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日本財政と金融政策の転換(後半)―今後、我々が直面する3つのシナリオ―

小黒一正法政大学経済学部教授
(写真:イメージマート)

日本財政と金融政策の転換(前半)」では、現在のイールドカーブの形状から、市場メカニズムに委ねた場合、最低でも長期金利(10年物の国債の利回り)は現在の2倍の0.9%程度に跳ね上がる可能性があることを読み取った。

この分析の延長として、日銀が金融政策を徐々に正常化した場合、それが日本財政に及ぼす影響を簡単に考察してみよう。

まず、財政に影響を及ぼす変数のうち最も重要なものは何か。それは長期金利の値だ。このことから、前回のコラムでは、現在のイールドカーブの形状を概観し、長期金利が、最低どの程度の水準まで上昇する可能性があるかを考察した。それが0.9%程度という値であったが、これは最低限の値であり、長期金利が0.9%を超えてさらに上昇する確率がゼロとは言い切れない。

金融政策が引き締めに転じる際に財政赤字拡大で国債を増発すると、場合によっては市場が混乱し、金利が跳ね上がるケースもある。この関係で、金融緩和からの脱却で失敗した最近の事例で有名なのは、イギリスのトラス政権(2022年9月―10月)だろう。

イングランド銀行(イギリスの中央銀行、BOE)は、資源価格やエネルギー価格に起因する物価の高騰を鎮静化するため、コロナ禍で拡張した金融政策を手仕舞いする必要があった。当然、金融緩和から脱却する過程では金利の上昇圧力が増すから、経済にブレーキがかかる。

このため、トラス政権は、大型な減税政策を打ち出し、拡張的な財政政策で経済を下支えしようとした。だが、減税の財源的な裏付けがなく、国債の増発で賄おうとした結果、年金基金が採用していたLDI(年金負債対応投資)などが国債投げ売りのトリガーとなり、金利上昇が加速、通貨ポンドや国債価格が急落して金融市場が混乱した。

この混乱収拾のため、BOEは一時的に長期国債の無制限買い入れを実施する事態に陥り、トラス首相はイギリス史上最短の49日で辞任した。対応を一歩間違えば、イギリスが金融危機に陥る可能性もあった。

このような教訓を踏まえて、金融政策の正常化が財政に及ぼす影響として、以下では、3つのシナリオを考察してみよう。

まず一つ目は「シナリオ1」で、金融政策の正常化が成功し、長期金利が0.9%程度から2%程度で推移するシナリオだ。2つ目は「シナリオ2」で、日銀が金利の正常化を試みたが、予想よりも金利上昇の圧力が高く、正常化の制御に失敗し、長期金利が3%程度から5%程度に跳ね上がってしまうシナリオだ。最後は「シナリオ3」で、日銀が金利の正常化を一時的に試みたが、予想よりも金利上昇の圧力が高いために正常化を断念し、長期金利を再び抑制するために、日銀が長期国債の大量購入を継続するシナリオだ。

以下、順番に考察しよう。まず「シナリオ1」だが、国債の利払い費はどの程度増えるのか。現在の国債残高が概ね1000兆円かつ国債の加重平均金利が0.8%程度なので、国債の利払い費は約8兆円(=1000兆円×0.8%)で済んでいる。

金融政策の正常化に伴い、現在0.5%程度に留まっている長期金利が上昇し、0.9%程度から2%程度の範囲で推移する場合、長期金利は0.4%ポイントから1.5%ポイントくらい上昇することを意味する。

このとき、国債の加重平均金利が何%になるのか、厳密な計算が必要だが、大雑把に言うならば、国債の借り換えにより(10年程度の時間をかけて)、国債の加重平均金利も概ね同じくらい上昇すると考えるのが自然だろう。その前提では、国債の加重平均金利は1.2%程度から2.3%程度まで上昇することになる。

異次元緩和により、現在約8兆円に抑制できていた国債の利払い費は、約12兆円から約23兆円の範囲に増加する。その状況下で税収が思ったほど伸びなければ、国の一般会計予算における財政赤字は4兆円―15兆円だけ更に拡大する。いまの財政赤字は約19兆円なので、財政赤字が23兆円―34兆円になる可能性を意味する。

財政赤字を現状の水準(約19兆円)に留めるためには、一定の歳出削減や増税が必要となる。相当な努力と伴うが、4兆円―15兆円の改革は、必ずしも実行不可能な規模ではない。国債発行に依存する日本財政にとって金利上昇は痛みが伴うが、長期的にみれば財政規律を高める動機付けになる。また、景気動向に応じた金利の正常化は、適正な市場機能を取り戻し、企業の成長を促す効果も期待できるはずだ。

次は「シナリオ2」だが、日銀が金利の正常化を試みたものの、予想よりも金利上昇の圧力が高く、正常化の制御に失敗し、長期金利が3%程度から5%程度に跳ね上がってしまった場合だ。このとき、国債の加重平均金利が何%になるのか、シナリオ1と同様の議論で考えてみよう。

まず、現在0.5%程度に留まっている長期金利が上昇し、3%程度から5%程度の範囲で推移する場合、長期金利は2.5%ポイントから4.5%ポイントくらい上昇する。このとき、現在0.8%程度の国債の加重平均金利は、3.3%程度から5.3%程度まで上昇することになり、国債の利払い費は33兆円から53兆円の範囲に増加する。

図表の左側は歳出構成を示すが、この図表のとおり、現在の利払い費は約8兆円なので、債務償還費(約16.7兆円)と合計した国債費は約25兆円に抑制できている。だが、利払い費が33兆円―53兆円に膨張すると、国債費だけでも約50兆円―70兆円に達する。

他方、図表の右側は歳入構成を示すが、この図表の税収(租税及び印紙税収)は約70兆円しかなく、税収が伸び悩むと、税収の大部分が国債費に消えてしまい、増税や歳出削減が迅速に実行できなければ、国の一般会計予算における財政赤字は25兆円―45兆円も更に拡大する。いまの財政赤字は約19兆円なので、財政赤字が44兆円―64兆円になる可能性を意味する。

これだけの国債を新規に増発すると、長期金利が更に上昇する可能性がある。もっとも、金利が上昇すれば、その高い利回りを期待して国債に投資する需要が増える可能性もある。このような買い手としては、保険会社や年金ファンド等が考えられるが、国債の投資需要にも限界があるため、一定の注意が必要だ。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う対策により、補正予算を3回も組んだ2020年度予算では、借換債を含め、2019年度で約130兆円規模だった国債発行(カレンダーベース市中発行額)が約212兆円に急増したが、それでも、国債の安定的な消化が図れたのは、日銀が緊急措置で国債の無制限購入を実施したからである。

その結果、長期金利は概ねゼロ%に抑制できた。このような措置をせずに、長期金利の上昇スパイラルを制御できるか否か、冷静な検討が必要だろう。判断や対応を少しでも誤ると、国債が暴落し、財政危機の「前兆」に発展する可能性も否定できない。

最後は「シナリオ3」だが、上述のような理由から、長期金利を再び抑制するために、日銀が長期国債の大量購入を継続するシナリオだ。つまり、金利を市場メカニズムに委ね、金融政策を正常化しようとしたが、難しいと判断したためにそれを断念し、日銀が国債を買い続ける場合だ。

その際、「未来永劫、日銀が長期金利を抑制できるのではないか」という意見もあるかもしれないが、「政治が一時的に市場メカニズムを歪めることができても、途中段階で「何らかの綻び」が必ず発生し、最終的には市場メカニズムが政治を打ち負かす」という視点も忘れてはいけない。

必ず何らかの綻びが出てくる。綻びのトリガーが首都直下地震や台湾有事かもしれないが、このような出来事を含め、シナリオ3の最終的な結末を予測するのは極めて難しい。だが、新たな冷戦で経済のグローバル化が反転し始めた今、別のトリガーとしては、物価の高騰や円安に国民がどの程度まで我慢できるか否かが、分岐点になる可能性も出てきているのではないか。

インフレ率の見通しは、日本のほか、アメリカでも楽観論があった。実際、アメリカでも、インフレ率は徐々に低下していくとの予測が多かったが、2023年1月のインフレ率(CPI)は前年同月比6.4%の上昇で、伸びが鈍化したものの、市場予測を上回っている。しかも、2023年1月の中古車価格などは前月比2か月連続で上昇しており、アメリカの中央銀行であるFRBの中枢では、高インフレが継続する可能性を警戒し始めている。

物価高騰の原因としては、ロシアによるウクライナ侵攻も関係しており、直ぐに決着がつく見通しは立たない。日本の置かれた環境もアメリカと変わりがない。アメリカのFRBは既に金融引き締めに転じているが、現在のところ、日銀の公式見解では、物価目標の持続性的・安定的な実現には至っておらず、物価の上昇は一時的であるとしている。

この日銀のメッセージは、2021年夏頃までのFRBの見解と似ている。ローレンス・サマーズ元財務長官やビル・ダドリー前ニューヨーク連銀総裁などは、かなり前からインフレの加速を警戒する発言をしていたが、FRBのジェローム・パウエル議長はコロナ禍で拡張した金融緩和を継続し、景気をサポートする旨のメッセージを出し続けていた。

現時点では明らかな話だが、パウエル議長の当時の判断は間違いで、このミスにより、アメリカのインフレ率は当初の予測とは異なり、大幅に加速してしまった。その後、パウエル議長もミスを暗黙に認める形で軌道修正を行い、2022年の3月以降、FRBは段階的な利上げを明らかにしたが、利上げ判断が遅れたことから、インフレが高進し、その抑制に一層厳しい態度で挑む必要性が出てしまった。

では、日本はどうか。将来のことは誰も予測不可能だが、仮に日銀がFRBと似た状況に陥った場合、日銀はインフレ抑制のために利上げを決断できるのか。もっとも、高インフレが進むなか、日銀が急激に利上げを実施すれば、財政を直撃する。インフレの抑制か、財政の救済か。日銀は二者択一を迫られる。政治的な摩擦を含め、その時に何が起こるのか、いまからでも頭の体操をしておく必要があろう。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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