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過重労働の教員が裁判で訴え、勝ち取ったこと:校長、教育委員会にはどんな責任があるのか

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
訴訟を起こした西本教諭はラグビー部の主顧問と卓球部の副顧問も務めていた(写真:アフロ)

大阪府立高校教諭の西本武史さんが、過重な業務により長時間労働を余儀なくされ、適応障害を発症したとして、大阪府に損害賠償請求した裁判。先日(6月28日)、大阪地裁の判決が出た。西本さんの主張がほぼ全面的に認められた。現役の公立学校教員が教育委員会、学校を相手に裁判に訴えるのは異例である(しかも、実名・顔も出している)。

私は教員の過労死、精神疾患等の訴訟や公務災害(労災)事案をかなりの数、収集・分析してきた。きょうは、西本先生の裁判、判決が学校と教育委員会にどのような意味があるのか、解説したい。

以下、事実関係は大阪地裁の判決文をもとに、認定されたものをベースにする。「」に囲ったのは判決文からの引用。なお、片方のみの主張に依拠する場合はその旨を明記する。大阪府は控訴しないことを決めたと報道されており、西本さんの勝訴が確定する。

■何が問題、争点となったのか

西本さんは、平成24年4月から府立高校教諭(その前年に講師経験)となり、平成28年度から当該高校に勤務。世界史の授業を担当するとともに、29年度は1年生の学級担任でもあった。部活動は28年度は卓球部主顧問とラグビー部副顧問、29年度はラグビー部の主顧問と卓球部の副顧問を務めた。ラグビー部では、土日祝日のほとんどは他校との合同練習などがあった。

これらだけでも忙しいが、生徒をオーストラリアの姉妹校へ語学研修派遣する仕事がたいへんな負荷となった。西本さんは平成28年度から国際交流委員会の一員となっていたが、平成29年度からは国際交流委員長となる。前任の委員長が28年度末で早期退職したこともあって、若手教員である西本さんは強い不安を感じながらも、引き受けざるを得なかった。生徒(約20人)の募集、金額の設定、滞在中のプログラムについての現地校との調整、引率など、業務は多岐にわたった。原告(西本さん側)の主張によると、現地校とのメールのやりとりは合計183通に及んだという。

写真はイメージ、豪州の公園の風景
写真はイメージ、豪州の公園の風景写真:アフロ

こうした過重な業務とプレッシャーのなか、西本さんは体調を崩し、29年7月下旬に産業医のクリニックを受診している。遅くともこの頃までには適応障害を発症していたと見られる。原告によると、この年の5月、6月頃から自殺願望が生じていたという。

裁判所が認定した西本さんの時間外勤務時間は、6月21日~7月20日:約112時間、5月22日~6月20日:約144時間、4月22日~5月21日:約107時間と、いわゆる過労死ラインを大きく超えるものだった。なお、休憩時間を潰してあたっていた業務や自宅残業などを含めると、もっと長時間になると見られる。

裁判の大きな争点となったのは、校長に注意義務(安全配慮義務)違反があったかどうかである。

安全配慮義務について少し説明すると、使用者は「労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務」を負っている。最高裁判例でも認められた法理で、民間(私立学校等を含む)はもちろん、公務員にも認められる。使用者とは、ここでは大阪府立学校なので府だが、労働者の健康を守る責務は、校長(ならびに教頭)も負っている。

本件と近い最近の例では、2014年に福井県の公立中学校の新任教員が自死したことについて、校長の安全配慮義務違反を認定し、行政に約6500万円の損害賠償を認めた地裁判決(2019年)がある。

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今回の訴訟に話を戻すと、校長に安全配慮義務が求められること自体には争いがないのだが・・・そもそも、安全配慮義務についてちゃんと知らない校長等も少なくないのが、この国の大問題なのだが・・・、本件で、義務違反があったとまで言えるのかどうかが争われた。

■府、学校側はどう主張したか

被告側はどう主張したか。判決文から引用する。

「校長が原告に対して授業の内容や進め方、部活動等指導の在り方、国際交流委員会の主担当者としての業務について具体的な指示をしたことはなく、原告は、強制によらず、自主的に校務等に従事していたものである。」

「労働基準法上の労働時間と同視することはできないから、これをもって業務の量的過重性を評価するのは相当でない。」

「原告の業務内容は、本来特に過重なものではなく、長時間労働の主な原因は、自ら望んで行っていた部活動指導及び、国際交流委員会での役割分担が効率的でなかったことによる。」

つまり、ざっくり要約すると、長時間仕事をしていたといっても、それは西本先生が好き勝手にやっていたことだし、仕事の進め方や分担、要領が悪かったからでしょう。校長はそうしろと指揮命令していませんよ。だから責任はありません。こんな論理であった。

西本先生の仕事はとても定時で終わるものではなかった。写真はイメージ。
西本先生の仕事はとても定時で終わるものではなかった。写真はイメージ。写真:イメージマート

「そんな理屈、通るのか?校長はなんのためにいるんだ?」と思われる読者も少なくないと思うし、私もそう思ったが、公立学校の場合、給特法という特別法があるので、校長が指揮命令できる業務と局面は限定されているし、なにが労働時間と言えるのかは、とてもややこしい制度となっている。

長くなるので、本稿ではこの問題にこれ以上立ち入らないが、こうした府側の主張に対して、大阪地裁は、注意義務(安全配慮義務)の履行の判断に際しては、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのが相当であり、「本件時間外勤務時間が、校長による時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することができないことをもって、左右されるものではない」と述べた。

つまり、校長の指揮命令のもとでなかったかもしれないが、ICカード(タイムレコーダー)により西本さんが長時間仕事していたことを校長は認識していたし、タイムレコーダーの記録上、時間外勤務が月80時間を超える人にはヒアリングすることなどになっていたことなどを鑑みると、過労死ライン超えの勤務時間記録をベースに考えるべきであり、西本先生には十分過重な負担があったと、裁判所は捉えたのだ。

■体調を気遣うだけではダメ

また、当時の校長は「体調は大丈夫ですか。」「仕事の進み具合はどうですか。」「仕事の配分を考え、優先順位をつけて効率的に業務を進めてください。」などの声掛けを西本さんに頻繁に行っていた。国際交流委員会の「しおり」の作成について、他の教諭に依頼したりもしていた。こうしたことから、安全配慮義務は果たしていた、と府・学校は主張した。

この主張も裁判所は退けた。少し長くなるが、大事な箇所なので引用する。

校長としては、声掛けや面談等を行うだけでなく、原告の業務負担を改善するための具体的な措置を講じる必要があったというべきであり、声掛けや面談等を行っただけでは注意義務を尽くしたとはいえない。」

「仕事に優先順位をつけて、国際交流の業務を役割分担して進めて欲しい旨アドバイスするにとどまり、原告の業務量自体を減らすものではなかったこと」から、「過重な業務負担の解消のために有効な配慮がされたとはいえない」。

また、西本さんは平成29年5月以降、自身の過重負担を校長に何度も訴えており、メールや自己申告書(人事評価関係の書類)が証拠として提出された。裁判所は次のように述べる。

「このままでは死んでしまう。」「もう限界です。精神も崩壊寸前です。」「成績も授業も間に合わない。オーストラリアに行く前に死んでしまう。」など、「追い詰められた精神状態を窺わせるメールを受信しながら、漫然と身体を気遣い休むようになどの声掛けなどをするのみで抜本的な業務負担軽減策を講じなかった結果、原告は本件発症に至ったものと認められるから」、「校長には注意義務(安全配慮義務)違反が認められる。」

■校長、教育委員会は、何をする人たちなのか

以上が、この事案と判決の概要である。読者、とりわけ、いま現在、校長をしている方や教育委員会関係者は、どう感じただろうか。

正直、ヤバイなあ(悪い意味で)と思った、肝を冷やした人もいるのではないか。

少し印象論となってしまうのだが、わたしが各地に訪問して聞く範囲では、

「先生、家族もおられますから、ある程度の時間で切り上げましょう」

「この頃夜遅いようですから気をつけてください」

「体調は大丈夫ですか」

などと声掛けをしている校長、教頭は多いが、具体的な負担軽減や業務分担の大きな見直しまでメスを入れている校長等は少ないのではないか。

つまり、西本先生が勤務していた高校だけでなく、公立、私立問わず、多くの学校では、労働安全衛生と安全配慮義務が履行されているとは言い難い現実がある。傍証としては、精神疾患による休職者は、ここ10年余り毎年5千人ほどで高止まりしたまま、減らない(公立学校についての調査)。しんどくなって退職した人(最悪のケースでは自死した人)は、この休職者数の調査にも上がってこないが、かなりの数に上る。

もちろん、これらがすべて使用者、校長の責任であると言うつもりはないし、校長もたいへんなことを、わたしはよく知っている。だが、教職員の命と健康を守る責務が校長には課せられていることを、多くの人に知ってほしい。

民間企業から遅れること数十年だが、やっとこの5、6年で、ほとんどの学校でタイムカード等で勤務時間の把握をするようになった(文科省が毎年教育委員会に調査している)。その記録すら、過少申告や虚偽の事例が多数報告されているから、まだまだ大問題なのだが(この実態は文科省は調査していない)、曲がりなりにも、校長ならびに教育委員会は、教職員の健康が悪化しかねないほど過重な状況にあるかどうか、モニタリングするようになった。

だが、かなりの学校で、記録をとっただけ、書類を教育委員会に送るだけ、となっている。「働き方改革なんて言ったって、早く帰れだの、かけ声だけ」と述べる教職員も多い。

学校はもちろん、子どもたちにとって、安全で安心できる空間であることが第一だ。だが、同時に、教職員の命、健康を守ることも同じくらい重要だ。

西本さんは、これから教師を目指す学生さんにとっても、少しでもいい環境をつくりたいという思いで裁判に打って出たという(7月2日の内田良先生のYouTube)。その尽力と今回の判決を、多くを学校現場と教育行政が学び、似たようなことが起きない、起こさないように、活かす必要がある。

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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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