95歳で逝った名バーテンダー、井山計一さんを偲んで。「コロナ禍が明けたとき、もう一回会いたかった」
山形県酒田市にある喫茶店「ケルン」のバーテンダー、井山計一さんは、いまから60年以上前にカクテル「雪国」を創作。その「雪国」は時代を超え愛され、いまやスタンダードな一杯として世界的に知られる。
生きながら伝説のバーテンダーとなっていた井山さんが、去る5月10日、95歳で天寿をまっとうした。各メディアで報じられたので、ニュースで触れられた方も多いだろう。
追悼の意味を込め、生前の井山さんの姿を収めたドキュメンタリー映画「YUKIGUNI」の製作者たちに話を訊くインタビュー特集。
撮影を担当した佐藤広一監督のインタビューの後編に入る。前回のインタビューは主に撮影時のことを振り返ってもらった。後半は撮影後の話から。
井山さんは映画のチケットの最高の売り子でした(笑)
撮影後も交流は続いていたという。
「井山さんのお店『ケルン』がある酒田と、僕の住んでいる天童は少し距離があるのでしょっちゅうというわけではないですけど、たとえばクリスマスパーティーとか、誕生日パーティーとかがあると、渡辺監督を通じてお誘いいただいて、ちょいちょいお会いしていました。
あと、別の仕事で近くまでいくことがあるとやっぱり『雪国を飲みたいな』と思って、お店に寄っていましたね。
それから余談になりますけど、『YUKIGUNI』『世界一と言われた映画館」が公開の際は、お店でチケットを売ってくれたんですよ。
手数料もとらずにけっこうな枚数をさばいてくれて、『ケルン』は最高の売り場で、井山さんは最高の売り子でした(笑)。
よくよく考えると、自身主演の映画のチケットを本人が他人に薦めて直接売るという、ちょっと酷なことをさせちゃったような気がするんですけど、これも井山さんらしいなと思いました」
「YUKIGUNI」を撮影していた2年半は、振り返ると晩年の井山さんの一番元気だったとき、一緒にいい時間を過ごせたかもしれないという。
「たまたまおととしの暮れに『ケルン』に行ったんですけど、井山さんがカウンターにいらっしゃった。
聞くと『実は退院して今日久しぶりにお店に立ったんだ』とおっしゃっていた。
ここ最近は、このようによっぽど体調が良い日以外はもうシェイカーを振ることのないようなことになっていたみたいです。
実は少し前に、井山さんを偲んで、『映画「世界一と言われた映画館」追悼 井山計一さん(本編未公開映像)』という動画をYouTubeにアップしました。
井山さんが愛用の自転車にのったり、話してる場面を1分半ぐらいにまとめものなんですけど、井山さんを良く知っている『ケルン』のスタッフの女性から言われました。
『わたしの中にある、井山さんのイメージって、2017年ぐらいのこのときの姿だ』と。
だから、このときが一番いわゆる井山さんがはつらつとバーテンダーをしていた最後のときだったのかなと思っています。
よかったらみなさんにも、短い動画ですけど、井山さんの元気な姿をみていただけたらなと思います」
井山さんは酒田にとって図書館以上といってもいいぐらいの知識の宝庫でした
こう語るように、佐藤監督は、『YUKIGUNI』で井山さんを撮影するとともに、自身の監督作品「世界一と言われた映画館」にも井山さんに出演してもらい、しばし時を過ごした。
「ちょうど『YUKIGUNI』の撮影の終わりのころに、『世界一と言われた映画館』の撮影を始めたんです。
『世界一と言われた映画館』は、かつて酒田に存在したグリーン・ハウスという映画館のドキュメンタリー。井山さんには映画館を知る証言者としてご登場していただきました。
というのも、井山さんはまさに酒田の生き字引で。ほんとうにあらゆることを知っている。
酒田を撮影したモノクロのフィルムが出てきて考証を井山さんにお願いしたんですけど、酒田駅で芸者さんが誰かを見送るような場面があったんです。
芸者さんが4~5人並んでいたんですけど、その全員の名前を井山さんは知っていた(笑)。『これはだれだれさん』とパッと名前が出てくる。もうびっくりしましたね。
たぶんもはや図書館でも調べがつかないようなことが井山さんの頭の中には入っている。
そういう意味で、井山さんは酒田にとって図書館以上といってもいいぐらいの知識の宝庫でした。井山さんしかわからない場面がいくつかあってほんとうに助けられました。
そういえば、お祭りのシーンがあって、酒田のお祭りっていうことで使おうと思ったら、『これ、鶴岡だよ』と断言されたこともありましたっけ。
なので、『世界一と言われた映画館』が正確で嘘のない作品になったと言い切れるのは井山さんのおかげです」
井山さんの創作したカクテル「雪国」は大好きな味でした
では、井山さんの創作したカクテル「雪国」の味は佐藤監督はどう感じたのだろうか?
「僕は大好きな味でしたね。
僕はだいたい『ケルン』に行くとまず最初に『雪国』を頼んで、2杯目はこちらも井山さんのオリジナルカクテル『プチシャトー』、そしてまた『雪国』で締めるっていう感じでした。
もっと飲みたいところなんですけど、さきほど触れたようにけっこう強いお酒なので3杯が僕は限度でしたね。
井山さんのおかげで『雪国』を知って、大好きになったんですけど、僕の地元の天童のバーのメニューには『雪国』がなかった。
だから、行くたびに、しつこく注文したんですよ。『作れるようになってくれ』と(笑)。
そうしたら、半年後ぐらいに、そのお店のマスターがメニューに『雪国』を入れてくれました。
それぐらい僕にとっては好きな味になりましたね」
95歳まで現役でバーテンダーってよくよく考えると信じられない
訃報に触れた際の心境をこう明かす。
「ご高齢ではあったのでどこか私自身は心の準備ができていて、いつかこういうときが来るだろうと思ってはいました。
けど、そう自分を納得させながらも、できればコロナ禍が明けたときに、もう一回ぐらい、せめて会いたかったなという気持ちはあります。
ただ、井山さんほど人生を濃密に生きた人って、そうそういないんじゃないかと思って。95歳まで現役でバーテンダーってよくよく考えると信じられない。自分がそこまで現役で仕事をしているかと考えると想像もできないですよね。
そう考えると、すごい人だったんだなと改めて思います。
そして、僕の場合、『YUKIGUNI』に続いて、『世界一と言われた映画館』でも井山さんを撮る機会に恵まれた。
『井山さんをカメラ越しにこんな長時間見ているのは、俺ぐらいじゃないか』と思うぐらい、相当な分量を撮影させていただきました。
それに嫌がらずにお付き合いしてくださった井山さんに感謝したいです」
映画「YUKIGUNI」
公式サイト http://yuki-guni.jp/
映画「世界一と言われた映画館」
公式サイト http://sekaiichi-eigakan.com/
「YUKIGUNI」の写真はすべて(C)いでは堂
「世界一と言われた映画館」の写真はすべて
(C)認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭