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オーストラリア16歳未満SNS禁止法案をきっかけに考えた

竹内和雄兵庫県立大学環境人間学部教授
(写真:アフロ)

オーストラリア16歳未満SNS禁止法案

 オーストラリア議会は、2024年11月、16歳未満のSNS利用を禁止する法案を可決しました。この法案は、子どもの利用を禁止するのではなく、SNS運営会社に子どもが利用できないような措置を講じることを義務付けるものです。努力義務ではなく、違反した場合は、日本円で約49億円の罰金が科せられます。保護者や子ども自身への罰則はありません。

 さまざまな機会に、さまざまな人たちに、この法案について意見を求めた結果、ある程度方向性が見えてきましたが、最終的には、子どもたちの意見を集約して、この法案との向き合い方を決めたいと思っています。

 2025年2月9日(日)に、大阪(ドーンセンター)で、この種の問題を議論する「緊急サミット」を私たちの会で主催します、ここをいったん、ゴールとしますが、その前に、これまでの日本のスマホやネットについて、どういうルールが作られてきたか、私たちはこの種の問題をどう考えたらよいか、私見を書いておきます。あくまで、一研究者の私見です。異論があれば、ぜひお願いします。

【2010年頃~2018年頃】制限・禁止期

 子どもとネットについて、私たちの社会が注目し始めたのは、2010年頃です。マスコミでは「ネット炎上」「ネット依存」などの言葉が盛んに聞かれました。当時、私は寝屋川市教育委員会に勤務していて、子どもとネット問題にも取り組んでいました。2009年、市内中学校生徒会が集まって、「ケータイ三カ条」を作ったのが、この種の課題に市を挙げて関わった全国初の取組だったと思います。マスコミでも大きく取り上げられました。

 この頃の大人側の基本的スタンスは、ざっくり書くと「危険なネットから子供たちをできるだけ遠ざけよう」でした。「制限・禁止」が中心概念でした。2012年、大学教員になった私は、いろいろな自治体に協力して、年間30回程度「スマホサミット」等を開催し、ルールづくりに関わりました。

 「スマホは夜10時まで」「フィルタリングをかけよう」「知らない人とやりとりしない」などが当時の子どもたちが考えた「スマホ三カ条」の典型的な文言ですが、見事に「制限・禁止」しています。

 当時から私は、子どもたち自身の声を尊重してきました。「ピア・サポート」を中心概念として、研究活動に関わってきたこともあり、私が大人の代表になって、子どもたちに「制限・禁止」を推奨したら、良いものにならないことはわかっていました。大学生に協力してもらって、「大人の意向を忖度せず、自分たちの声を自由に発することができる環境づくり」を重視してきたつもりです。

 にもかかわらず、話し合いを重ねると、子どもたちが完成させた三カ条等のルールの文言が、このように「制限・禁止」をベースにしているのは子どもたち自身も、ネットの危険性を実感しているのだと思います。

【2019年頃~2023年頃】利活用推奨期

 政府がGIGAスクール構想を発表し、小学校1年生が学校で情報端末を活用するようになってから、社会全体の空気が一変しました。大人側の基本スタンスが「制限・禁止」から「利活用」に一気に振れました。

 この変化は急激で圧倒的でした。ある会議でいつもの通りの発言をしたつもりでしたが、主催者が仰々しくおっしゃったことを明確に覚えています。主旨は以下の通りです。

 これからは「子どもたちにネットを利活用させる時代」なので、危険性を前面に出すのはナンセンスだ。利活用の妨げになる言葉は使わないでいただきたい。「情報モラル教育」は、危険性を前面に出しているので古い。これからは利活用中心の「デジタルシチズンシップ教育」が主流だ。…こんな感じでした。

 私も全く同意見でしたが、言外に私の発言をたしなめているような雰囲気だっので驚きました。いうまでもなく、「情報モラル教育」「デジタルシチズンシップ教育」両方重要で、それほど違いがないと私は考えています。どちらも、子どもたちがネットを利活用するためのスキルや態度を培うたものものです。しいて違いを強調して書けば、「情報モラル=ネットの危険を十分に理解してネットを賢く使おう」に対して、「デジタルシチズンシップ教育=ネットを賢く使おう、ただしネットの危険も理解しておこう」、くらいでしょうか。順番が少し違う、程度が私の認識です。時代の空気を変えるために、当時のような大仰なパラダイムシフトを強調する必要があったのだろうと今では理解していますが、当時は心外な気持ちでしたが、ぐっとこらえていました。

【2024年頃~】模索期

 また、大きく時代が動き始めていると感じています。「制限・禁止」でもなく、「利活用推奨」でもなく、どのあたりに着地すべきか、社会としての試行錯誤が本格化しだしたと感じています。

 プロレスラーが、ネット上で誹謗中傷を受け、自殺された悲しいできごとくらいから徐々にそういうムードは醸成され始めていましたが、社会全体が、「ネットは便利だが、子どもたちに注意させることも必要だ」という機運が再び高まり始めているように感じています。

 アメリカの大統領選挙にフェイクニュースが影響を与えたり、岸田首相が卑猥な発言をするフェイク動画が拡散されたりと、ネットが国単位で大きな影響を与えたのも大きなきっかけだったと思います。

 私は、立場上、いろいろな省庁の官僚と話す機会が多いですが、彼ら発言からは、子どものネット問題を重要視されていることが明確に伝わってきます。警察庁は闇バイト、総務省は偽・誤情報、文部科学省はネットの長時間利用やネットいじめ…。省庁によって問題意識の中核に多少の違いはありますが、子どもとネット問題を重視していることは変わりありません。

 「情報モラル教育」か「デジタルシチズンシップ教育」か、といった小さな視点ではなく、子どもたちの生活全般、行動全般に関わる重要な課題として考えなければならないと痛感しています。

交通ルールと同じ

 日本ユニセフの方は「ネットルールは、交通ルールと同じ」とおっしゃいます。「道路は使わないことは不可能。ネットもそれと同じ」。明解です。警察庁によると、2023年交通事故死者数は2678人。3000人近くの貴重な命が失われても、「道路禁止令」は検討されません。私たちの社会が必要と思っているからです。明解です。

 赤ちゃんが道路を使う時は親にダッコされたり、乳母車に乗せられたりします。歩けるようになると手をつないで歩き、幼稚園くらいになったら、「手を挙げて横断歩道を渡りましょう」と教えられます。多くの小学校で警察官が交通安全教室を実施しています。社会全体で取り組む必要を感じているからです。

 ネットも同じです。私たちの社会が子どもとネットの問題と関わりはじめて、まだ20年くらいしか経っていません。試行錯誤が始まったばかりです。時が流れると、情報モラル、デジタルシチズンシップ教育論争も、試行錯誤の一部だったと理解されるようになるはずです。

 ネットは便利です。間違いない事実です。ネットは危険です。これも間違いない事実です。…しかし、残念ながら、私たちの社会は、子どもたちに安全なネット環境を提供できていません。ここで思考停止するのではく、便利と危険をバランスよくしていくための工夫を私たちの社会は求められています。オーストラリアの法案も、こういう一連の流れを理解したうえで考えないと、私たちの社会としての方向性を間違ってしまいます。今、重要な歴史的転換期です。

オーストラリアの決断の背景

 オーストラリアは、16歳未満のSNS利用を禁止する法案を可決しました。ネット上では賛否両論飛び交っています。オーストラリアがするからといって、日本がそれに倣う必要はもちろんありませんが、かといってオーストラリアの決断をナンセンスと切り捨てるのも失礼です。オーストラリアの大人が自分の国の子どもたちのために一生懸命考えて作った法律です。それはそれとして敬意を持って考えるべきです。

 重要なことは、オーストラリアの人たちの決断から、私たちが何を学ぶかです。世界的に見てもこの種の決断をするのは珍しくありません。古くは韓国が2011年、16歳未満の0時から6時のオンラインゲームを禁止しています。いわゆる「シンデレラ法」です。新しくはフランスは、2022年、デジタルコントロール機器への「ペアレンタル・コントロールサービス」の搭載を義務付ける法律を作っています。

 韓国の法律は、2021年憲法違反等の理由で廃止され、フランスでは、実際に活用しているのは半数に満たないという報告もあります。どこかの国が正解を持っているのはなく、どこの国も試行錯誤しているのです。

 「米国35州、子供のSNS利用制限へ 『中毒性』広がる警戒」 日本経済新聞(2024.3.28)の見出しです。こう見ると、オーストラリアの法案は決して、唐突なものではなく、世界の流れの中の1つだとわかります。

日本の大人はどう考えるべき? 

 今回のオーストラリアの法案は、どちらかというと、炎上や誹謗中傷に焦点が当たったものと私は理解していますが、ネットの長時間利用対策も重要な視点だと考えています。

 2017年厚生労働省の調査班が実施した調査では、「ネット依存の疑い」が認められたのは、中学生で12.4%でした。アメリカのネット依存の研究者が作ったスクリーニング調査を活用したもので、「はじめ意図したより長時間、ネットを使ってしまいますか」など8項目の質問に5つ以上「はい」と答えると、ネット依存の疑いがある、とされるものです。https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/tottori/2013102312/2014061132/27011299.pdf

 これと同じ調査を、2023年、私の研究室が17万人対象に実施しました。その結果、「ネット依存の疑い」は24.1%でした。6年間でほぼ倍増しています。同じ調査をして、倍増していることの意味は大きいです。理由はよくわかりません。子どもたちの生活スタイルの変化、親の養育態度の変化、コロナ禍の影響、など様々な要因が考えられます。実際は、様々な要因が複雑に入り混じっているのだと思います。重要なのは、理由はともあれ、急激な勢いで、子どもたちが変化している、ということです。

 厚生労働省の調査班は、2017年以降、調査を実施していませんし、国を挙げたこの種の調査は行われていないようです。そのため、私の研究室等が自治体等に働きかけて、17万人対象に調査を実施しているわけですが、まずは国を挙げた実態調査が必要だと考えています。

試されているのは私たち日本の大人です

 コロナ禍の影響は大きいと感じています。私の個人的な見解で、何かの調査結果に依拠しているわけではありません。コロナ禍前後で、不登校児童生徒の数は、文部科学省の2023年度調査では約35万人でした。2018年度調査で約17万人だったので、5年で倍増しています。コロナ禍の影響とする根拠はありませんが、少なくともコロナ禍前後で、子どもたちに大きな変化が起きている、とは言えるでしょう。

 WHO(世界保健機関)は、「ゲーム障害」を2019年に正式に病気に認定しました。逆に言うと、ゲーム以外のSNS等については、認定されていません。このあたりが、調査をしない根拠になっている可能性もあります。私は公の場で、「ネット依存」と発言し、「『ネット依存』という言葉は正式に認定されたものではないので、軽々しく使うな」とお叱りを受けたことがあります。以後、「ネットの長時間利用の弊害」と言うようにしていますが、WHOの認定を待たずして、私たちの社会として、子どもたちとインターネットの関係について調査研究を進めていく必要を強く感じています。

 試されているのは、私たち大人です。日本の子どもたちを守るのは、私たち日本の大人しかできません。

兵庫県立大学環境人間学部教授

生徒指導提要(改訂版)執筆。教育学博士。公立中学校で20年生徒指導主事等を担当(途中、小学校兼務)。市教委指導主事を経て2012年より大学教員。生徒指導を専門とし、ネット問題、いじめ、不登校等、「困っている子ども」への対応方法について研究している。文部科学省、総務省等で、子どもとネット問題等についての委員を歴任している。2013年ウィーン大学客員研究員。

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