香港の自由弾圧を正当化する巧妙な中国メディア宣伝の怖さ
香港の一国二制度を骨抜きにしたとして、日本をはじめ民主主義の社会からは悪名の高い香港国家安全維持法(国安法)が施行されてから明日6月30日で1年。中国共産党系のメディアは、国安法によって香港の日常生活が守られたと言わんとする記事を、香港市民へのインタビューという形式で報じた。
中国が得意とする巧みな宣伝の手法とは?
中国共産党のメディアが香港人をインタビューすると...
そもそも国安法が施行されるきっかけとなったのは、香港で続いた大規模なデモを抑えるためだった。中国本土に犯罪容疑者の引き渡しできるようにルール改正をしようとしたところ、中国の統制が強まることを嫌った香港市民がこれに反対し、集会やデモで意思表示をしたのだった。デモ隊の1部は過激化し、警官隊と衝突するなど死傷者も出た。
その国安法の施行から1年を前に「6人の香港人が国安法実施の1年を語る」と題する記事を報じたのは中国共産党系の新聞「環球時報」。ネット版の「環球網」は29日に掲載した。
記事は「1年前に国安法が正式に施行された日、“香港独立派”の組織が解散を宣言するなどし、多くの香港市民は、“再出発”を期待した。その期待通り、国安法は確かに変化をもたらした」という前置きから始まる。
そして実際に6人の香港市民をインタビューした、という体裁をとっている。
警察官に話を聞くと...
「国安法によって、同僚の身の安全を心配する必要なくなった」
そう話す1人目の取材対象者は、最前線に20年以上いるという警察官。
デモ隊の取り締まりに当たっていた頃は、家族の安全を心配し、子供の学校では保護者の職業を警察官とは書かずに公務員と書いたなどと、述懐している。
「国安法が出来てから、香港の警察は一国二制度を守る責任を一層意識するようになり、同時に中央を信じ国家を信頼するようになった」
「武漢肺炎」はもう使わない?
「色んなことがおきて、記者や編集者もだんだん国安法の重要性がわかるようになってきた」
こう話す2人目の取材対象者は、記者。
国安法以降、多くのメディアが言葉使いを変えたという。かつては「武漢肺炎」と呼んでいたが「新型コロナ肺炎」となった。報道の内容も変わったと話す。
「以前は中国共産党や愛国に関する話題を正面から報道するメディアはなかったが、今は違う。新しい世論の流れが起きている」
容疑者の中国への移送を可能にするルール改正を巡り市民による抗議集会が開かれた(香港2019年8月2日撮影筆者)
子供たちは中国の国家を歌うようになり...
「国旗や国歌を尊重しないというひどい状況は改善されました」
こう話す3人目の取材対象者は、中学校の校長。
国安法以前にはなかったが、生徒たちは今では中国の国旗を揚げ、中国の国歌を歌うようになった。民主派的な考えを持っていた教員たちは、全てが立場を変えたというわけでもないが、国安法以降は、堂々と立場を主張するようなことはなくなった。
一部には辞職や移民した教員もいたという。
取材相手は香港に住む中国人やその妻?
4人目は、大陸から来ている大学院生。
「二度と身の安全を心配する必要はないし、学校の中で自由に普通語(=マンダリン。大陸で使われる中国語。香港人は主に広東語を話す)を喋れるようになった」
5人目は、金融会社の職員。大陸から来た男性を夫に持つという。
「交通麻痺を心配する必要がなくなったし、“香港独立派”を見かけなくなった」
6人目は、時事問題の評論家なる人物。
「国安法では香港の再出発にはまだ不十分。更にルールやレッドラインを決めるべきだ」と主張し、こう続ける。
「反中国で香港を混乱させる分子の復活を抑え、いかに根源を取り除くかが中国と香港の未来の重要な仕事」
市民へのインタビュー形式で、客観的な事実のように見せているが、香港の情勢に関心を持つ日本の読者なら、普段、ニュースなどで見聞きしている印象との間にズレがあることに薄々気づくかもしれない。
かつてデモ参加者たちは何と言っていた?
国安法が施行される前、私も香港でデモの参加者を取材した。
「仕事への影響はあるかもしれないけど、自分の権利と自由の方が大事」
そう話したのは、公務員の立場でありながらデモに参加していた女性。
「北京が悪い。なぜなら一国二制度を破壊しているから」と堂々と言い放った男性もいた。彼らのような考えをもつ市民の声は、この記事には反映されていない。
中国でメディアは「党(あるいは政府)の喉と舌」と言われる。中国の考えや立場を「宣伝」するのがその役割である。
中国国内には情報統制があり、一般の人たちは自由に海外での物の見方やニュースに触れられるわけではない。恐いのは、多くの中国の人たちが普段何気なく目にしているニュースは、こうした「宣伝」が圧倒的に多いという実態である。