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「安倍元首相に不満があり、殺そうと思って狙った」 銃撃事件、捜査の焦点は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:西村尚己/アフロ)

 奈良市で選挙演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃され、死亡した。逮捕された男は、警察の取調べに対し、「安倍元首相に不満があり、殺そうと思って狙った」などと供述し、容疑を認めているという。

銃撃に至った経緯の解明が重要

 今後、警察は男に対して鋭意取調べを進めるとともに、広く関係先の捜索や男のパソコン、スマホの解析を進めるなど徹底した捜査を行い、事件の真相解明を遂げる必要がある。

 ただ、殺意や銃撃の客観的な状況は明らかだから、現時点で捜査の焦点となるのは、いかなる経緯で男が銃撃事件を起こしたのかだ。例えば、次のような事実が挙げられる。

・男の精神状態や病歴、すなわち今後の裁判で弁護側から心神喪失や心神耗弱の主張が想定されるケースか否か。

・単独犯か、それとも指示者や支援者、協力者など何らかの背後関係がある事件か否か。

・男はどのような思想信条を抱え、いかなる来歴で、日々どうやって暮らしていた人物なのか。

・なぜ、いかなる理由で安倍元首相を狙うことにしたのか。

・いつから、どのような形でそうした犯行を計画し始めたのか。

・その計画は、具体的にはどのような内容であり、いかに変容し、最終形として固まっていったのか。

・計画実行に向け、いつから、どのような準備を進めていたのか。

・黒テープを巻き付けてカムフラージュした筒状の手製銃を犯行に使ったとみられるが、誰がどのような知識や経験、情報に基づいてこれを作り上げたのか、もし本人でないのなら、男は誰から手に入れたのか。

・その銃の構造や殺傷能力はどの程度のものだったのか。

・犯行に先立ち、山中で実際に何度か発射してみるなど、犯行の予行演習は行ったのか。

・安倍元首相の奈良での演説は前日に決まったとのことだが、男はいつ、どのような形でこの情報を把握したのか。

・犯行前日から当日中、男はどこにおり、どのようにして現場にやってきて、銃撃まで何をしていたのか。

・現場の具体的な警備状況はどのようなもので、男はこれをどう把握していたのか、現場の下見はいつどのような形で行ったのか。

・犯行計画の遂行に必要な資金はどのように確保していたのか。

模倣犯のおそれも

 男は警察の取調べに対し、「安倍元首相の政治信条への恨みではない」という趣旨の供述もしているという。当初から逮捕や極刑を覚悟のうえで、今後の裁判を含めて社会の注目を自分に集め、何らかのアピールをするために犯行に及んだという可能性もある。

 もしそうなら、警察が男の供述内容を詳細に明らかにし、メディアで大きく報じさせると、男の思うつぼになるばかりか、模倣犯を生み出すおそれまである。今後、警察にはこうした事態を避ける配慮も求められるだろう。

 いずれにせよ、民主主義の根幹をなす国政選挙の選挙運動中、多くの市民が居合わせる中で敢行された大胆不敵で卑劣かつ危険悪質な蛮行にほかならず、理由が何であれ、到底許されるものではない。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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