「4枚替え」で逆転勝利。したたかなゲーム運びで長野を下したベレーザ(1)
【なでしこジャパンの帰国から中1日で迎えたカップ戦】
6月17日(土)に行われたなでしこリーグカップ第4節、日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)とAC長野パルセイロ・レディース(以下:長野)の一戦は、試合終了間際に、ベレーザの鮮やかな逆転劇で幕を閉じた。
後半アディショナルタイムにフリーキックで殊勲の逆転ゴールを決め、チームを勝利に導いたFW籾木結花の顔には、試合後、色濃い疲労が浮かんでいた。
それも無理はない。
なでしこジャパンがオランダ・ベルギー遠征から帰国したのが15日の朝9時。マイナス8時間の時差調整もままならない中、中1日で迎えた試合で、背番号10はフル出場した。
長野は、この試合でベレーザに勝てば、グループ首位に立つ可能性があった。しかし、2−1で迎えた試合終了間際の3分間にまさかの2失点。痛恨の逆転負けである。
試合を振り返ると、随所でベレーザに所属する代表組の勝負勘が冴え渡ったゲームとなった。
ベレーザの森栄次監督は、この試合で、代表組のGK山下杏也加、MF中里優、MF隅田凜、FW籾木の4人を先発出場させたが、MF阪口夢穂、FW田中美南、MF長谷川唯を温存。そして、左サイドハーフに19歳のMF三浦成美、左サイドバックに18歳のDF小野奈菜、トップには17歳のMF植木理子と、3人の若手を抜擢した。
「若手には、前からプレスをかけて、高い位置でボールを奪って得点を狙うスタンスを要求しました。とにかくアグレッシブに行けるところまで行け、と伝えて送り出しました」(森監督/ベレーザ)
下部組織のメニーナ出身の選手が先発の11人中9人を占めたベレーザは、選手同士が常に近い距離でサポートし合い、公式戦で初めて縦の関係を組んだ左サイドの三浦と小野の積極的なプレーも光った。しかし、自陣中央からブロックを形成して守る長野の堅守を崩すには至らず。逆に高い位置でプレスをかけ続けたプレーが仇となり、長野のカウンター攻撃でピンチに晒された。
【2点をリードした長野。横山の先制ゴールには伏線があった】
14時キックオフで始まったこの試合、会場の味の素スタジアム西競技場は気温30℃を超え、真夏日のような日差しに包まれていた。ジリジリと照りつける太陽が、選手たちの体力を奪っていく。
そんな中、なでしこジャパンのヨーロッパ遠征で目覚ましい活躍を見せた横山は、この試合でもその実力を存分に発揮した。横山は7月以降ドイツ1部の1.FFCフランクフルトへの移籍が決まっており、国内でプレーするのは、この試合を含めて残り2試合である。
横山はこの試合で、前半のうちに2ゴールを決めている。その伏線となったのが、前半7分のシーンだ。
この場面、長野のMF児玉桂子のロングパスをベレーザの最終ラインの裏のスペースで受けた横山は、ペナルティエリア内で大きなシュートモーションから思い切り右足を振り抜いた。その瞬間、左斜め後方から追っていたベレーザのDF岩清水梓がスライディングで右足を投げ出し、このシュートをブロック。そして、ベレーザは間一髪でコーナーキックに逃れた。
横山は、この場面を次のように振り返る。
「裏に抜けてシュートをした時に、試してみたんです。『このタイミングで蹴ったら、イワシさん(岩清水さん)がスライディングしてきて、足に当たるな』と。予想どおり、シュートは足に当たってコーナーキックになりました。それで、次のチャンスはキックフェイントを入れたんです。最初にブロックされたシュートがあったからこそ、その後のゴールが決めやすくなりました」(横山/長野)
その言葉通り、前半37分に同じような位置で迎えたチャンスでは、横山がDFとの駆け引きを制してゴールを決めている。
シュートモーションに入った際、飛び込んできた相手DFをキックフェイントでかわすと、横山は体を左にひねりながら、シュートをゴール左隅に叩き込んだ。グラウンダーの強烈なシュートだった。
その駆け引きは、前半アディショナルタイムに決めた2点目でも発揮された。
相手陣内中央あたりで長野のFW泊志穂からボールを受けた横山は、ターンするとベレーザのDF村松智子を左にかわして右に抜け出し、斜め前方にドリブル。シュートを打ちそうな雰囲気を漂わせながら、対峙する相手ディフェンダーのタイミングをずらして、最後は右足を軽く振った。1点目と同じような角度で、グラウンダーのシュートがゴール左隅に決まった。
その直後、ベレーザは岩清水が意地のゴールで1点を返す。右サイドのゴールライン際から隅田がファーサイドにクロスを入れ、植木がヘディングで落とすと、フリーでゴール正面に走り込んだ岩清水が冷静に右足で押し込んだ。
【「4枚替え」で逆転。したたかなゲーム運びを見せたベレーザ】
1−2で前半を折り返した後半、ベレーザは一気に「4枚替え」で怒涛の反撃に出る(*)。トップのMF上辻佑実に代えてFW田中美南、左サイドバックのDF小野奈菜に代えてDF土光真代、ボランチの隅田凜に代えてMF阪口夢穂、左サイドハーフの三浦成美に代えてMF長谷川唯を、それぞれ同ポジションに投入した。
(*)カップ戦は5人まで交代可能。
すると、流れは徐々にベレーザに傾く。
ポストプレーに強い田中にロングボールを積極的に入れることで長野のディフェンスラインを下げさせ、中盤のスペースを使って細かくパスをつなぎ、攻撃にリズムを生み出していった。
長野は前半、スピードのあるベレーザの植木の動き出しを、センターバックのDF坂本理保とDF木下栞を中心としたラインコントロールで封じていた。だが、前線の起点となる田中が入ったことでバリエーションを加えたベレーザの攻撃に対し、後手に回る場面が増えていく。
それでも、ベレーザのシュートは古巣対決となった長野のGK望月ありさ(昨年までベレーザに所属)が幾度となくファインセーブで防ぎ、ギリギリで持ちこたえていた。しかし、長野はボールを奪っても位置が低く、ベレーザのプレッシャーも速いため、効果的なカウンターにつなげることができない。
ベレーザは72分に植木を下げてMF宮川麻都を投入し、阪口をトップに上げて前線に起点を作ると、終盤は完全にボールを支配。そこからは、ベレーザが完全に試合を制圧した。
そして 88分、ついにベレーザの攻撃が実った。
長谷川がペナルティエリアの手前からドリブルを開始。細かいタッチで緩急をつけたドリブルでゴール前に侵入すると、長野のマーク2枚を振り切って、右のゴールライン手前から柔らかいピンポイントクロスを上げた。これに、ファーサイドで田中がヘディングで合わせ、2−2の同点。
勢いは止まらない。
その3分後、後半アディショナルタイムに入った91分、ベレーザはゴールまで約20メートルほど、やや左寄りの位置で籾木が倒され、フリーキックを獲得。キッカーの籾木は入念に壁の位置を確認すると、左足で右回転のカーブをかけるように蹴った。
軽く振り抜いたように見えたシュートだったが、ボールは鋭く直線的な軌道を描きながら壁をギリギリで越え、ゴールの左隅に飛んだ。
籾木がFKを蹴った瞬間、壁によってシュートが見えにくくなっていたGK望月の反応が一瞬、遅れた。次の瞬間、望月が懸命に伸ばした手をかすめ、ボールはゴールの左サイドネットを揺らした。
籾木の劇的な決勝ゴールが生まれた直後、試合終了の笛が鳴った。
3−2で逆転勝利を収めたベレーザは、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースと共に、Aグループの首位に並んだ。一方、長野は2連敗で同グループの4位に順位を下げた。
【3連覇に向けて必要な若手の成長】
ベレーザが見せた前半と後半におけるゲーム運びの違いは、前半3本、後半11本というシュート数の差にも現れた。
「裏を狙って蹴っていくからこそ、パスをつなぐチャンスが生まれます。前半は中盤でつなぐことができていても、最後のところで崩せていなかったので、まずは相手のディフェンスラインをもっと動かそう、と指示を受けて入りました。終盤、楽にボールをつなげるようになったのは、その戦略が効いたからだと思います」(長谷川/ベレーザ)
フル出場したセンターバックの岩清水は、ハーフタイムのメンバー交代で生まれた変化について次のように話した。
「前半は2失点して、下を向いてしまう選手が多かった中で、後半は阪口や田中(美南)が入って、チームの雰囲気を上げてくれました。自分から声を出して周囲を動かせる選手が入ってきてくれたのは大きかったですね」(岩清水/ベレーザ)
ベレーザは代表組の存在感が際立つ結果となった。今後は、代表組を含めた主力メンバーだけでなく、さらに年下の若手が経験を積んでチームの勝利に貢献できるようになることが、リーグカップ連覇とリーグ3連覇に向けて重要になる。
その意味でも、カップ戦では引き続き、若手選手の活躍に注目したい。
なでしこリーグカップは来週、第5節が6月24日(土)と25日(日)に各地で行われる。
ベレーザは24日(土)、ホームの多摩市立陸上競技場に、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースを迎える。
【劣勢の中でゴールを決められる存在】
逆転を許したものの、この試合でベレーザ相手に長野が見せた試合運びは、賞賛に値する。
2−1とリードした状況でも、昨年までの長野であれば、リスクを背負って攻め抜いていた。その結果、追加点を獲るか、失点を重ねるかーー結果は両極端だった。
しかし、この試合では後半、押し込まれながらも「うまく時間を使いながら、3点目を狙いに行く」試合運びを見せた。
「去年と違うのは、ディフェンスラインと中盤の2ラインがしっかりとバランスを取っていることです。去年は中盤をダイヤモンドにしていたので、高い位置でプレッシャーをかけにいって点を獲れていた反面、失点も多かったのですが、今年は中盤をフラットにしています。その中で、ディフェンスの選手が、ただ前線の横山にロングボールを入れるのではなく、中盤にボールを入れられるようになり、ボランチの齊藤(あかね)と國澤(志乃)のところでパス交換ができるようになったことも大きいですね」(本田美登里監督/長野)
一方、リーグ戦前半のベレーザ戦(第5節△1−1)同様、先制点を奪いながら追加点を重ねることができず、勝ちきれなかったことは、長野にとって解決すべき喫緊の課題である。
ディフェンスリーダーの坂本は次のように話す。
「去年よりは、一人ひとりの力がついてきたと感じます。ただ、ポゼッションもうまく使って、落ち着いた試合運びができるようになった反面、躍動感をもってゴールを目指すという点では物足りなさも感じます。パルセイロらしさである『前に、前に』という部分を失いたくないです」(坂本)
劣勢の中でいかに追加点を奪うか。横山がフランクフルトに移籍した後に、その他の選手たちがゴールをどのように決めるのか、チームとしての形を作ることは、長野にとって最大のテーマである。
長野は来週24日(土)、ホームの長野Uスタジアムに、アルビレックス新潟レディースを迎える。
この試合は、フランクフルトに移籍する横山の国内ラストマッチになる。