元ガチンコ!の浜口が「痛バイク」に込める熱き思い
かつてTBS系列で放送されていた「ガチンコ!」という番組を覚えているだろうか?
TOKIOらが出演した人気番組「ガチンコ!」の中の企画で、レーサーとして鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)を目指す「ガチンコ!バリバリ伝説」という企画があった。
番組の出演者で、鈴鹿8耐にライダーとして出場した一人、浜口喜博(はまぐち・よしひろ、写真一番右のライダー)はそれ以来13年間に渡り、このレースに関わり続けている。
自らのチームを結成し、8耐へ
出演当時は25歳だった浜口も既に37歳になった。「ガチンコ!」の出演で、夢の鈴鹿8耐参戦を実現した浜口はその後、ライダーとして様々なチームを渡り歩き、年に1度の鈴鹿8耐に13年連続出場を果たした。
そんな彼は今、自ら運営するレーシングチーム「HAMAGUCHI RACING」を結成し、ライダー兼監督として、8耐に挑戦している。しかも、漫画とコラボレーションした「痛バイク」で!
漫画「ばくおん!!」とコラボしての鈴鹿8耐参戦
2013年、36回目の大会を迎えた鈴鹿8時間耐久ロードレースに、浜口のチーム「KTM HAMAGUCHI RACING」は漫画「ばくおん!!」とコラボレーションして参戦し、ネット上で静かな話題を振りまいた。
「ばくおん!!」は「月刊ヤングチャンピオン烈」(秋田書店)で連載されている漫画。バイクに魅せられた女子高生がバイク部に入部し、オートバイの免許を取得するところから始まる、バイクをテーマにした作品である。著者のおりもとみまな氏の描く「萌え」なキャラクターと「バイク」に対する深い造詣が産み出した作品になっている。
この漫画と浜口の出会いは2012年の暮れのこと。自らのチーム「HAMAGUCHI RACING」を立ち上げ、この年の鈴鹿8耐にオーストリアのバイクメーカー「KTM」とコラボレーションして参戦した浜口はバイクレースの世界を活性化させるべく、次なる企画を模索していた。
浜口:漫画とのコラボをずっと考えていました。新しいファン層の方にサーキットに来て頂きたくて。まず、自分たちのチームにキャラを立てたいと考えている時に、この作品の存在を知りました。
バイクをテーマに描いている漫画「ばくおん!!」の存在を知った浜口は自らアプローチをかける。そして、浜口の思いは伝わり、コラボレーションが実現。2013年春に、8耐参戦を発表した。これまでも「新世紀エヴァンゲリオン」など、漫画と2輪チームのコラボはあったが、4輪の痛車に比べると少数派の「痛バイク」でのレース参戦は予想以上の反響を呼ぶことに。
浜口:インターネットサイトなどで一般ニュースに取り上げられたりして反響があったのは、全然興味の無い人たちに見てもらうっていうのが僕らの第一歩だったので、狙いとしては良かったですね。あと、(漫画の)ファンの人たちが僕たちのチームのことを見つけてくれて、ファンの人が別のファンの人に情報を広げてくれるってのは、今まで無かったことなので驚きました。8耐に行ったことはないけど、凄いんだねってネット上に書いてあるのを目にして、僕らにとって憧れの舞台(8耐)は一般の人にとっても、今も憧れの舞台なんだということを実感できました。「ばくおん!!」が8耐を走る事をファンの方はとても喜んでくれたと思います。
ジャンルを超えた「HAMAGUCHI RACING」と漫画「ばくおん!!」のコラボは2013年の8耐で注目を集めるトピックスの一つになった。しかし、浜口はその反響の大きさの分、「自分たちも襟を正して行動しないといけないと思った」と語る。
カッコ良く、誰もやっていない事を
実は浜口は常に「バイクレースの世界をカッコ良く見せたい」という思いを持ちながらチーム運営を行っている。特にそれが表れているのがピットの作りこみ。2012年から使用しているバイク「KTM」のコーポレートイメージカラーに合わせてピット内をオレンジに統一。ワークスチームばりのデコレーションを施し、ピットの見栄えに徹底的にこだわるのも、浜口のアイディア。そして、それに共感した鈴鹿8耐チームマネージャーの青山賢治をはじめ、昔からの仲間達が集い、皆のモチベーションも「カッコ良く魅せる」という事とリンクしている。
また、「KTM」での参戦も異色の存在。KTMが8耐への出場を模索しているタイミングと自分のチームの立ち上げが重なった。順調に完走を狙うだけなら、実績のある国産メーカーのバイクで参戦するのが最も楽な方法。しかし、浜口は「どのチームも走らせていないから、これは逆にチャンスだ」と注目が集まる利点に着目し、KTMと共に8耐を戦う事にした。
KTMとばくおん!!、そして浜口の闘い
8耐の他、バイクの耐久レース選手権で走っているのは、そのほとんどが耐久レース経験豊富な日本製のバイクである。「HAMAGUCHI RACING」が選んだ外国車「KTM・RC8R」は8耐はおろか耐久レースへの出場経験が全く無かったマシンであり、レースは予想通りとも言える苦労の連続だった。2012年の鈴鹿8耐は残り1時間半でマシンが息の根を止めた。ライダーがピットまでバイクを押して戻り、修復を施してチェッカーを何とか受けるも、周回数不足で完走扱いならず。
そして、「ばくおん!!」と共に挑んだ2013年は、レース途中でフロントのアクスルシャフトのトラブルでタイヤ交換が不可能となり、別のマシンからフロント部分をごっそり移植する大作業を実施。かなり大掛かりな作業であったが、メカニックの懸命な作業とその後のライダーの好走で、174周を周回し、47位完走を成し遂げた。
KTMとの闘いはこれからも苦労を重ねて、一歩一歩、前へ進んで行くことになるだろう。
痛バイクで、フランスの耐久レースへ
浜口は2013年、新たな挑戦をした。それは鈴鹿8耐と同じロードレース世界耐久選手権の1戦、フランスの「ルマン24時間耐久レース」への挑戦だった。KTMのマシンではなく、地元ルマンのチームに相乗りする形で若手ライダーの藤島と共に参戦した。
チームが用意したスズキのマシンには「ばくおん!!」の作者、おりもとみまな氏書き下ろしのイラストが描かれた。フランスに日本独自の文化「痛バイク」を持ち込んだのだ。外国人からの注目は絶大だった。
浜口:何だ、これ?って感じですよね。向こうにはバイクにキャラが入るという発想がなかったみたいですが、日本のキャラクターっていうだけでみんなに喜んでもらえて。
フランスはアニメや漫画を通じて日本に対する憧れの念を抱く人が多い国。7月に開催された「ジャパンエキスポ」でも現地のコスプレイヤーたちがなりきりを楽しむ様子がネットやテレビでも伝えられた。浜口自身も、以前にルマン24時間レースの視察にフランスを訪れた時、高速道路の車窓から「漫画が描かれた巨大な看板」を目にする機会があり、これが痛バイクでのレース出場の発想に繋がったという。浜口は「これからも、いろんな世界に痛バイクを持って行きたいという思いがあって、今も準備をしているところ」だと語る。
レーサーを引退し、若手にさらなるチャンスを
初挑戦となったルマン24時間レース。残念ながら、浜口のチームは屈辱の予選落ちを喫してしまった。準備不足、経験不足も大いにあった。浜口はこれを機に自身の引退を表明した。今後はチーム運営に力を入れ、若手ライダーに走るチャンスを与えていきたいという。
そもそも浜口が自分自身のチーム「HAMAGUCHI RACING」を立ち上げた理由に、若手にチャンスを与えていきたいという思いがある。浜口自身はテレビ番組「ガチンコ!」の企画で8耐参戦へのチャンスを掴み、夢を叶え、有名になることもできた。彼は若手だった自分にチャンスを与えてくれた人への感謝を今も忘れていないという。
自分が人生の先輩方に育ててもらったように、今度は自分自身が若手に何かをしてあげる番が巡ってきたのだ。8耐では唯一のバイク「KTM」で走るのも、漫画とコラボして「痛バイク」で走るのも、フランスへ「痛バイクの文化」を持って行くのも、決して自分が目立ちたいからではない。全ては若手が夢を叶える場を作ると同時に、自分自身が子供の時に憧れて見に来ていた鈴鹿8耐の素晴らしさを多くの人に知って欲しいという思いがあるからだ。
2014年も「HAMAGUCHI RACING」は鈴鹿8耐に参戦を計画している。レースと痛バイクを通じた新たな未来を目指して、浜口喜博は今日も休む間もなく、企画書を持って、スポンサーを探して走り回っている。どうせ組むなら、こういう熱い男と組むのが良いと思う。
浜口喜博
1976年、三重県・四日市市生まれ。
15歳の時にモトクロスを始め、18歳でロードレースにデビュー。地方選手権を戦った後、TBS「ガチンコ!」の企画で参戦した2001年の鈴鹿8耐でプロデビュー。それ以来、鈴鹿8耐には連続出場。2006年〜07年はロードレース・カナダ選手権にも出場。2012年、自らのレーシングチーム「HAMAGUCHI RACING」を結成。2013年9月のフランスル・マン24時間レース出場を最後に鈴鹿8耐へはライダーとしての参戦を終了し、監督業に専念。米国ボンネビル・スピードウィークへの出場など新たな夢も抱いている。公式サイト
鈴鹿8耐
鈴鹿8時間耐久ロードレース。三重県・鈴鹿サーキットで1978年から開催されている伝統のオートバイ耐久レース。1980年からFIM世界耐久選手権の1戦として開催。毎年7月最終日曜日の午前11:30-19:30に8時間の決勝レースを戦う。出場台数は60台以上。公式サイト