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香港で支え合った2頭の日本の牝馬のストーリー

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
2018年の香港国際競走に挑んだディアドラ(左)とヴィブロス

2頭揃って海を越える

 今週末、香港シャティン競馬場で香港国際競走が行われる。

 今回は2018年に挑戦した2頭の牝馬のエピソードを紹介しよう。

 この年、現地入りした日本馬は全部で9頭。メインとなる香港カップ(GⅠ)には3頭の日本馬が出走したが、私は地元のダークホース・グロリアスフォーエバーを本命にして、グリーンチャンネルやスポーツ新聞などで発表させていただいた。結果、JRAプールで9頭立て4番人気のこの馬は逃げ切って勝利。万馬券となった3連単も的中し、本来ならば個人的に喜ばしいところなのだが、実際には何とも言えない残念な気持ちばかりが残った。その理由は、1頭の日本の牝馬に起因していた。

筆者はグロリアスフォーエバーに◎を打ち的中させたが、なんとも言えない気持ちに苛まれる事になる(東京スポーツ紙、最上段が平松さとしの予想)
筆者はグロリアスフォーエバーに◎を打ち的中させたが、なんとも言えない気持ちに苛まれる事になる(東京スポーツ紙、最上段が平松さとしの予想)

  前述した通りこの年は9頭の日本馬が現地入りした。そんな中、調教中もいつも一緒にいる2頭の牝馬がいた。

 ディアドラとヴィブロスだ。

 ディアドラは当時4歳。栗東・橋田満調教師が管理していた。対するヴィブロスは同5歳。栗東・友道康夫厩舎の管理馬。別々の指揮官の下で育てられた2頭だが、実はこの年の春も共にドバイへ遠征。ドバイターフ(GⅠ)に挑戦し、ディアドラが3着同着、ヴィブロスは2着に好走した。

ドバイでのディアドラ(右)とヴィブロス
ドバイでのディアドラ(右)とヴィブロス

 「ドバイでもそうだったのですが、今回の香港は向かい合う馬房に入れさせてもらいました。互いに気持ちが通じ合っているようで、2頭でいると落ち着いています」

 そう語ったのは友道だった。

 橋田も同じ意見だった。

 「ヴィブロスがいつも一緒にいてくれるからディアドラもリラックス出来ています」

先を歩くヴィブロス(右)とディアドラ。1番左が友道調教師、2番目が橋田調教師
先を歩くヴィブロス(右)とディアドラ。1番左が友道調教師、2番目が橋田調教師

ドバイのライバルは香港で共闘

 先述した通りドバイでは同じレースに走ったため、いわゆる呉越同舟状態で、ライバルでもあったのだが、この香港はディアドラが2000メートルの香港カップ(GⅠ)だったのに対しヴィブロスは1600メートルの香港マイル(GⅠ)。刃をまじえる関係ではなかったため、ある意味、タッグを組んでの挑戦と言えた。だからそれぞれの陣営は馬房を出す時間から調教場となる競馬場のコースへの往来や、パドック、装鞍所のスクーリング等も常に時間を合わせ、一緒に行った。

 「栗東から積んだ馬運車も飛行機も、ずっと一緒でしたからね」

 そう語ったのは友道だ。そして、橋田が再び感謝の弁を述べた。

 「いつもヴィブロスがディアドラを先導してくれました。ディアドラが立ち止まってしまった時も、ヴィブロスは待ってくれて、一緒に止まるんです。お陰で良いテンションを保てました」

 国際競走当日、先に戦場に現れたのはヴィブロス。後方で折り合うと、最後は良い追い込みを見せたが、JRAプールでも単勝1・4倍の圧倒的1番人気に推されていたビューティージェネレーションを捉えるには至らず、残念ながら2着に敗れた。

ヴィブロス。2着に敗れた香港マイル(GⅠ)の返し馬
ヴィブロス。2着に敗れた香港マイル(GⅠ)の返し馬

 その後、メインの香港カップのゲートが開くと9頭立ての中団を進んだのがディアドラ。1番人気に支持されていた馬らしくこちらも最後はよく追い上げたが、マイペースで逃げたグロリアスフォーエバーの下、2着に敗れた。

 冒頭で記したようにグロリアスフォーエバーに◎を打った私は個人的に美味しい思いが出来たわけだが、しかし「直前に惜敗したヴィブロスの分まで、ここで勝ってほしかったですね」と語った橋田の胸の内を知ると、何とも言えない気持ちが強くなったのだ。

香港カップ(GⅠ)で2着に敗れた直後のディアドラ
香港カップ(GⅠ)で2着に敗れた直後のディアドラ

もし貴方が倒れたら……

 さて、この時の香港にはこの指揮官のご令嬢もみえていたのだが、最後に彼女が言った一言を紹介させていただこう。

 レース2日前に香港ジョッキークラブ主催で行われたガラパーティーでの出来事だ。会食をしながら様々な出し物が行われる中、壇上でシンディ・ローパーの大ヒット曲であるタイムアフタータイムが披露される場面があった。その中で出て来る歌詞“If you fall I will catch you. I’ll be waiting. Time after time”(もし貴方が倒れたら私が受け止める。私は待っているから。何度でも、何度でも)を聞き、彼女は次のように感じたと言った。

 「ヴィブロスとディアドラの関係に勝手に置き換えたら、自然と涙がこぼれてしまいました」

 それを聞いて思った。この時の共に2着という結果は“揃って勝てなかった”というわけではない。どちらか1頭でも欠けていれば、これだけの善戦も出来なかった可能性があるのではないだろうか。ヴィブロスがディアドラを助け、ディアドラがヴィブロスを助けたからこそ、共に善戦出来た。そういう見方もあると思ったのだ。

ディアドラ(左)とヴィブロス
ディアドラ(左)とヴィブロス

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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