに痛みを感じていたり、ケガをしているもので、この期間中にケガを癒せる。選手はエネルギーを持て余しているので、今週末のUFCの試合ではエネルギーを爆発させた良い試合が続くことを期待したい。
ーー日本には多くのMMAファン、UFCファンがいて、元UFCファイターのあなたがニューヨークの医療最前線で奮闘する姿に感銘を受け、応援しています。
PN:僕はまだ日本を訪れたことがないんだけど、日本が大好きなんだ。実は今年は婚約者と一緒に日本へ旅行に行く計画を立てていて、いろいろと日本の観光地情報なんかを調べていたんだけど、この騒ぎで旅行は延期になってしまった。僕の母親はフィリピン人で、母方の家族に会いに行ったり、UFCの試合をしに行ったりとフィリピンには何度か行ったことがあるんだけど、日本はフィリピンに行くときに空港で乗り継いだことしかない。日本に行くのをとても楽しみにしていたんだ……。とても美しい国で、今は最高の季節だと聞いているだけに、外に出られずに家に留まっているのは辛いと思うけど、日本の皆さんにはもう少しだけ我慢してもらいたい。全力で仕事に従事してくれている日本の医療関係者の皆さんには本当に感謝している。COVID-19との戦いは人類が1つになって協力することで勝利できる。一人一人にできる役割が与えられているので、もう少しの間は不要な外出は避けて、もしも外に出るときはマスクを着けて、社会的距離を保ってほしい。周りの人を死から救えるのは、あなたたちなんだ。日本の皆さんを愛しています。UFCで戦っていたときに、多くの日本人ファンが僕のことを応援してくれたけど、今は僕が皆のことを応援している。コロナ禍が収まって旅行ができるようになれば、婚約者と一緒に日本を訪れて、皆さんと会いたい。
ーー医療の最前線で働いているので、今は婚約者とも会えない?
PN:僕の婚約者は看護麻酔師で、僕と同じように最前線で働いている。別の病院だけどね。麻酔看護師として手術にも立ち会っているが、今はCOVID-19の患者を多く抱えている。彼女と一緒に住んでいるけど、ここ数ヶ月はお互いにとても忙しくって顔を合わせる時間も少なかったけど、まったく会えない訳ではない。
ーーご両親とは会えていない?
PN:この数ヶ月で1度だけ母親とは会ったけど、家の中ではなく、庭で距離を空けて座りながら1、2時間話す機会を与えられた。もちろん、2人ともマスクを着けて、ハグもできなかった。僕が両親を感染させてしまうことだけは絶対に避けたかったので、会うときには細心の注意を払った。
ーー仕事で疲れている中、インタビューに応じてくれて本当にありがとう。
PN:今日は仕事も休みで、前回のように病院から緊急の電話も入らなかったので、大好きな日本の人たちにニューヨークの現状を伝える機会が与えれてよかったよ。今日はこれから家の中でトレーニングをして、マスクを着けながら外をジョギングしてくる。ジョギングするときも、いつも以上に周りの人との距離を空けることが大切だ。不便な面も多いけど、皆で乗り越えていこう。皆で協力すれば、人類はこの危機を乗り越えていけると信じている。