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PPAP等の大量勝手商標出願問題について整理してみる

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

PPAP等の商標登録出願をまったく関係ない人や会社(ここでは仮にB社と総称しましょう)が大量に行なっている件が問題となっています。実は、この件についてオープンな場で書くのはやめておこうと思っていました。やり口を事細かに書いて模倣犯が出てきたりすると問題だからです。

しかし、テレビや新聞等でも既に多くの報道がなされており、その中には必ずしも事実に即していないものも見られることから、ここで報道や掲示板でよく見られる誤りを訂正すると共に、簡単に状況を整理しておきたいと思います。

第一に、B社がPPAP等の商標権を取得したと書かれている記事が見られますが、これは誤りです。出願した段階であるに過ぎません。

日本の商標制度は審査主義なので特許庁の審査を経て、登録査定を受けて初めて権利が発生します。他人の使用を禁止できるとか、損害賠償を請求できるとかの話は商標権が発生した後のことであって、出願しただけではこのようなことはできません。

商標の審査は方式審査と実体審査の二段階で行なわれます(とくダネ!の字幕で「公式審査」と書いてありましたが「方式審査」の聞き間違いでしょう)。方式審査は書類に間違いはないか、料金は支払われているか等の形式上のチェックです。実体審査は、商標を本当に登録してよいかを商標法にしたがって判断する実質的なチェックです。

他人の名前や愛称等を関係ない人が勝手に出願してしまうという事件は今までもありました(たとえば、「阪神優勝」など)が、B社のやり口が今までと違うのは出願料金を払わずに出願している点です(これはテレビでも放映されてしまったのでここで書いてもよいでしょう)。商標出願には最低でも印紙代12,000円かかるので、何千件も勝手出願をするのは非現実的ですが、料金を払わなければ関係ありません。

料金を払わずに出願しても、方式審査ではいきなりは却下されず、ペンディングの状態がしばらく続きます(リアルに不注意で料金が不足していた場合にいきなり却下だと酷だからです)。このペンディングの状態を利用して、先に出願したのでこちらに権利があると主張するのがB社のやり方です。

日本の商標審査は先願主義なので後から出願した人(PPAPの場合で言えばエイベックス)の審査は先願があるため待ち状態になります(拒絶になるわけではありません、あくまでも待ち状態です)。B社が料金を払わなければB社の出願はいずれ却下になり、先願の地位がなくなりますので、後にされた出願は待ち状態が解消し、別の問題がなければ登録されます(エイベックスのPPAPの場合はほぼ確実に登録されるでしょう)。審査が遅れて迷惑は受けますが、B社に商標権を取られてしまうということはありません。

では、仮にB社が所定の料金を支払って実体審査に進めた場合はどうでしょうか?PPAPの場合で言えばおそらく商標法4条1項10号または15号により拒絶となるでしょう。

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

(略)

十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの

(略)

十五 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)

(略)

そして、B社の出願が拒絶になれば、先願の地位は消えますので上記と同様にエイベックスの出願が無事登録されます。

これ以外にも「国や地方公共団体の非営利事業と類似」「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある」「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称等」のように、明らかに商標権を付与してはまずいだろうという出願は商標法の規定にしたがい拒絶されます(万一、審査官が見落として登録されても、異議申立等で取り消しできます)。

さらに言えば、日本の商標法は、自分が使用することを前提に出願できる制度になっています。

第三条自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。(略)

出願時には、本当に使用するかのチェックは原則的にはしないのですが、どう見ても自分で使用するとは認められない場合(常識的範囲を超えて出願を行なっている場合等)には、それを理由に拒絶にできる運用となっています(それを認める判例もあり)。このあたりについては特許庁のお知らせに詳しく載っています。ということで、仮にB社が料金を支払っても商標権を得る可能性はきわめて低いと言えます。

冒頭に書いた理由によりこれ以上詳しくは書けないのですが、いずれにせよ商標制度の穴(というか親切規定)をついた迷惑行為と言えるでしょう。ここまで問題が大きくなってしまったので特許庁も何らかの対策を取っていただけることを期待しています。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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