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レジェンド羽生善治九段、藤井聡太王将への挑戦権獲得は目前! 永瀬拓矢王座にも勝ってリーグ独走5連勝!

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月31日。東京・将棋会館において▲永瀬拓矢王座(30歳)ー△羽生善治九段(52歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は18時42分に終局。結果は94手で羽生九段の勝ちとなりました。

 羽生九段はリーグ独走の5連勝でプレーオフ以上が確定。藤井聡太王将への挑戦権獲得は目前という状況です。

 また永瀬王座は2勝2敗となり、今期挑戦の可能性はなくなりました。

定跡最前線で戦い続ける羽生九段

 永瀬王座先手で、戦型は現代最新の角換わり腰掛銀となりました。羽生九段は若い頃から変わらず、定跡最前線で戦い続ける姿勢を変えていません。

 本局は後手の羽生九段から動いて、激しい戦いになりました。

羽生「前例のある形だったんで、ちょっとやってみようと思ったんですけど」「ちょっと序盤の構想は調べてみないとわからないですけど、もしかしたら作戦としてあまりよくなかったかもしれません。ちょっと、まだわからないです」

 49手目。永瀬王座は角取りに金を立ちます。対して羽生九段は角を逃げず、歩を伸ばしてきました。

永瀬「(50手目の)△7五歩、ちょっと認識がなかったので。そうですね。認識がないとまずかったような気がします」

 永瀬王座の手が止まります。43分考えたあと、自陣端に角を据えました。

永瀬「(本譜の)▲1八角か(代わりに)▲2四歩などかなとは思ったんですけど。そうですね、攻め合いの将棋ですので、指し手が重要なのかな、と思いました。ちょっとどのぐらいか。△7五歩に対して▲1八角なので、ちょっとわるくなってもおかしくないのかなと思いました」

 羽生九段は角銀交換の駒損ながら、飛車先を突破してと金を作ります。60手目まで進み、盤上は早くも終盤の様相を呈しているところで昼食休憩に入りました。

羽生「お昼休み明けぐらいから、どういう展開になるのか、皆目予想つかない感じで。難しいんじゃないかなと思いながら指していました」

 昼休後も激しくきわどい戦いが続きます。

羽生「行きがかり上、しょうがないかなと思って指してたんですけど。うーん、なんかちょっと足らないんじゃないかと思って。ずっとそうですね。あまり自信ないまま指していました」

難解な中終盤

 73手目。永瀬王座は羽生陣に角を打ち込みました。持ち時間4時間のうち、残りは永瀬1時間47分、羽生1時間59分。羽生九段は1時間ほど考え、と金を作りながら桂を取って踏み込みました。

羽生「(自陣の受けに)手を入れる手も考えたんですけど、まあたぶんダメなんで。ただ歩、成っちゃうと、戻れない。なんか手が戻すことできなくなっちゃうので。それで長考ということになりました。まあしょうがないかな、と思って指してました」

 75手目。永瀬王座は羽生玉上部に角を引き成り、馬を作ります。羽生玉は上下から、永瀬玉は左右から、はさみうちの形。どちらが先に相手玉を詰ますことができるのかという寄せ合いに入りました。コンピュータ将棋ソフトが示す評価値では、羽生九段よしが示されていました。

永瀬「常に苦しいと思ってたので、ちょっと形勢判断がおかしかったかもしれないです」

 しかし攻防の手順もあって、複雑きわまりない終盤戦です。

 76手目。羽生九段は王手で角を打ちました。

羽生「ちょっと勝負手気味というか。あんまりあそこは自信なかったんで」

「王手」という言葉は一般社会において、目標達成まであと一歩という意味で、ポジティブに使われるようになりました。しかし将棋の実戦においては「王手は追う手」という格言もある通り、必ずしもいい手とは限りません。

 熟慮28分。永瀬王座は玉をかわします。ここでは永瀬王座の形勢がよくなっていたようです。

 80手目。羽生九段は相手の飛車の頭、タダで取られるところに銀を打ちます。これは攻防手。相手の飛車筋を止めて自玉の詰みを消しながら、相手玉に迫っています。

 永瀬王座は、自陣に打たれた銀を飛車で取ってしまうと、王手飛車の返し技があって負けです。一方、馬で羽生陣の銀を馬で取る手はどうか。もしそれで羽生玉に「詰めろ」が生じていれば勝ちです。

 考えること10分。81手目、永瀬王座は取れる銀をどちらも取らず、金取りに歩を打ちました。

永瀬王座、勝ちを逃す

 局後の感想戦では、終盤の変化が詳しく検討されました。

 永瀬王座の正着は、馬で銀を取る順でした。以下、永瀬玉は受けなしに追い込まれても、羽生玉には長手順の詰みが生じています。羽生玉は遠く永瀬陣にまで逃げ込んできますが、それでもぴったりと詰んでいます。

永瀬「そうですか・・・」

 永瀬王座はそう言ってのけぞりました。

永瀬「これ詰むんですか・・・。ああ・・・。そうなんですね・・・。そうなんですか・・・」

 変化は多岐にわたるものの、どれも羽生玉は詰んでいたことが確認されます。

羽生「いや、だから負けですよね。(馬で銀を)取られたらね」

永瀬「確かに詰んでれば勝ちかもしれないですか・・・。勝ちなんですか・・・。そうでしたか・・・」

羽生マジック炸裂! 2回の歩打ちできわどくしのぐ

 永瀬王座も前述の詰みを読み切る以外に勝ちがないと思えば、その順を読み切っていたのかもしれません。

 87手目。永瀬王座は飛車を羽生玉に近づけながら成り、龍を作りました。本譜で進めた順もまた勝ちに見えます。永瀬王座の時間の使い方からして、自信があるようにも見えました。

 しかし88手目。羽生九段がじっと3筋に打った歩が絶妙の受けでした。

永瀬「△3二歩がそうですね、自分の中でちょっと類型みたいなものがなかったので、素晴らしい手を指されたんじゃないかなと思います」

 驚くべきことに、これで永瀬王座の寄せが続きません。

 残り時間は48分。永瀬王座はそのすべてを使い切ります。しかしついに、勝ちは見つけられませんでした。そして相手陣の金を取ります。

 88手目。羽生九段は2筋に歩を打ちました。この2枚の歩の連打が絶妙の「羽生マジック」。永瀬王座からは駒を渡さない限り、羽生玉には詰めろが続きません。

羽生「なんか△2二歩と打って意外と寄らないんじゃないかと思いました」

 羽生九段はこれまでの輝かしい棋歴の中で、驚くような手を指し続けてきました。それは最善を追求した上での選択なのですが、観戦者の目にはもちろん、多くの場合には対戦者の目にも意外に映ります。本局での2枚の歩の連打でのしのぎはまさに「羽生マジック」と呼ぶべき、鮮やかな順だったのかもしれません。

 永瀬王座は金を渡して詰めろを続けます。これは形作り。94手目、羽生九段はもらった金を打って、永瀬玉に王手をかけました。永瀬玉は詰んでいます。永瀬王座が投了し、密度の濃い一局に終止符が打たれました。

 両者の通算対戦成績はこれで羽生5勝、永瀬12勝。羽生九段は苦手とする永瀬王座に勝ち、大きな関門を突破しました。

羽生九段、藤井王将への挑戦は目前

 ただ一人五十代の羽生九段。三十代、二十代の並み居る強豪を次々と連破し、プレーオフ以上が確定しました。

羽生「自分でも全然予想できなかったことなので。まあただ、また次の対局に全力を尽くしたいと思います」

 現段階で挑戦権獲得の可能性があるのは、羽生九段(5勝0敗)と豊島将之九段(2勝1敗)の2人だけです。

 今後の日程は以下の通りです。(▲=先手、△=後手)

11月7日

▲服部慎一郎五段(1勝2敗)-△糸谷哲郎八段(0勝3敗)

11月11日

▲豊島将之九段(2勝1敗)-△服部慎一郎五段

▲渡辺 明名人(1勝3敗)-△糸谷哲郎八段

11月14日

▲永瀬拓矢王座(2勝2敗)-△近藤誠也七段(2勝2敗)

11月15日

▲豊島将之九段-△渡辺明名人

11月22日

▲羽生善治九段-△豊島将之九段

△永瀬拓矢王座-▲服部慎一郎五段

△近藤誠也七段-▲糸谷哲郎八段

 最終戦を前に、豊島九段が服部五段か渡辺名人に敗れると、その時点で羽生九段の挑戦が決まります。

 最終戦では羽生九段と豊島九段の直接対決が残されています。

 もし羽生九段が勝てば、自身2度目の6戦全勝での挑戦権獲得となります。

 藤井王将に対して「永世王将」羽生九段が挑戦する七番勝負が実現すれば、大変なフィーバーが巻き起こることは、間違いありません。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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