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PC遠隔操作の片山被告が残した教訓

木村正人在英国際ジャーナリスト

パソコン(PC)遠隔操作事件が劇的な結末を迎えた。保釈中の片山祐輔被告(32)=威力業務妨害などの罪で公判中=が弁護団に「自分が犯人です」と起訴された事件すべてについて関与を認めたのだ。

片山被告は一貫して無罪を主張しており、常識的には保釈が認められるのは難しい。にもかかわらず、今年3月、東京高裁が片山被告の保釈を認めたということは「無罪」になる可能性が強かったということだ。

筆者は20代と30代、神戸と大阪で16年間、事件記者をし、刑事や検察官、弁護士、容疑者を朝から晩まで追い駆け回していた。

その経験から言うと、片山被告は限りなく「クロ」に近いが、公判を維持できるほど証拠はそろっていないと感じていた。

ロンドンでジャーナリスト向けのデジタル・フォレンジック(科学捜査)のコースに参加しているが、サイバー空間や片山被告のパソコンに残されたデジタルの足跡から片山被告の有罪を立証するのは不可能とみていた。

米海軍が開発した匿名化ソフト「Tor」を使えば、サイバー空間の足跡をきれいに消すことができる。マルウェアを植え付けて、PCを遠隔操作するのもそれほど難しいことではない。

こうした壁を突き破って、サイバー空間の真犯人を突き止める能力を持っているのは、スノーデン事件で悪名を世界に轟かせた米国家安全保障局(NSA)だけだ。

警察庁はPC遠隔操作事件の捜査で海外にも協力を求めたが、サイバー空間で犯人を特定するノウハウを米国から得ることはできなかった。

片山被告の姿をとらえた防犯カメラの映像も記憶媒体のついた首輪をネコにつけたというだけでは傍証にすぎない。

佐藤博史弁護士が強気だったのも「無罪」にできると確信していたからだ。

厳しい警察・検察批判を展開してきたジャーナリストの江川紹子さんの見通しの悪さを皮肉る書き込みがネット上に氾濫しているが、江川さんも「無罪」になると判断していたのだろう。

筆者もいずれ「無罪」判決が出ると思っていた。事実は小説よりも奇なりというが、その通りの展開となった。

筆者が16年間も事件記者をして得た教訓は、わずか20行(200字程度)にしかならない事件記事でも正確に書くのは難しいということだ。

一方、弁護士には常に根源的な問いが突き付けられている。

依頼者が明らかに嘘をついていることを知った場合、本当のことを言うよう説得するか、それとも意識的に騙され続けるかという問いだ。

嘘を告発した弁護士は、依頼者から懲戒請求を起こされるかもしれない。しかし、嘘が「殺人」に関わっていたとしたら、目をつぶった弁護士は良心の呵責に苦しめられることになる。

筆者は、記者も、刑事も、検察官も、弁護士も真実を追い求めて、賽の河原の石積みを続ける無名の徒だと思う。実際に被告人を裁けるのは裁判官だけだ。その裁判官にも「誤判」という落とし穴がある。

片山被告は保釈されていなければ「真犯人メール」を送ることも命取りとなるDNA付きスマートフォンを残すこともできず、かなり高い確率で「無罪」になっていた。そして、おそらく、その後に保釈され、今回と同じことをしていただろう。

警視庁捜査一課は「黒子のバスケ」事件に続き、PC遠隔操作事件でも執念の捜査で片山被告を陥落し、自らの罪を告白させた。サイバー空間の中から犯人が自己認知を求めて現実世界で足跡を残した瞬間を見逃さず、見事に「直接証拠」を押さえた。

グリコ・森永連続食品企業恐喝事件で「キツネ目の男」を逃したものの、恐喝犯が現金を取りに来た瞬間を逃さず、現行犯逮捕する捜査手法を確立させた警察の執念を思い起こさせる。

天網(てんもう)恢恢(かいかい)疎(そ)にして漏らさずという。天の網は目があらいようだが、悪人は漏らさずに捕まえるという意味だ。今回は刑事の石積みが真実を掘り起こしたということだ。

片山被告も心の底では、誰かが自分のことを止めてくれるのを待っていたと筆者は思う。もう、嘘をつき続ける必要がなくなった今は、ホッとしているのではないか。

片山被告にはせめてもの罪滅ぼしに、これからの法廷では真実を語ってほしい。なぜ、自分が誤った道を選んでしまったのか。それが類似犯罪を抑止することにもなる。

サイバー空間では、警察権力を向こうに回して、ロビン・フッドのように、日本風に言い換えれば石川五右衛門やねずみ小僧のように義賊的に振る舞う行為がもてはやされる傾向がある。善悪の垣根を飛び越える抵抗感がマヒしがちだ。これは片山被告の罪ではない。片山被告も犠牲者の1人にすぎないのだ。

「インターネットの自由」を間違った方向ではなく、より公正で幸福な社会を実現するために使わなければならないことを義務教育の中で徹底していく必要がある。第二の片山被告を出さない。それが私たちがPC遠隔操作事件から学ぶ最大の教訓ではないのだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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