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テキサス州の共和党が採択した「2024年政策綱領」が示す“トランプのアメリカ”の姿

中岡望ジャーナリスト
テキサス州の議事堂(写真:ロイター/アフロ)

【目 次】(総字数:8300字)

■誰がトランプ前大統領を支持しているのか/■深刻化する価値観を巡る“文化戦争”/■アメリカは「キリスト教国家」か?/■保守化するテキサス州の政治/■テキサス州共和党が採択した驚くべき「政策綱領」の内容/■テキサス州共和党は何を目指すのか/■既に「政策綱領」に従った政策が実施に移されている/

■誰がトランプ前大統領を支持しているのか

 大統領選挙の焦点は、バイデン大統領が選挙から撤退するかどうかに移っている。バイデン大統領が選挙運動を継続しても、敗戦が濃厚だという見方が一般的である。だが、より本質的な問題は、トランプ前大統領がなぜ根強い支持を維持し続けているのかである。トランプ前大統領は様々なスキャンダルを抱え、刑事訴訟に直面しながらも、彼の支持層に揺らぎはない。それを理解することは、現在のアメリカ政治の現実を理解することでもある。

 トランプは、2016年の大統領選挙で約6200万票(得票比率46.1%)を獲得して当選を果たした。2020年の大統領選挙では約7422万票(46.8%)の票を得たが、敗北している。アメリカの大統領選挙は州単位で行われる間接選挙で、有権者の過半数の票を獲得しても当選するとは限らない。州の選挙で勝利し、州に割り当てられている選挙人を獲得する必要がある。南部や中西部の保守的な州では共和党が圧倒的に強く、2024年の大統領選挙でもトランプ前大統領が選挙人の過半数を獲得する可能性が強い。

 ただ選挙はやってみなければ分からない。予想は外れるものである。むしろ大事なのは、なぜ有権者の46%、7000万人以上がトランプ前大統領を支持しているのかということである。

 トランプ前大統領の支持者は「MAGAグループ」と呼ばれる。トランプ前大統領の選挙スローガン「Make America Great Again」の頭文字を取った名称である。「MAGA運動」の主体は、白人労働者や保守的なキリスト教徒エバンジェリカル(福音派)である。高卒や大学中退といった低学歴の白人労働者と伝統的な社会観や家族観に固執するエバンジェリカルは、長い間、エリートから疎外され、無視され続けてきた。

 高学歴者は都市部に移り、低学歴の労働者は地方都市や農村に取り残されてきた。エリートの国際主義者(グローバリスト)が推進する国際化は、地方の雇用を奪い、多くの白人労働者は苦境に陥っていた。またエバンジェリカルは、神の存在を信じ、『聖書』に書かれていることは真実であり、『聖書』の教えに従って生きることが正しいと信じ、さらに進化論を否定することで、知識層の嘲笑の的であった。そんな彼らが発見したのは、トランプであった。粗野で非道徳的なトランプ前大統領は、選挙運動で“落ちこぼれ”層に語り掛け、彼らを「忘れられた人々」と呼んだ。ワシントンのエリートをグローバリストと批判し、社会的にも忘れられた人々の反エリート感情に訴えかけ、MAGA運動を「ポピュリストの運動」へと導いた。

 現在、トランプ支持の「MAGA運動」は共和党を乗っ取り、共和党の主流派であった伝統的な保守主義者を党から放逐し、今や共和党は「トランプの党」へと変わってしまった。エバンジェリカルと白人労働者が、共和党の州の地方組織を支配している。彼らは献身的にトランプの選挙運動に加わり、従来は投票しなかった白人労働者を投票所に動員している。彼らのトランプ前大統領に対する信認は圧倒的である。

■深刻化する価値観を巡る“文化戦争”

 アメリカは分断国家である。保守派とリベラル派のイデオロギーによる分断に加え、貧富の格差による分断、学歴による分断、地域による分断、宗教による分断など、複合的な断層の上にアメリカ社会は存在している。価値観を巡る争いも激化している。ABCニュースは「伝統的なアメリカの価値観の激変によって、特にキリスト教右派は怒りをもって逆襲を始めた。彼らは、国家がもはや自分たちや自分たちの価値観を代表していないと感じ始めている」と書き、分断に基づく「文化戦争」が始まったと説明している(2023年7月7日、「Culture wars: How identity became the center of politics in America」)。

 「文化戦争」の主役はエバンジェリカルである。彼らは、リベラリズムの大きな波の中で失われた伝統的な家父長制度に基づく家庭観の復興を主張する。1973年の最高裁が女性の中絶権を認めたことから、「反中絶」をスローガンに掲げ、政治に関与し始めた。特に1980年代に入ると、共和党と密接な関係を作り上げ、共和党組織へ浸透し始めた。現在では、エバンジェリカルは共和党の最大の支持者になっている。エバンジェリカルの支持を得なければ、共和党の大統領候補になるのは不可能である。

 調査機関Pew Research Centerは、「2024年の大統領選挙では、移民問題、人種的多様化問題、家族問題、犯罪問題、中絶問題が論争の対象になっている。これらの対立は一括して“文化戦争”と表現されている」と指摘している(2024年6月6日、「Cultural Issues and the 2024 Election」)。具体的な争点として、①移民問題、②ジェンダー、家族、中絶問題、③LGBTQ問題、④宗教的価値観、⑤犯罪と犯罪取り締まり問題、⑥銃規制などを挙げている。そして「これらの問題を巡ってバイデン支持者とトランプ支持者は大きく分裂している」と指摘している。彼らは「全く異なったアメリカ」を見ているのである。

 「中絶の問題」を見てみよう。バイデン大統領の支持者の88%は「中絶は合法であるべきだ」と考えている。これに対して、トランプ支持者の61%は「中絶は違法である」と答えている。その中には「全ての中絶を禁止すべき」が11%、「(レイプを除く)ほとんどの中絶を禁止すべき」が50%に達している。彼らはに、中絶は女性の選択権であるという主張は通用しない。中絶は殺人であり、『聖書』の教えに反すると考えている。

■アメリカは「キリスト教国家」か?

 同じく2023年のPew Research Centerの調査(「A Christian Nation? Understanding the threat of Christian Nationalism to American Democracy and Culture」)は、「キリスト教ナショナリズムの世界観に触発された右派と、人種的、宗教的な多様性を主張するアメリカ人の戦場に線が引かれている」と、アメリカの対立の状況を説明している。そして、エバンジェリカルが主張する「キリスト教ナショナリズム」が、白人至上主義、反黒人主義、家父長制支持、反ユダヤ主義、反イスラム主義、反移民、権威主義、暴力支持と結びついていると指摘している。

 同調査は、以下の5項目がキリスト教ナショナリズムの定義であるとし、それぞれについてアメリカ人の支持する割合を示している。

①政府はアメリカを「キリスト教国家」であると宣言すること(27%)

②アメリカの法律はキリスト教の価値観に基づいたものである(40%)

③アメリカがキリスト教の基盤から逸脱するのであれば、もはやアメリカではない   (39%)

④キリスト教徒であることは真のアメリカ人として重要なことである(30%)

⑤神はキリスト教徒にアメリカ社会の全般に渡って支配権を行使することを求

 めている(20%)

 この調査から判断すれば、アメリカ人の30%前後は「キリスト教ナショナリズム」の主張を支持しているのである。白人エバンジェリカルの64%は「キリスト教ナショナリズム」の信奉者である。

 さらに重要なことは、キリスト教ナショナリズムの信奉者が、共和党の最大の支持派であることだ。Pew Research Centerの調査は「共和党員の大半は自分をキリスト教ナショナリズムの同調者(33%)か、信奉者(21%)であると答えている」と指摘している。共和党員の54%がキリスト教ナショナリズムの主張を信じているのである。Pew Research Centerの別の調査(2022年10月17日、「45% of Americans say US should be a ‘Christian Nation’」)での設問「アメリカはキリスト教国家であるべきか」に対して、「イエス」と答えたアメリカ人は45%に達している。「ノー」は51%であった。現在でも45%のアメリカ人が、アメリカをキリスト教国家であると信じているのである。驚くべき事実である。

 トランプ前大統領もキリスト教ナショナリズムを支持している。2024年2月22日にトランプ前大統領は遊説でテネシー州ナッシュビルを訪れ、ホテルの大ホールの会場を埋め尽くした支持者1500人に向かって「この国にキリスト教倫理を取り戻すことが私たちの最大の使命である」と訴えかけ、大きな喝采を浴びた。

 こうした話が単なるお話に留まらず、現実になりつつある。テキサス州の共和党は、6月にキリスト教ナショナリズムに基づく「政策綱領」を採択した。そこには“トランプのアメリカ”の近未来の姿が描かれている。

■保守化するテキサス州の政治

 テキサス州の状況はアメリカ社会の未来の縮図である。かつては民主党が支配し、ジョンソン大統領を生み出した州である。現在は共和党が支配し、ブッシュ大統領を生み出した州である。アメリカの歴史の中でも特異な地位にあり、今でもテキサス州には「連邦政府からの分離独立」を唱える人が存在している。テキサス州の連邦からの分離独立を主張する「Texas Nationalist Movement」の活動家クラベ―ル・カマウ=イマニ氏は「テキサス州の独立は人類全体にとって良いことだ」と言う。分離独立派は、この運動を「TEXIT」(TexasとExitの合成語)と呼んでいる。同組織は昨年、「テキサス州の連邦からの離脱に関する住民投票の実施を求めるのに必要な10万人の署名の半分を獲得した」と発表している(『Texas Tribune』, 2023年11月15日、「Texas secessionists feel more emboldened than ever」)。10万人の署名を集めれば、分離独立の是非を問う住民投票が行われる。共和党の2022年の「政策綱領」にも、分離独立に関する住民投票の実施が盛り込まれている。

 テキサス州は人口がアメリカで最も増加している。10年毎に行われる国勢調査によると、テキサス州の人口は2010年から2020年の間に約400万人増え、総人口は2023年の推計では約3050人に達しており、人口数で全米第2位である。最大の州はカリフォルニア州で3897万人である。3000万人以上の人口を持つ州は、この2州だけである。人口増加の最大の要因は、他州からの移住である。次が海外からの移民、3番目が自然増である。多くのアメリカ人は、テキサス州に新天地を求めている。テキサス州は、アメリカ社会の成長のシンボルである。

 人種構成も将来のアメリカを示唆している。2020年の国勢調査では、テキサス州の人口の42.52%がヒスパニック系である。白人の比率は39.7%、黒人が11.8%、アジア系が5.4%である。テキサス州では、白人は既に絶対数で少数派になっている。2015年に国勢調査局は、2044年までに白人人口が過半数を割り込むと予測している。テキサス州では、2044年を待つまでもなく、ヒスパニック系が既に単独で白人人口を上回っている。テキサス州は、アメリカ社会の将来の姿を示す縮図である。

 テキサス州は宗教的な州である。Pew Research Centerが2014年に行った『Religious Landscape Study』によると、テキサス州の人口の77%がキリスト教徒である。その中で最も保守的で、共和党の最大の支持層であるエバンジェリカルは成人の31%を占めている。穏健な主流派プロテスタントは13%に過ぎない。成人の69%が「神の存在を“絶対的”に信じている」と答えている。19%が「神は存在する」と答え、4%が「良く分からない」と答えている。テキサス州の成人の88%が「神の存在」を信じている。『聖書』は「神の言葉であり、聖書に書かれていることは字句通りに受け取る」と答えた割合は47%に達している。

■テキサス州共和党が採択した驚くべき「政策綱領」の内容

 極めて保守的であり、宗教的なテキサス州の共和党は2024年6月7日に年次大会で「政策綱領」を承認した。50ページに及ぶ政策綱領は驚くべき内容で、保守派が支配するアメリカ社会がどんな社会になるかを予兆させるものである。『テキサス・トリビューン』は、「新しい綱領は、共和党がキリスト教ナショナリズムのようなかつては非主流派だった理論をますます受け入れるようになった中で発表された。キリスト教ナショナリズムは、アメリカの建国は神の定めによるものであり、アメリカの制度や法律は保守的なキリスト教的な見解を反映すべきであると主張している」と、テキサス州の状況を説明している。

 「政策綱領」の「前文」に次のようなことが書かれている。

 「神への信仰を肯定し、全ての人間は平等に創造され、創造主から奪うことのできない権利を授かっている。自然権の中には生命、自由、幸福の追求があるということを、私たちは自明のものとして信じている。世界中で人々は自由の機会を夢見ている。テキサス州の共和党は、その夢を擁護している。私たちは、神が私たちに与え、建国の父たちによって実施され、憲法に具体化された自由を守るために努力している。私たちは、人間の本質が不変であると認識している。さらに伝統的な家族がわが国の強みであると認識している。罪のない命を守り、責任ある市民に育成することは、私たちの厳粛な義務である。私たちは、経済的成功が自由市場原理に掛かっていると理解している。主権を維持できなければ、これらの理想を生きる自由を失う危険がある。2024年の選挙を通して、テキサス州の共和党は、この綱領を実現し、選出されたリーダーが認識と行動を通して、これらの真実を支持すると期待している」

 具体的な「原則」は以下の通りである。

1. 「自然法と自然神」を信じ、「独立宣言」の原文の文言と意図、及び合衆国  

  憲法とテキサス憲法を厳格に遵守する。

2. 神の形に似て創造された無垢な人間の生命の尊厳は、受精から自然死まで等し

  く保護されるべきである。

3. 個人とテキサス州はアメリカの主権と自由を守る。

4. 合衆国憲法とテキサス州憲法に列挙された項目に関して連邦政府の権限を制限

  する。

5. 個人の説明責任と責務を果たす。

6. 自然な男性と自然な女性の伝統的な結婚に基づく自立した家族を支持する。

7. 親が子供の教育についての選択の自由を持つ。

8. すべての人々が自分と自分の財産を守るための不可侵の権利を有する。

9. 政府の干渉や助成金に縛られない自由な企業社会を確保する。

10. 私たちは、自由を守り、社会に奉仕するすべての人を讃える。

 「政策綱領」には、州共和党は2025年と2026年の州議会で8つの分野での立法を目指すことを明らかにしている。

① 違法移民の侵略を撃退、抑止する法律を制定する。州土地安全保障省を設立

  し、不法移民を強制送還する。

② 投票登録の際に市民権を確かめるように選挙制度改革を行う。

③ 未成年を虐待、搾取、人身売買など性的な対象にすることを禁止する。

④ 州議会の委員会で民主党議員の委員長就任を阻止し、全ての委員会は共和党  

  が独占する。

⑤ 税金を使った政治的ロビー活動を禁止する。

⑥ テキサス州の電力生産と信頼性を高め、強靭なエネルギーの供給の完全性を

  確保する。

⑦ テキサス州の不動産の中国、イラン、北朝鮮、ロシアの政府への売却を禁止

  する。

⑧ 連邦政府の州への介入を終わらせる。

 こうした政策は、日本人が考える「リベラルなアメリカの終焉」を意味する。

■テキサス州共和党は何を目指すのか

 「政策綱領」のポイントは、「中絶を禁止する」「同性婚を否定する」「LGBTQの権利を制限する」「不法移民はアメリカの安全と主権に対する最大の脅威である」「不法移民の強制送還にあらゆる資源を投入する」「連邦政府の干渉を排除する」「投票権を制限する」「民主党を排除して、共和党の一党支配を確立する」「公立学校で聖書教育を義務付ける」「政教分離を廃止する」などである。さらに「州議会は州憲法修正条項を制定し、州全体の役職に選挙基準を追加し、郡の過半数の投票を含め、各郡に1票を割り当て、各郡の一般多数決の勝者に1票を割り当てるものとする」と、共和党の「一党支配」を実現するために、代議制民主主義を事実上終わらせる項目も含まれている。

 その他にも、「中絶は医療行為ではなく殺人である」「子供の性転換医療は児童虐待である」「南北戦争で戦った南部の英雄を讃える」「UFOに関する関連情報の開示を連邦政府に要求する」といった主張も盛り込まれている。「不法移民はアメリカの安全と主権に対する最大の脅威である」と言った主張もなされた。

 『テキサス・トリビューン』は、2024年5月28日に「テキサス共和党大会で共和党は霊的戦いを呼び掛ける」題する記事を掲載し、「共和党の代表者たちは、党に選挙プロセスに対する前例のない権限を与え、人々の生活にキリスト教をさらに浸透させる一連の政策を採択した」と書いている。共和党内でかつては影響力のなかった極右のサナントニオ・スティーブ・ホッツエという人物が「左派の『悪魔的な勢力』との霊的な戦いを求める叫びが党に受け入れられるようになったことをうれしく思う」と語ったと紹介している。

 かつては極右勢力として無視されてきた人物が、今や党の主流派になりつつある。同紙は「党大会の代表者は多くの敵と生存を掛けた戦いを展開しており、こうした政策は必要であることに合意した」と書いている。ダン・パトリック副知事は「リベラル派は神を国から排除し、政府が神になることを望んでいる」と、リベラル派の批判を展開した。ある議員は「私たちの戦いは生身の人間に対する戦いではない。天上での悪の霊的勢力に対する戦いである」と、リベラル派に対する「宗教戦争」の必要性を訴えた。ちなみに2022年の「政策綱領」には「アメリカはユダヤ・キリスト教原理に基づいて建国された」という条文が盛り込まれていた。

 また同紙は「この大会は、右派のキリスト教ナショナリズムが広範に受け入れられる状況の中で開催された。キリスト教ナショナリズムは、アメリカの建国は神に導かれたものであり、制度と法律は保守的なキリスト教の信念を反映されたものであると誤った主張を行っている」と、政治におけるキリスト教ナショナリズムの影響力の拡大を指摘している。ある共和党員は「共和党員であることと、キリスト教徒であることは同じことである」と語っている。党大会の議論の中で「代議員は議長と副議長に就任するためには『生物学的』に男性か女性を証明することを求めた」。すなわち、トランスジェンダーが議長や副議長に就任するのを阻止しようとしたのである。

■既に「政策綱領」に従った政策が実施に移されている

 「政策綱領」の政策は、「議論の段階」から既に「実行の段階」に移されている。その恰好の例が中絶に関することだ。

 最高裁が2022年に女性の中絶権を認めた1973年の「ロー対ウエイド判決」を覆して以降、テキサス州では妊娠6週間以降の中絶が禁止している。現在、同州では、医師が妊婦に死亡の危険があるか、身体機能に重大な傷害があると認めた場合を除き、中絶を行った女性は終身刑に科せられる。この2年間で中絶クリニックはすべて閉鎖されている。中絶が禁止される前、テキサス州では毎月平均で4400件の中絶が行われていた。最近では、月10件を超えることはない。中絶件数は99.89%減少している。中絶手術を行った医師は、医師免許を剥奪され、懲役刑が科せられる。

 州内で中絶手術ができないため、多くの妊婦は中絶手術を受けるため、中絶が合法的な隣接するニューメキシコ州に行っている。2023年には約3万5000人が中絶のために州外に行っている。一部の郡では、州外で中絶手術を行うことを禁止する条例を制定するところも出てきている。

 またテキサス州議会は2023年5月にトランスジェンダーに対する思春期阻害剤やホルモン治療を禁止する法案を可決し、知事が署名して2023年9月に施行された。同法を巡って訴訟が起こされたが、州最高裁は2024年6月に同法は合法であるという判断を下した。さらに同州では2023年6月にトランスジェンダーの運動選手が大学の競技に参加するのを禁止する法案が可決された。『テキサス・トリビューン』は「こうした法案は、キリスト教ナショナリズムが次第に受け入れられるようになったことに勇気付けられ、一部の保守派議員は、この法案がキリスト教ナショナリズムを公共の場に浸透させる国家モデルとなると信じている」と指摘している(2023年3月6日、「Texas lawmakers pursed dozens of bills affecting LGBTQ people in 2023」)。専門家は「テキサス州はトランスジェンダーと、その家族にとって、アメリカで最も危険で敵対的な場所のひとつになっている」と指摘している。

 2023年5月、テキサス州上院は、公立学校のすべてのクラスに『十戒』を教室の誰もが読めるようなサイズと書体で掲示することを求める法案を17対12で可決した。提案した議員は、法案の狙いを「失われた宗教の自由を回復させ、テキサス州の生徒にアメリカの基盤の重要性を思い起させる」ためだと説明した。ただ同法案は下院で否決された。

 それ以外にも宗教に関連する措置が相次いで承認された。学校が生徒や教師が礼拝や聖書勉強会に参加する時間を認める措置と、学校職員が勤務中に宗教的なスピーチや祈りをあげる措置を承認した。アメリカでは、最高裁判決で1962年以降、公立学校での礼拝や聖書勉強会は禁止されているが、テキサス州は最高裁判決を無視して、時間を逆転させようとしている。

 これが“トランプのアメリカ”の姿である。テキサス州の共和党指導部は「トランプ勝利に向けて戦う」と声高に主張している。トランプ前大統領が、大統領権限を拡大し、権威主義的な政府の樹立、行政での縁故主義の採用、不法移民の多量強制送還、中絶の禁止、政敵に対する報復を公然と主張している。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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