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「日本は財政破綻しない」というエコノミックポルノはなぜ間違っているのか?

山田順作家、ジャーナリスト

■アベノミクスがトリックだとわかる日

アベノミクスが始まって、そろそろ1年になろうとしている。そこで、改めて思うのだが、日本経済は、少しはよくなっただろうか? まったくよくなっていないのではないか?

私の周囲では、そう見る向きが多くなった。メディアの記者の中にも、これまでは政府発表だけで適当な記事を書いてきたが、最近は「結局、なにも変わっていないではないか」と言い出す者がいる。

消費税のアップが決まり、焦点は国会審議での「第三の矢」である成長戦略に移った。しかし、出てくる案はどれも「矢」にもなっていないようだ。

こうなると、そもそも金融・財政政策だけのトリックだったアベノミクスの本当の姿が国民に知れ渡るのは、時間の問題かもしれない。

これまで、安倍首相は業界に向けて、必死に「給料を上げてほしい」と言ってきた。だから、これから年末のボーナス支給でいい数値が出ないと、国民の間に大きな失望感が広がるのではないだろうか?

そうなったとき、これまでさんざんアベノミクスを礼賛してきた方々は、どうするのだろうか? とくに、「日本は財政破綻しない」「日本経済は世界最強」「国債を刷れ」などと囃し立ててきた方々はどうするのだろうか?

これらの本を私は、「エコノミックポルノ」と呼んできた。本としては非常によくできているし、書き手の才能は驚嘆に値するからだ。しかし、これらの本は、じつは経済本ではなく、ただの読み物にすぎない。読んで「日本は大丈夫。そんな素晴らしい国にいる私たちは幸せ」と、いっときは厳しい現実を忘れさせてくれる。しかし、それだけの効果しかない。

つまり、これらの本は、書店の経済書、ビジネス書のコーナーには並んではいるが、本来なら並ぶべきではないものだ。だから、「フードポルノ」にならって、「エコノミックポルノ」と、私は呼ぶことにしたわけだ。

■赤字企業ばかりなのになぜ給料が上がるのか?

では、なぜ、「日本は経済破綻しない」「日本経済は世界最強」というような本が間違っているのか? 今回は、以下の3つ点で、再確認しておきたい。

まず、エコノミックポルノ作家が主張し、安倍首相も再三言っている、給料が上がるというのは幻想だ。不思議なことに、安倍首相とそのブレーンは「法人税減税をやれば、企業はその分、給料に回す」と思っているようだが、そんなことはありえない。もちろん、そうできる企業もある。しかし、それは、約3割以下の黒字企業で、その多くは勝ち組の大企業だ。

実際のところ、日本の全法人約260万社のうち、75%ほどに当たる約195万社は赤字で、法人税を払っていない。つまり、これらの企業は減税が実施されても、その恩恵は受けない。それどころか、消費税のアップで業績はさらに悪化する。給料を上げるどころの話ではないのだ。

それでは、残り25%の企業はどうだろうか?

減税で大幅に収益が増えるだろうか? もし増えたとして、その分で賃上げをするにしても、それは国ではなく組合が要求することだ。しかも、たった25%の企業で給料が上がったとしても、日本の労働者の圧倒的多数の中間層の可処分所得が増えたことにならない。

これを証明しているのが、厚生労働省の毎月の勤労統計調査だ。この調査によると、全産業平均の月給は前年比で減少を続けている。上がる兆しすらない。

■量的金融緩和は日銀が始めた異常な政策

続いて確認しておきたいのは、景気をよくすることは、金融緩和などの金融・財政政策だけではできないということである。

なぜ、そうなのか? 以下、書き留めてみよう。多くの人間が、 リフレ派の人々にのせられて、量的金融緩和は正しい政策だと思っているようだが、これはとんでもない異常な政策である。

なぜ量的金融緩和(Quantitative Easing)が異常かと言えば、それは日本銀行が世界に先駆けて始めたからだ。現在では、アメリカのFRBも「QE」でこれやっているので、当たり前の政策だと思われているが、そうではない。

すでに日銀は、2001年3月~2006年3月の間の5年間、国債を買って、金融機関にお金を流し込むというかたちの金融緩和をやっている。その額、約80兆円である。

当時は「不良債権処理」がさかんに言われていた。その規模200兆円と言われ、金融機関はどこも資金不足だった。もし、決済資金が枯渇すれば倒産の可能性もあり、「大きすぎて潰せない」と、政府と日銀は現金を供給し、金融機関を救ったのである。要するに、公的資金(税金)の投入である。

その後、2008年9月にリーマンショックが起こると、アメリカのFRBと欧州のECBも、日銀の真似をして量的金融緩和を始めた。そして、いままた、アベノミクスがその「倍返し」の規模でこれをやっている。

世界中がやっているから、その異常さに気がつかないだけで、これは異常なだけに、副作用が大きい。

■「誰かの資産」=「誰かの負債」というセオリー

エコノミックポルノ作家は、この異常さ、副作用を無視する。量的緩和で市中にお金が増えれば、それが最終的に国民の手にわたると思っている。

しかし、現代の金融においては、増えたお金は、企業や家計には行かず、株や不動産、現物などの資産に向かう。そうしてバブルが起こる。そして、やがてそれは崩壊せざるをえないのだ。

なぜこうなるかと言うと、結局、金融資産が増えた分、危機が起きやすくなるからだ。そんなバカなと思われるかもしれないが、ここで、次の単純なセオリーを思い出してほしい。

「誰かの資産」=「誰かの負債」

このことは、銀行預金を考えれば一目瞭然だ。あなたが銀行に預金すると、その分、銀行の預金残高が増える。銀行の預金残高は、預金者に対する「負債」だ。次に銀行は増えた預金を使い、貸付を増やすか、株や国債などの債券を買う。こうして、預金残高は「資産」に代わり、それに対して、企業や債券の発行元の「負債」が増える。

このように金融資産は、どこまで行っても、「誰かの資産」=「誰かの負債」という構造は変わらない。

つまり、金融資産が増えれば、同じ額、金融負債も増えていくわけだ。そうして、負債を持った側が支払いができなくなくなると、不良債権が発生する。不良債権が発生すると、金融資産を持つ側は資産の回収ができなくなり、ここでバブルが崩壊してしまうのである。

FRBがQE3を止められなくなっているのも、お金の供給を止めるとバブルが崩壊してしまうからだ。

■不良債権が発生したらどうしたらいいのか?

こう見てくれば、バブル崩壊とは、金融資産が増えすぎた結果である。現在、アベノミクスは資産バブルを起こしている。だから、このまま景気が回復しないと、バブルは崩壊する。負債を持った側が払えなくなってしまうからだ。

金融資産が増えると同時に負債が増え、その度が過ぎると、借りた側(個人、企業、政府)が、利払いと返済ができなくなる。

では、不良債権が発生したらどうしたらいいのか?

本来なら、金融資産を持っている側がその価値を減価させるしかない。つまり、資産を減らすしかない。払えないのだから、払える額まで減らす。つまり、資産価値を、借りた側(個人、企業、政府)が利払いと返済ができる金額まで下げるしかないのだ。

このように、どこまでいっても資産と負債はバランスして市場は成り立っている。

ところが、量的金融緩和は、金融機関の負債を政府が肩代わりしながら、さらに資産を増やしている。これでは、やがてまた誰かが払えなくなり、バブルは崩壊する。もし、政府が支払い不能になれば、それが財政破綻、国家破産となる。このことを、エコノミックポルノを書いている方々(たとえば、三橋貴明氏とか上念司氏)は、わかっていない。というか、わざと無視している。

そして、政府の負債1000兆円は、国民の資産とバランスしているから、日本は破産しないと言っている。この考え方はまったく逆で、「借りたお金と貸したお金は同じ金額」だから、国家でさえ破産するのだ。

■モノを買える人々を大量につくり出すこと

では、どうすれば経済は本当に回復するのだろうか?

アベノミクスのような政策でバブルを起こしてしまったら、それが崩壊しない間に、支払い能力を持った人をいっぱいつくることに尽きる。つまり、景気をよくしなければならない。それが、「第三の矢」というわけだが、いまのところ、貧弱な矢しか出てきていない。

経済成長のエンジンは、消費と投資から起こる「有効需要」である。つまり、人々がなにかを欲しがる。そういったモノが現れて需要が生まれ、生産が活発化して初めて景気が回復する。このとき、大事なのは、欲しいモノを買える人々が大量にいることだ。

その意味で、私はこれまで自身のメルマガで、「移民を入れる」こと、「イノベーションを起こす」ことを、何度も繰り返し提起してきた。また、自分の本の中でも、このことを指摘してきた。

しかし、これは、いまの日本では簡単にできない。そこで、すぐにでもやれそうなことを考えると、次のようなことになるだろう。

■ お金がかからない小さな政府にするしかない

まず、消費しなければならない人々、つまり消費性向の高い貧困層の可処分所得を上げること。したがって、この人たちを生活保護に向かわせる政策は、絶対にまずい。現在、最低賃金を引き上げるという議論があるが、むしろ逆で、そういう規定をなくしてしまうことだ。そうでないと、貧困層は必ず最低賃金で労働させられる。

さらに中間層の可処分所得も増さなければならない。これは、いまのところ減税しかない。その意味で、消費税の増税は最悪の選択だった。こうなったら、生活品の無税化などを計るべきだろう。ともかく、減税こそが最良の選択である。

しかし、減税となると、その分減る歳入をどうするのか?という議論になる。これは、簡単な話である。国家のリストラだ。つまり、日本は、お金がかからない小さな政府にするしかないのだ。

現在の公務員を大幅に減らす。国土強靭化という馬鹿げた公共事業を止め、独立行政法人などを徹底して潰すか民営化する。公共施設は必要なものを除いてみな民間に払い下げる。これで景気は一時的に大きくダウンする。

しかし、そうした「痛み」を経なければ、景気は本当には回復しない。エコノミックポルノは、この「痛み」を完全に無視している。だから、アベノミクスを警告する本より売れるのだろうが、こうした本が売れれば売れるほど、改革は遠のき、日本経済は奈落の底に落ちていく。

エコノミックポルノの読者は、自分で自分の首を絞めているのだ。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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