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「特区」再考:日本には今こそ、「特区」が必要だ

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
サウジアラビア・リヤド アブドラ国王金融特区。世界には様々な特区が存在する(写真:ロイター/アフロ)

 日本は、今凪(ナギ)の状態にある。凪とは、風がやんで波がなくなり、海面が穏やかになった状態を指している。それは、安心感や安定性を感じさせてくれるので、ある意味で社会的に良いことであろう。しかも、株価は上昇し、円安で輸出産業やインバウンド観光等には追い風の状態にある。

 だが、日本を取り巻く状況は決して好転してきているわけではない。国際関係においては、膠着状態化しつつあるウクライナ戦争や新冷戦ともいわれることのある米中貿易戦争などがあり、国内的にはさらに深刻化する少子高齢化・人材不足、低迷する経済、物価の上昇・賃金水準の国際的な低さ、経済などにおける格差の拡大、社会が大きく変貌する中での教育や人材育成・獲得等における不透明感・混迷化などなど、問題・課題はさらに増え、拡大し、深刻化してきている。

 社会が「凪」であることは、良い面もあるが、ある意味変化が起きていないことであり、問題・課題の解決への試みがされていないことでもある。筆者は、社会における問題・課題は短期的にそう容易に解決できないが、変化が起きない状態では、中長期的には問題・課題は絶対に解決していくことはないと考えている。その意味では、変化が絶えず起きていた方が、「凪」の状態より「Much Better(ずっと良い)」と考えている。

 そのように考えた場合に、現在の日本では政治や行政には緊張感もなく、微細なものは別として、大きな変化が起きていないし、起きうるとも考えにくい。特に日本の場合、政治や行政は、プレーヤにおいても、そのやり方においても、非常に単一的で、多様性に乏しい。そのような状況や環境では、余計に変化は起きにくいのである。

 その点で、私たちが思い出すべきやり方がある。それは「特区」という手法である。

 「特区」は、加計問題など(注1)で悪評がつき最近ではほとんど話題にものぼらなくなってしまったが、「民間事業者や地方公共団体による経済活動や事業を活性化させたり、新たな産業を創出したりするために、国が行う規制を緩和するなどの特例措置が適用される特定の地域。経済特区・構造改革特区など。特別区域」(出典:デジタル大辞泉(小学館))や「平成14年(2002)12月に施行された構造改革特別区域法に基づく指定を受けた特別区域のこと。全国一律の規制を緩和し、税制面での優遇をすることなどにより、産業・企業に刺激を与え、地域の活性化を図ることを目的としている。」(出典:精選版日本国語大辞典(小学館))といった意味がある。つまり、規制の緩和や税の優遇などを通じて、対象となる特定の地域において、国内での従来のやり方とは異なるやり方を試みることができる仕組みのことである。

 他方、日本における「特区」の場合、韓国や中国などの海外で実施されてきている「特区」(注2)などとは大きく異なり、本格的かつ大規模なものではなく、非常に限定的でかつ制約的なものしか実現してきていない。これは、官・行政が指導しその枠の中でのみ民間の活動が許されるという日本の明治維新以降の近代化の発展モデルの延長線を超えるものではないということができるのである。

中国の大連の経済開発特区の街並
中国の大連の経済開発特区の街並写真:イメージマート

 「特区」という考え方・手法は、本来そのような従来の枠を超える手法であると考えると、日本ではある意味で「特区」はほとんど実現してきていない(注3)ということができるだろう。

 しかしながら、現在の日本は、変化のない「凪」の状態にあり、国の豊かさやパワーそして国際的な存在感は急速に低下してきている。日本は、変化せず、今の状態を続ければ、その大きな可能性や潜在性があるにもかかわらず、魅力や良さをさらに減衰することになるであろう。

 これらのことを考えていくと、従来とは異なるやり方をある意味強制的に設けて、本体とは別の試みを日本でも実現できる地域や仕組みをできるようにすべきだ。つまり、日本は、今こそ、本格的な「特区」を設けて、日本の可能性や潜在性をフルに実験していくべきなのである。

 その際に、筆者の昨年の沖縄科学技術大学院大学(OIST)に研究滞在した際の沖縄での経験からすると、沖縄県は、主に次のような点から、本格的な「特区」にふさわしいと考えている。

 ・沖縄全県が、他の島も含めてではあるが、日本本島とは地理的に別の空間で、ある意味閉じた空間を形成。

・大き過ぎずかつまた小さ過ぎず、ある程度の人口および経済規模の存在(注4)。

・多くの島国から構成(日本の縮図ともいえる)。

・都市部と農漁村部があり、山があり海に囲まれていること。

・都市交通などの制約や島間交通などの存在。

・産業の発展の制約などの存在。

沖縄県は本格的「特区」を創設する好地ではないだろうか
沖縄県は本格的「特区」を創設する好地ではないだろうか写真:アフロ

 沖縄県は、2014年5月1日付けで全域が国家戦略特区に指定され、現時点で当該制度に基づくメニューの規制緩和が活用できる状況にあるが、そのような「緩和」活用レベルの「特区」(従来の日本における「特区」のこと)ではなく、より自治的特権が担保され(国内の基本的法制以外はある程度自由に法整備もできるような環境の存在)、スタートアップなどの新規の産業や企業等に税の完全免除や大幅減税およびトライアルのための規模のある資金の提供、多様性を活かしながら多様な試みをする組織等への優遇税制や支援金、外国人材への特別なビザの提供など、日本の他の地域とは別の自治的な運営ができるようにすべきだ。

 変われず、凪的な今の日本だからこそ、新たにかつ大胆な「特区」を創り、多様なトライ・アンド・エラーを行い、日本の今後の可能性を見出し、生み出していくべきだ。

(注1)「いまさら聞けない 森友・加計問題とは」(日本経済新聞、2018年5月23日」)など参照のこと。

(注2)海外の特区については、次の記事等を参照のこと

「経済自由区域」(Invest KoreaのHP)  

「中国・韓国・台湾の税制、経済特区を解説」(multibook、記事更新日:2021年6月25日) 

(注3)筆者は、沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、政治的に超法規的につくられた組織であるが、ある意味「特区」ということができると考えている。この点に関しては、拙文「OISTの挑戦にみた日本変革のヒント」(Voice、2023年2月号)や「『総合芸術』的な国際研究機関『OIST』の全貌(上中下)」(ファーサイト、2023年3月24、25、26日)など参照のこと。

(注4)沖縄県の総人口は1,467,009人、総世帯数は638,469世帯(2023年6月1日現在)。また「沖縄県の面積は約2281平方キロメートルで、香川(かがわ)県、大阪府、東京都についで4番目に小さい県です。沖縄の地図を、那覇(なは)市と大阪市が重なるようにおいてみると、沖縄がどんなに広い海の中にうかぶ島々かということがわかるでしょう。東西約1000キロ、南北約400キロにもなる、広大な海域を含めた沖縄の面積は、本州、四国、九州を合わせた広さの半分にもなるのです。」(出典:沖縄県HP

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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