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「故意のドーピング」と「故意ではないドーピング」。ノルウェーのクロカン騒動

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
唇の治療薬に禁止薬物が入っていたヨーハウグ選手 Photo:A Abumi

10日、ノルウェースポーツ連盟の審議会は、クロスカントリースキー選手、テレーセ・ヨーハウグに13か月の資格停止処分を命じた。

薬物検査で陽性反応を示したクロスカントリースキー女子の同選手。負傷した唇の治療に使用したリップクリームが原因で、9月16日の首都オスロでの検査で陽性反応を示した。

治療薬は、遠征先のイタリアの薬局でチームドクターが購入したもの。選手は「自分には一切の責任はない」と、記者会見で号泣し、全責任は医師にあるとした。

審議会は、「故意の」禁止薬物摂取ではなかったことは認めながらも、13か月という処分を決定。

ノルウェー国内では「かわいそう」という風潮があるが、ライバル選手がいるスウェーデン、フィンランド、ポーランドなどからは「まだまだ甘い」という批判が相次いでいる。

「わざとではないだろうが、プロのアスリートとしては軽率だった」、「自分のせいではないと号泣し、チームドクターにすべての責任をなすりつけるのは、いかがなものか」というような批判に、ヨーハウグ選手の仲間たちは否定的だ。

犯罪者扱いされる選手にとって、あまりにも不公平な現状のシステム

「むしろ、現状のシステムでは、選手にとってあまりにも不公平」、「私たちもテレーセと同じような状況に、いつ陥っても不思議ではない」、「医師からの指示には従うしかない。それなのに、犯罪者のような扱いを受けるのは選手」。このような主張を、ナショナルチームの仲間たちは、何度も現地メディアを通してコメントしてきた。

「自分の身体の中に摂取されるものに対する、プロとしての自覚は?」と考えるかもしれないが、ヨーハウグ選手は、「プロとしての責任の取り方は、チームドクターに、唇の治療薬がドーピングリストに載っていないか聞くこと」だと返答。ネットで検索すれば、すぐに発見できた禁止薬物だったが、自分で再確認することを、選手はしなかった。

ノルウェーのスキー女王、ビョルゲン選手「今回の処分は、ばかばかしい」

選手が抱えるリスクの大きさを疑問視 もう1人のスキー女王ビョルゲンが薬物陽性の仲間を涙声で擁護

今回のヨーハウグ選手の報道で、現地記者が常に最もコメントを欲しがる1人が、もう1人のクロカンの女王、マリット・ビョルゲン選手だ。ビョルゲン選手は、これまでもヨーハウグ選手を擁護してきた。

ビョルゲン選手 Photo:Asaki Abumi
ビョルゲン選手 Photo:Asaki Abumi

14日、ビョルゲン選手はノルウェー国営放送局NRKにこう語る。

(今回の審議会の判断は)、ばかばかしいとしか言いようがありません。理解しがたい。唇の治療薬に禁止薬物が入っていたことは、不運でした。それでも、故意ではなかったというテレーセの言葉は信じられました。それなのに、13か月という処分。私たちを取り囲む法的安全の危うさがどういうものか、物語っています。私たちには立ち向かう手段がないのです。この処分で、一緒に訓練する仲間など、テレーセは全てを失いました

出典:NRK

チーム仲間と引き裂かれる精神的なダメージ

ヨーハウグ選手は、資格停止期間は、ナショナルチームの仲間と合同訓練に参加することはできない。ビョルゲン選手とプライベートな時間に、友人として一緒にスキーをすることはできるが、チームのサポートは受けることが不可能。仲間と引き裂かれることは、ヨーハウグ選手の精神面に大きな打撃となることを、現地のメディアや関係者は心配している。

大手1社がスポンサー契約打ち切り、残りの企業は応援し続ける

スキー板などを販売する大手フィッシャー(FISCHER)は、今回の報道を受けて、スポンサー契約を打ち切ることを発表。失う金銭的な利益よりも、最新のスキー板などを入手できなくなることが、ヨーハウグ選手にとって大きなハンデとなるだろうと擁護派は心配する。

一方、フィッシャー以外のスポンサーである複数のブランドは、「ヨーハウグを信頼している」、「壁にぶつかっている一人の人間を、我々はクビにしない」など、応援する姿勢を表明している(Aftenposten)。

国営放送局NRKのクロカン専門スタッフ、グラン氏は、今回の罰は重すぎ、選手たちを守る法的安全性が悪すぎると考えている。

「ドーピングの規則は、故意にずるをした選手を捕まえるためのものです。テレーセが、競技力向上のために治療薬を使ったわけではないことは、信じられました。それなのに、ここまで厳しく罰せられることは不当です」。

ノルウェーが強調する「故意ではないドーピング」議論

「故意のドーピング」と「故意ではないドーピング」を、もっと区別するべきだ。悪気がなく禁止薬物を摂取してしまった選手を、守る体制が必要だ。そう主張する、ノルウェーの擁護派。

一方で、天使のようなヨーハウグ選手を信じたいとするあまりの、このノルウェー独特の主張と雰囲気には、国外の者は違和感を覚えるのではないだろうか。

はたして、スキー大国ノルウェーは、「故意のドーピング」と「故意ではないドーピング」議論に、一石を投じることができるのだろうか。

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Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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