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【解説】ガイナックス破産の背景は 1年で2億円以上の「現金・預金」が消え…

河村鳴紘サブカル専門ライター
破産の申し立て、受理を発表した「ガイナックス」の公式サイト

 アニメ制作会社のガイナックス(東京都杉並区)が東京地方裁判所に会社破産の申立をして受理されたと発表しました。同時に庵野秀明さんが代表取締役を務めるアニメ会社のカラーも、補足する形でコメントを掲載しました。多くの作品を世に送り出して、当時のオタクを熱狂させたガイナックスについて振り返り、破産に至った背景を考えてみます。

◇ヒット作続々も 脱税で騒ぎに 

 ガイナックスは1984年に設立。代表作は何といっても「新世紀エヴァンゲリオン」(現在はカラーが著作権を保有)ですが、他にも「ふしぎの海のナディア」や「王立宇宙軍 オネアミスの翼」「トップをねらえ!」などのアニメ作品に加え、美少女育成ゲーム「プリンセスメーカー」などでも知られています。庵野さんをはじめ、多彩な人材が集まり、「ガイナックス」には特別な思いを抱く中高年のアニメ、ゲームファンは多いでしょう。

 その理由は、センスの良さです。当時のオタクたちだけでなく、ライト層のファンも含めて、刺さるデザイン、ストーリー、演出をちりばめていたからです。私も当時はアニメ、ゲーム好きでしたが、知らずに作品を見て、「すごい!誰が作ったのだろう」と調べると、ガイナックスだったりするわけです。周辺には、ガイナックスという理由で、手を出す人もいました。

 一方で、経営面の甘さから世間を騒がせたことがあります。テレビアニメ「エヴァ」の放送から3年後の1999年、経費を水増しするなどの方法で約15億円の所得を隠し、約5億円を脱税したとして、当時の社長が法人税法違反の疑いで逮捕されています。稼いだ企業はお上からマークされるということを知らなかったのか、世の中を軽く見たのか。意地悪なことを言えば、経営体質の危うさがありました。

 「モノづくり」へのこだわりが過ぎると、経営軽視・コスト軽視になるのは、ガイナックス以外の企業でも「あるある」です。エンタメビジネスは、一発当てれば巨額の収益が入るものの、ヒットには必ず「終わり」が来ます。ヒットで稼いで、次のヒットが出るまで何とか生き延びる……というのがエンタメ企業の“宿命”。何かとカネを使うクリエーティブと、カネの出所を絞るコスト管理のバランスが重要なのですが、後者はどうしても嫌われます。そしてイケイケの度が過ぎるなどして、キャッシュが不足すれば企業の“寿命”を終えることになります。ガイナックスもそうなってしまったということです。

◇カラー×ガイナックス旧経営陣 「溝の深さ」

 ガイナックスの破産発表について、リリースのポイントを五つにしぼってまとめてみます。

◎2012年ごろから見通しの甘い新規事業を展開し、会社を私物化したかのような経営。運営幹部個人への高額の無担保貸付、投資作品の失注などもあった。
◎窮状の中、経営陣を代表にしたガイナックスの社名を冠した関連会社が次々と地方に設立。それらの会社は後にガイナックスとの無関係を表明。ガイナックスの経営責任を放棄した。
◎2018年に映像制作に知見のない人物へ株式譲渡し、社長へ就任直後(2019年)に未成年者への性加害で逮捕される。多額の負債を抱えて、ガイナックスは完全に運営能力を喪失した。
◎その後カラーが支援して経営陣(無報酬)を刷新。しかし、多額の金融機関からの借入、業界各社への債務不履行、知的財産や作品資料などの売却が新たに判明。
◎ガイナックスの株主に、多くの旧経営陣がいる。

【関連】アニメ制作会社「ガイナックス」破産していた、「エヴァンゲリオン」が代表作/発表全文(日刊スポーツ)

 旧経営陣にも言い分はあるでしょうが、リリースの内容を半分に割り引いても、かなり衝撃的です。運営幹部への巨額の無担保貸付は、ビジネスから見ると「会社の金に手を付けた」と見なされても仕方なく、旧経営陣がガイナックスの株主で居続けることも疑問です。ちなみに帝国データバンクのガイナックスの会社情報で、株主の欄に複数人の旧経営陣の名前がありました。

 続いて、ガイナックスの発表を補足している、カラーのリリースについて、ポイントを三つ挙げます。

◎庵野さんは2006年にカラーを設立して独立。その後ガイナックスの株主に。
◎庵野さんの経営改善の提案は受け入れられず。それでも庵野さんはガイナックスに融資を実施するなど経営を支援した。
ガイナックスの商標・称号は、カラーで取得管理した。なおガイナ(スタジオガイナ)、福島ガイナ(旧・福島ガイナックス)、ガイナックスインターナショナル、GAINAX京都、米子ガイナックス、ガイナックス新潟、GAINAX WESTとは商標使用許諾契約はない。

【関連】「エヴァ」庵野秀明氏社長の「カラー」がかつて所属の「ガイナックス」破産で声明発表「残念」(日刊スポーツ)カラーの全文あり

 2019年に未成年者への性加害で当時の社長が逮捕されたとき、ダイヤモンド・オンラインで庵野さんがガイナックスの現状について明かした記事が当時話題になりました。庵野さんは、旧経営陣に対して「自身にも社員にもスタッフにも作品にも社会にも相応の責任を取ろうとしない」「学生時代からの友人として残念。昔のような関係にはもう戻れないであろう」と批判していました。

 ポイントは、カラー(庵野さん)とガイナックス旧経営陣(庵野さんの学生時代からの友人)との「溝の深さ」です。実際の社名を挙げて「ガイナックスの商標使用許諾契約はない」と“ダメ出し”。このリリースを見た関係者は、名指しされた企業に対して問い合わせをするのが普通でしょうし、対立がさらに激化する可能性があります。それでも言わなくてはいけない!というカラー、庵野さんの強い意志が伝わってきます。

 記事と企業リリースでは、主張する意味合いが各段に違ってきます。記事であれば、「あれは~が勝手に言っている」と言い訳ができ、いわゆる「逃げ道」があるのです。しかし会社のリリースでは、そうは行きません。「ガイナックスの商標使用許諾契約はない」という発表を受けて、次はどうなるのでしょうか。そのまま放置もありうるのですが、果たして。火種はくすぶり続けているのです。

◇「現金・預金」 たった1年で2.4億円→1800万円

 では実際、ガイナックスの経営はどのくらい悪かったのでしょうか。

 帝国データバンクの企業財務情報によると、ガイナックスの経営が悪化した直後の2014年7月期の決算ですが、売上高は約11.5億円でした。しかし翌年度以降は売上高が約6.1億円、約2.4億円、約1億円と急減し、4年間で10分の1以下になります。

 そして2014年7月期の営業赤字は約1.8億円。翌年度以降は、約2.1億円の赤字、約1.6億円の赤字、約8000万円の赤字でした。最終利益は2018年7月期に約200万円に黒字化したものの、2014年7月期から2017年7月期には毎期ごとに1.2億円から2億円以上の赤字を計上しています。

 そしてガイナックスのリリースにある通り、2014年7月期の貸借対照表(BS)に「役員従業員長期貸付金」が約5000万円ありました。事情があるのかもしれませんが、これは銀行に嫌われますし、第三者に融資を求めても厳しい対応をされるでしょう。

 そして2015年7月期の「現金・預金」は約2.4億円ありますが、翌年の2016年7月期はいきなり約1800万円になっていて、たった1年で2億円以上が減ったことになります。「現金・預金」は、ヒットに依存するエンタメ企業の生命線ですから一大事です。もちろんコスト削減の努力も見受けられるのですが、資金繰りが苦しいのに巨額の「長期貸付金」が長期にわたって計上されたりと、不自然な点が多いのです。

 決算は当然、カラー(庵野さん)や、新経営陣が真っ先に見るもの。そうなると、旧経営陣へ厳しい内容のリリースになるのが理解できるわけです。今回の決算は単体ですが、本来は連結決算で見たいところです。連結決算は、グループ内で行った内部取引や内部利益を相殺します。つまり、赤字や黒字を他のグループ会社に押し付けたりしても、分かってしまうわけですね。さて……。

◇「ガイナックス」のブランドがあるからこそ…

 ガイナックスのリリースでは、「見通しの甘い事業」と旧経営陣への批判がありました。ですが野心・意欲のある人は、新規事業に挑むもの。それが残念な結果になり続けただけ……とも言えます。事業が成功すれば、それをテコに新しいチャレンジができるとなるわけですが、そう甘くないのも含めて、ワンセットの話です。

 そして「ガイナックス」の社名の扱いを巡る対立ですが、それは「ガイナックス」の名が、いまなおブランドとして輝きを放つことを意味しています。「ガイナックス」の名前を冠したり、連想させる社名にということは、裏返していえば「ガイナックスへのこだわりがある」ということです。

 ガイナックスの破産は、一つの時代の変化を意味します。優れた才能が集まって、今でも評価される人気コンテンツを生み出し、抜群の知名度があるにもかかわらず、このような結果になったのはなぜでしょうか。

 アニメやゲームなどのエンタメ産業が成熟し、人口減少もあって国内市場だけでは規模の拡大が厳しい現実があり、その上多くのライバルコンテンツがひしめき合い、海外からの参入もあります。その中で生き抜くのは、抜群の知名度がある企業でも、大変な時代になっているということです。

 ガイナックスの破産と、社名を巡っての争いで思うのは、成熟化しているコンテンツビジネスで、長期間健全な企業として生き残っていく難しさです。起業してヒットを生み出す「創業」はもちろん大事です。しかし、ヒットを足掛かりにマネタイズして企業を安定させる「守成」も同じぐらい大事です。クリエーターが持続的に活動するには、安定した生活は欠かせません。もちろん、追い込まれて力を発揮する人もいるのでしょうが、劣悪な環境ではそもそも優れた人材が集まりませんから、やはり待遇は大切なのです。

 現在のネット社会は、一握りの勝ち組がおいしいところを“総取り”する流れになっています。強いところはより強く……となれば、一握りのスター・クリエーター以外は、レッドオーシャンの中でかなりシビアな競争を強いられます。そうなると成功の見込みと結果、コスト意識なども問われてしまうのです。ガイナックスの“終幕”は、エンタメの厳しさを改めて教えてくれているのかもしれません。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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