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自伝映画を作ろうとして捕まった(?)メキシコ麻薬王。でもハリウッドはきっと彼の映画を作る、その理由

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ショーン・ペンが行った麻薬王の単独インタビューは逮捕の手がかりになったのか?(写真:ロイター/アフロ)

メキシコの麻薬王“エル・チャポ”ことホアキン・グズマンが、8日(金、)再び逮捕された。グズマンは、昨年7月、服役していた刑務所のシャワー室の下から密かに掘っていた長さ1.5kmのトンネルを使って脱獄し、以後、行方がわからなくなっていた。このニュースはアメリカでも大きく取り上げられ、アメリカ政府によるグズマンの引き渡しをメキシコ政府が受け入れなかったことにも非があると、政治を巻き込む論争にまでつながっている(グズマンの最大の客はアメリカで、コカインだけでも年間500トンをアメリカに密輸しており、アメリカ政府にとってはなんとしても捕まえたい人物だ。)グズマンの脱獄は2度目。1度目は2001年で、その時は洗濯物のカートの中に隠れて脱獄をしている。

まさに映画顔負けの話だが、そう思ったのは、ハリウッドのプロデューサーたちだけではなかったらしい。映画化のオファーは、2014年2月の再逮捕の後ごろから山のようにグズマンの弁護士のもとに押し寄せるようになり、グズマンも、自分の人生を描く映画について、考えるようになっていった。しかし、グズマンは、自分についての映画は自分で製作すると決め、それが、今回の逮捕の手がかりへとつながったようだ。メキシコの法務長官アーリー・ゴメスは、記者会見で、「彼は俳優やプロデューサーらと連絡を取り合うようになり、そこから新たな捜査の手がかりが出てきた」と語っている。

その“俳優やプロデューサー”のひとりと考えられるのが、ショーン・ペンと、メキシコの人気女優ケイト・デル・カスティーリョだ。ペンはデル・カスティーリョの協力を得て昨年10月にグズマンの単独インタビューに成功し、その執筆記事は、逮捕翌日の9日に「Rolling Stone」誌に公開された。ガズマンは、自伝映画をデル・カスティーリョと一緒に製作するつもりでいたことはこの記事にも書かれており、彼がほかのプロデューサーや映画関係者とも会っていたとは考えにくい。インタビューの場所となったジャングルに到着するまでには複雑で入念な経路が取られたが、ペンは、「メキシコとアメリカの諜報機関は自分たちの動きに目をつけているだろうと思った」とも書いている。

ペンのインタビューを受けたことが直接逮捕へとつながったのかどうかは、今のところわからない。グズマンはむしろペンよりも、それまで手紙とブラックベリーでだけ連絡を取り合ってきたデル・カスティロに会いたかったのだろうと、ペンは記事の中で語っている(デル・カスティーリョは、2012年、グズマンに共感を示すツィートをし、それを知ったグズマンが弁護士を通じて彼女に花を贈りたいと言ってきたことからつながった。後に彼が自伝映画を考え始めた時、再び彼女に連絡をし、その後はまめにコミュニケーションを取り合ってきている。)

また逮捕されてしまった以上、彼が自分で製作する映画の企画はかなり遠のいてしまったと思われるが、この展開で、ハリウッドがさらに彼の映画への意欲を高めるのは間違いない。

グズマンは、コロンビアの生産者と手を組み、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアまで及ぶ販売網を作った、いわば先見の目を持ったビジネスマンだ。何もないところから、「Forbes」誌の“最も裕福な人物”のひとりにのし上がっていった彼に、ある意味尊敬をもつ人も、メキシコには少なくないという。今回のペンのインタビュー記事には、興味深い事実がさらに盛り込まれていた。たとえば、彼は麻薬王でありながら、自分では麻薬をいっさいやらない。ペンとは一緒にテキーラを飲んだが、「普段は酒を飲まない」という。15歳でマリファナの栽培を始めたのは、「自分が生まれたところでは、それ以外に食べ物を買うためのお金を稼ぐ方法がなかったから。」母や子供たちとも非常に仲が良く、家族思いであるようだ。

8日の逮捕劇でも、警察とグズマン側との激しい銃撃戦で5人が死亡、6人が負傷しており、「まさにアクション映画のようだった」と目撃者はコメントしている。もともと映画関係者の興味を惹きつけたのは、彼の2度目の逮捕の時の映像だったというが、その後、あの信じられない脱獄、逃亡、ハリウッドスターやメキシコの人気女優との交流、そしてこの銃撃戦というドラマが加わったわけである。

おそらく今ごろ、メキシコ系の俳優たちの何人もが、この伝説の人物を演じる可能性に、思いを馳せていることだろう。その幸運を得た俳優をグズマンが気に入らなかったとしても、彼に発言権はない。誰が最初に実現させるかはさておき、彼についての映画は、きっと誰かが作る。その映画を、彼は獄中で見るだろうか、あるいはまた逃亡して、どこか秘密の場所で見るだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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