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【考察】高校野球と「構造的暴力」-高校生・アスリート人権侵害は根絶できる?【#私は高校野球を見ない

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
暴言暴力の被害者もプレーする甲子園、あなたは安心して応援できますか?(写真:アフロ)

夏の甲子園が開幕します。

楽しみにしている方もおられるでしょうが、私は高校野球は見ることができません。

野球を頑張る高校生の姿は素晴らしいものかもしれませんが、その中には確実に暴言暴力や人権侵害の被害者が含まれており、痛々しさを感じてしまうのです。

私自身は教育学・こども政策の研究者であり、子ども若者の権利を守るこども基本法を実現した大人の一人でもあります。

スポーツ庁で部活地域移行の有識者会議委員として、公立中学校の部活地域移行を提言しましたが、その議論を通じて、日本の一部の部活で横行する人権侵害の課題の深刻さをあらためて認識し、改善のための提言をしました。

高校の部活動の課題はいっそう大きいと捉えています。

1.野球部員の人権侵害・搾取、高校生の「強制応援」などの横行はなぜなくならないか?

―指導者や部員の暴言・暴力等の罰則ルールはあるが

高校生は自分たちで考えて行動できる成長段階です。18歳成年を法務省が認めたのも、法制上、「大人」としての判断力があると結論したからです。

しかし高校生に対する暴力暴言が横行し、未だに丸刈り強制の野球部も当たり前、学力保障すらされない「野球漬け」の日々。

部員の人権は守られず、高野連憲章に書かれている「教育を受ける権利」などまったく遵守されていない強豪校も少なくないはずです。

また高校生たちが地区予選・甲子園での大会を問わず「強制応援」させられる実態も残念ながら、まだまだあたりまえです。

※高校野球の強制応援問題については、日本若者協議会が署名を実施しておられます。

生徒の主体性を重んじる学習指導要領にも違反する行為です。

そもそも、以上の全ての行為が「人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者」を目的とするわが国の教育基本法第1条違反に当たる行為でもあります。

法治国家であるわが国のあたりまえのルールすら遵守できない高校の野球部が根絶できないなら、高野連・日本学生野球憲章に書かれている「学生野球は学校教育の一環」という一文は削除すべきである、教育学の研究者としてそう考えています。

ところで、野球部員の人権侵害・搾取、高校生の「強制応援」などの横行はなぜなくならないのでしょうか?

もちろん高野連も部員の暴言暴力や飲酒に対し、指導者資格の停止や公式試合への出場停止を課しています(2022年の処分例、時事通信2022年2月1日)。

いっぽうで今年も甲子園に出場する横浜高校は、2019年の担当教員や暴言・暴力、今年も監督による選手への暴言暴力が報道されたばかりです(神奈川新聞2019年9月26日週刊文春2022年5月19日)。

暴言暴力の禁止や、丸刈り強制の廃止などの改革を進める野球部も少しずつ増えていますが、それでも多くの野球部が変わらないのはなぜでしょうか?

社会科学の研究者として、罰則ルールがあるにも関わらず人権侵害の横行がなくならない実態や、高校野球に感じる強い違和感をつきつめて考えると、「構造的暴力」という概念に行き当たります。

2.高校野球は「構造的暴力」である

―主催団体や報道も「構造的暴力」に加担している日本

(1)「構造的暴力」とは

構造的暴力とは、平和学のヨハン・ガルトゥングによって生み出された概念です。

人を殺す・殴る・蹴る、モノや富を奪うなどの行為が「直接的暴力」です。

これに対し、政治・社会の歪みによる不公正な権力の発動の結果、弱い立場の人々の生命・権利や生活が脅かされる状況を「構造的暴力」と言います。

※J.ガルトゥング著/高柳先男ほか訳,1991,『構造的暴力と平和』中央大学現代政治学双書 12

※コトバンク「構造的暴力

人類の暴力、その最悪の形である戦争・国際紛争をどのように克服し平和を実現するかという「平和学」から生み出された概念です。

しかし、人類が抱える暴力(人権侵害や搾取、貧困も含む)という問題を改善するために、様々な社会課題に応用されています。

私も専門とする貧困問題(子どもの貧困・女性の貧困)や、パンデミックをめぐる社会分析にも用いられています。

高校野球について言えば、殴る蹴る、暴言を言う、髪形を丸刈りに強制する、そうした野球部員に対する「直接的暴力」はもちろん問題です。

しかし、そうした「直接的暴力」を引き起こしてしまう「構造」の課題を明らかにし、「構造的暴力」を改善しなければ、野球部員を含む高校生たちへの人権侵害は根絶できないのです。

(2)「構造的暴力」はなくせるのか?

―高校野球のルールブックは重視、法治国家である日本の憲法・国内法は軽視?

そのためには、暴力暴言や人権侵害、強制応援などを平気で行ってしまう大人の側の権力の歪み、社会の歪み、認知の歪みといった「構造的暴力」がまずどのようなものであるか、明らかにすることが必要です。

そして、それらを是正するための「公正」なルールを整備していくことが重要になります。

民主主義国家である法治国家であるわが国のもっとも重要なルールのひとつは、憲法に明記された「基本的人権」の尊重と実現です。

高校野球ではルールブックを守ってプレイしますが、わが国のルールブックである憲法や国内法は守らなくて良い、野球部員や高校生の人権・権利は野球のためには侵害して良い。

これが野球にたずさわる一定数の大人の共通認識ではないでしょうか?

そうでなくては、高校野球から暴言・暴力や強制応援がなくならない説明ができないのです。

こうした認知の歪みや、それにもとづく「直接的暴力」を一定数の野球の指導者や高校教員が必要な指導だと考え、行ってしまうことも「構造的暴力」です。

さらに問題なのが、高校野球に関わる団体・企業も、高校野球における暴言暴力や部員・生徒への人権侵害の実態の全体像を把握せず、高校生の頑張る姿を商業利用し、「美談」とすることで、営利の道具にしています。

未だに横行する暴言暴力をはじめとする人権侵害が、全参加校のどの程度に発生しているのか、学校の授業で学ぶことはできているのか、全体像を把握するための部員へのアンケートや参加校の高校生アンケートは、主催社である朝日新聞(毎日新聞も)ならできるはずなのに、「問題の本質に斬りこむ」調査や報道はできていません。

※朝日新聞「高野連加盟校アンケート 第100回全国高校野球」では、学校アンケートからスマホや丸刈りなどについて聞いていますが、生徒自身には回答させていない方式です。

高校野球は儲かるので、臭いものにはフタをしておこう。

そのような姿勢で調査や報道をしないのだとすれば、それこそが高校生への「直接的暴力」を隠蔽する「構造的暴力」にほかならないのです。

このような「構造的暴力」を改善しない限り、高校野球から暴言・暴力、強制応援といった部員・生徒への人権侵害はなくなりません。

近年では保護者も加担した勝利至上主義も強まっているとされています。

これも「構造的暴力」として、指導者を追い詰め、野球部員への「直接的暴力」を誘発する構造もあります。

一部の野球部員が、保護者の強制によって野球以外の人生を選ばせてもらえない、人生の搾取という問題もあります。

公立中学校の部活については、スポーツ庁によって勝利至上主義ではなく、生徒自身が多様なスポーツや文化活動を楽しむ方向への転換が提言されています。。

いっぽうで、高校野球が勝利を大切にする姿勢とは決別できないでしょう(それのみも改革の方向として妥当なのかと、高校野球が見られないな私でも考えます)。

ならば、勝利至上主義も含む「構造的暴力」を分析し、検証し、野球部員や高校生を暴言暴力や人権侵害から守り抜くルールの厳格化や、その仕組みを生きたものとして運用するガバナンス改革が必須になります。

おわりに.高校野球における「構造的暴力」はなくせるか?

―内側の改革だけでは高校生・アスリートへの人権侵害は改善できない

確かに高野連も野球部員保護のために、投手の球数制限や開催時間の変更などを検討しています。

また「特待生制度」に関するアンケート調査を実施し、適切な入試制度や支援制度について考えようとしている点も注目されます。

特待生制度はそれ以外の高校生・保護者が特待生分の経費まで負担させられる課題もあります。

しかしながらそれだけでは、「構造的暴力」をなくすためには、あまりにも不足していると言えるでしょう。

急がれるのは、野球部員や保護者からの相談窓口やアスリート保護制度の整備です。

日本スポーツ協会はスポーツにおける暴力行為等相談窓口を設けています。

高校生も相談できます。

いっぽうで高野連のホームページにはそのような相談窓口が見当たりません。

野球部員を暴言暴力や人権侵害を守ることはできる組織として、高校生自身からの暴力暴言や人権侵害に関する相談窓口は必須になります。

まず野球部員・高校生への暴言暴力や人権侵害がどれだけ起きているのか、春と夏の主催団体である高野連・朝日新聞・毎日新聞は、全出場校の野球部員(引退した部員等も含む)、高校生に実態把握のアンケートを行ってはいかがでしょうか?

アスリートの人権擁護に詳しい研究者・団体や、アスリートの参加した調査設計と分析が必須です。

研究者が高校スポーツ等における人権侵害を調査しようとしても、学校や部活側から断られる実態があります。

それだけ高校部活(野球部だけではありません)の隠蔽体質は強固なものがあるのです。

朝日新聞(毎日新聞)の取材力であれば、高校生の強制応援などは、全参加校にすぐにでも調査できるでしょう。

高野連は、野球部員や高校生を本気で守る気があるのなら、全出場校の野球部員(現役活動中の野球部員は回答しづらいなら、夏の大会を終えた引退部員に)アンケート調査をすべきです。

そのうえで野球部員への暴言暴力をなくし、人権・尊厳や心身の健康を守り、部員教育を受ける機会の保障を含め、成長を支えるにはどのような改革が必要なのかを、多様性のあるメンバーで検討し、新しいルールやガバナンスを考えていくことが必要になります。

教育学の研究者として、子ども・若者の権利の国内法であるこども基本法を実現した大人の一人として、そこまでしてはじめて「学生野球は学校教育の一環」という高野連憲章の条件を満たすことができると考えています。

もちろんここに述べたこと以外に実現すべき改革もあるでしょう。

しかし、いま高校野球が一番いそぐべき改革、それが野球部員や高校生への暴力暴言や人権侵害を根絶することだと考えています。

なぜなら、そうしなければ安心して高校野球を見ることができないのです。

この中に暴言暴力や、人権侵害の被害者が多くいる、そんなスポーツを私は見ることができません。

#私は高校野球を見ない、そんなハッシュタグをタイトルにつけました。

とくに野球部員たちが暴言暴力や人権侵害から守られ、勝利を目指しつつも安心して「楽しい野球」「楽しい高校生活」を送ってほしいと願っています。

#私は高校野球を応援する、そんなハッシュタグで安心して高校野球を応援できるようになれば良いと願っています。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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