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「息子が同性愛者なら事故で死んだ方がまし」「労働党は撃ち殺せ」過激発言「ブラジルのトランプ」大統領に

木村正人在英国際ジャーナリスト
ブラジル大統領選に勝った自由社会党のジャイル・ボルソナロ下院議員(写真:ロイター/アフロ)

後退する中道リベラル

[ロンドン発]南米の大国ブラジルで10月28日行われた大統領選の決選投票で、軍事政権時代を称賛し、差別発言や過激発言を繰り返した「ブラジルのトランプ」こと自由社会党のジャイル・ボルソナロ下院議員(63)が初当選しました。任期は来年1月1日から4年です。

一方、ドイツのヘッセン州議会選ではアンゲラ・メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)と連立相手の社会民主党(SPD)が前回より10%以上も得票を減らしました。

極右の新興政党「ドイツのための選択肢」や90年連合・緑の党の躍進を抑えることはできませんでした。欧州連合(EU)の大黒柱であるメルケル首相の政権基盤は大きく揺らいでいます。

「BRICS」と呼ばれる新興5カ国の一つで、20カ国・地域(G20)のブラジルでも中道リベラルは後退、極右ポピュリストの大統領が誕生しました。世界中で中道リベラルはこのまま右派と左派の両極に敗れ続けるのでしょうか。

サンパウロ生まれのボルソナロ氏はブラジル陸軍パラシュート部隊の軍歴を持っています。1988年にリオデジャネイロの地方議員に選ばれ、政界に進出。今年1月にキリスト教社会党から自由社会党に鞍替えし、同党の大統領候補に指名されました。

その過激発言ぶりには、「魔法使いハリー・ポッター最大の敵ヴォルデモート顔負け」と呼ばれたドナルド・トランプ米大統領でも及びません。バラク・オバマ前米大統領をタガログ語で「売春婦の息子」と罵倒し、「フィリピンのトランプ」と呼ばれたロドリゴ・ドゥテルテ大統領と双璧をなすひどさです。

「労働党の支持者を撃ち殺そう」

ブラジル選挙管理当局の集計ではボルソナロ氏55.1%、労働党のフェルナンド・アダジ元サンパウロ市長44.9%です。

フランスの国際ニュース専門チャンネル「フランス24」からボルソナロ氏の問題発言を見ておきましょう。

「我々は労働党の支持者を撃ち殺そう(いつものジョークだと後で釈明)」

「独裁者が犯した過ちは拷問にかけたことではなく、殺してしまわなかったことだ」「ブラジルは独裁政権下で腐敗した3万人を射殺しておけば、随分、国家のプラスになっていた」

「私は息子が同性愛者なら愛することはできないだろう。私は偽善者にはなれない。息子が髭をはやした男と一緒になるぐらいなら、事故で死んだ方がましだ」

「彼女(労働者党のマリア・ドゥ・ロザリオ下院議員)はレイプされるに値しない。なぜなら彼女は醜いからだ。私のタイプじゃない。私は強姦魔ではない。強姦魔だったとしても彼女をレイプしない。それに値しないからだ」

「信仰が何にもまして大切だ。政教分離された世俗国家の歴史は存在しない。ノーだ。ブラジルはキリスト教国家だ。それに反する者は去ればいい。少数派は多数派に従うべきだ」

有権者の信頼失った政治腐敗と治安悪化

今回の大統領選を支持率の推移から振り返ってみると、2つの大きなポイントがあったことが分かります。

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元大統領のルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ被告が汚職とマネーロンダリング(資金洗浄)で禁錮12年の有罪判決を受け今年4月に収監。大統領選に立候補できなくなり、副大統領候補だったアダジ元サンパウロ市長が9月に大統領候補に繰り上げられることになりました。

後継大統領のジルマ・ルセフ被告も政治腐敗で弾劾され、失職。ルラ被告らとともに起訴されています。それでも労働党の大統領候補だったルラ元被告が一時は40%を超える支持率を集めていたことに驚きます。

ボルソナロ氏が9月6日、選挙活動中に腹部を刺され、重傷を負ったことも追い風になりました。大統領選の争点は腐敗一掃と治安の回復です。汚職とは無縁のボルソナロ氏は、犯罪抑止のため軍の活用や市民の銃所持を唱え、閣僚に多数の軍人を登用する意向を示しています。

1日に175人が殺される

ブラジルでは昨年、前年より3%多い6万3880人が殺害されました。1日に175人が殺されている計算です。人口10万人当たり殺人発生件数は29.9人から30.8人に増えました。

治安が悪いと言われる米国でも5人(2015年当時)。殺人事件が激増しているメキシコでも25人(昨年)に過ぎません。もはやブラジルは人権といったキレイ事を言って済ますことができる状態ではないのです。

ブラジルでは13年6月、サッカー・ワールドカップ(W杯)のリハーサルを兼ねて行われたコンフェデレーションズカップの最中、100万人を超える抗議活動が吹き荒れたことがあります。

「サッカーのスタジアムより病院にベッドを」「スタジアム建設に絡んで汚職が行われている」と市民が怒りの声を上げました。

バスや地下鉄の値上げを引き金に、政治腐敗、汚職、警察の横暴、悲惨な公共サービス、通貨安に伴う物価上昇、街頭犯罪、W杯への財政支出などへの不満が爆発し、デモは80都市に広がりました。

デモや暴動で、コンフェデ杯やW杯開催は「税金の無駄遣いの象徴」としてやり玉に挙げられたのです。

ブラジルは14年にサッカーW杯、16年にはリオデジャネイロ五輪・パラリンピックを開催しました。しかし残されたのは「腐敗のレガシー(遺産)」でした。W杯12競技場のうち6競技場が汚職捜査に対象になり、五輪のため建設された地下鉄でも不正会計の疑いが浮上しています。

結果ではなく原因を見よ

「ブラジルのトランプ」ボルソナロ氏が当選したのには理由があります。ブラジルの有権者が右傾化したのではありません。エスタブリッシュメント(支配層)が腐敗して信頼を失い、無為無策をさらけ出してしまったからです。

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経済協力開発機構(OECD)のデータを見るとブラジルのジニ係数は0.47と非常に格差が大きいことを表しています。犯罪多発の背景には格差と貧困の問題が横たわっています。ボルソナロ氏は腐敗一層と貧困者対策の「世直し」を唱え、当選した面もあるのです。

差別発言と過激発言で有権者の不満と嫌悪をあおってきたボルソナロ氏に本当に「世直し」が実行できるのか。有権者に唯一の選択肢として危険な賭けを強いてしまった元大統領らエスタブリッシュメントの罪はあまりにも重いと言わざるを得ません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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