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コロナとコロナ以外の患者さん双方を守るために

谷口博子東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)
新生児の世話をする看護師。母親は病院襲撃で命を奪われた(昨年5月アフガニスタン)(写真:ロイター/アフロ)

昨年11月、「新型コロナウイルス感染症の緊急事態の中、人道的状況にある地域では、どの保健サービスを停止するか」と題したオンライン・セミナーが行われた(READY: Global Readiness for Major Disease Outbreak Response*主催)[1]。物議を醸すようなタイトルだが、会の主旨は、コロナ対応と並行して、それ以外の必須保健医療をいかに守るかという点だ。人道医療提供者や、国際保健ガイドラインの策定者、研究者が登壇し、パンデミック下でも守られ継続されねばならない保健医療サービスとその背景にある考え方について意見が交わされた。

*アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)支援のもと、セーブ・ザ・チルドレンがジョンズ・ホプキンス大学ほかと連携して推進する、疾病アウトブレイクへの国際的対応力強化のためのイニシアチブ。

21種類120項目のコロナ以外の必須保健サービス

開発途上国ではコロナ以前から、資金も物資も医療人材も、リソースには大きな制約がある。会の登壇者でもある、カール・ブランシェット(ジュネーブ人道研究センター)、シェル・ヨハンソン(ベルゲン大学)両教授らが発表した研究[2]では、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジのための最優先パッケージ」[3]の中から、120項目のコロナ以外の必須保健サービスが選定されている。検討過程では、死亡率、罹患率、緊急性、サービス提供に対する費用効果、サービスを受ける側の経済的リスクからの保護、一般市民の納得度などが吟味され、さらにパッケージをもとに過去に自国用パッケージを準備した経験のあるアフガニスタン、パキスタン、エチオピア、ザンジバルの政策立案者も参加して、多様な状況を反映したリストを目指したという。緊急性という点では、いわゆる救急のみならず、提供の遅れが死亡率や罹患率に大きく影響するサービスも含まれている。

21種類のプログラム**の中で、サービスの項目数では妊産婦・新生児ケアプログラムが最も多いが、がんの早期発見と治療、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発見と管理、緩和ケアと疼痛 (とうつう) 管理、HIV/エイズに関する教育や感染テスト、予防のためのコンドームの配布、また、子どもの予防接種、マラリアまん延地域での住居内の殺虫スプレーの散布などもリストに含まれる。

**性と生殖に関する健康、妊産婦と新生児の健康、子どもの健康、HIVと性感染症、マラリア、結核、顧みられない熱帯病、感染症全般、がん、心疾患と関連疾患、精神保健障害、物質使用障害(薬物・アルコール依存等)、神経障害、筋骨格系障害、外科、救急、緩和ケアと疼痛管理、栄養、安全な水と衛生、保健教育と行動変容のためのコミュニケーション、保健システムサービス

また、コロナの接触者追跡等で業務が急増しているコミュニティ・ヘルス・ワーカーや彼らが普段サービスを提供している患者さんを守るため、従来のコミュニティ提供型のサービスのいくつか(たとえば、妊婦への鉄や葉酸のサプリメント提供や性暴力被害者への対応など)を、ヘルス・センター提供型に変更するなど、現状に応じたサービスの提供方法も提案されている。

コロナでもコロナ以外でも深刻な状況にある患者さんには同様にサービスを

WHO(世界保健機関)のテリ・レイノルド医師からは、緊急事態下で、戦略的にサービスを一時停止することと予期せぬ中断は、影響も結果も全く異なること、コロナのように長期にわたる緊急事態と短期的な緊急事態では、優先されるサービスの選択基準が異なることも指摘された。

さらに、国際赤十字委員会(ICRC)のエスペランザ・マルティネス医師や国境なき医師団(MSF)のアポストロス・ヴェイジス医師からは、コロナ禍で既に、心理ケアや心理社会的支援、子どもの予防接種、糖尿病治療などに遅れが出ていること、また各国の保健システムの外にいる難民や紛争下にいる人々には、いっそうサービスが届きにくい現状が報告された。MSFは、難民の中で慢性疾患をもつ人や高齢者など特に重症化リスクの高い人々を、緊急にキャンプからより安全な場所に移動させるよう、当局に働きかけている[4]。

セミナーでは、人種やジェンダー、収入や住む地域などによって、保健医療サービスへのアクセスに差異が生まれないこと、コロナでもコロナ以外でも深刻な状況にある患者さんは同様にサービスを受けられること、いずれにもリソースが配分されることが重要とも呼びかけられた。

各国で状況は異なる。保健のためのリソースも異なる。緊急事態下でも、できるだけ多くの命を救うには、何が必要か。私たちが普段幸いにも享受できている保健医療サービスがどれほどかけがえのないものか、改めて考えたい。

1. READY: Global Readiness for Major Disease Outbreak Response

Which Health Services in Humanitarian Settings should we NOT provide during COVID-19?

2. Blanchet K, Alwan A, Antoine C, et al

Protecting essential health services in low-income and middle-income countries and humanitarian settings while responding to the COVID-19 pandemic. BMJ Global Health 2020;5:e003675.

3. University of Washington

Disease Control Priorities

4. Médecins Sans Frontières

Greece: Negligent and dangerous COVID-19 response in Vathy camp, Samos

東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)

医療人道援助、国際保健政策、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ。広島大学文学部卒、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻で修士・博士号(保健学)取得。同大学院国際保健政策学教室・客員研究員。㈱ベネッセコーポレーション、メディア・コンサルタントを経て、2018年まで特定非営利活動法人国境なき医師団(MSF)日本、広報マネージャー・編集長。担当書籍に、『妹は3歳、村にお医者さんがいてくれたなら。』(MSF日本著/合同出版)、『「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう著/講談社)、『みんながヒーロー: 新がたコロナウイルスなんかにまけないぞ!』(機関間常設委員会レファレンス・グループ)など。

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