「就職率99%」のホントとウソと~DYM誤認表示騒動から考える
◆DIY・実際は15%なのに「驚異の96%」
就職率が高いか低いか。
これを受験生・学生や保護者が気にするようになったのは景気が悪かった1990年代以降です。その当初から、就職率の表示方法については怪しさ満点でしたし、私も2000年代に現職として働くようになってから、何度となく、この問題を指摘しています。
この就職率について、就職支援サービスを展開するDYM 社が27日、景品表示法違反(優良誤認)で再発防止などを求める措置命令を消費者庁から受けました。同社も、お詫びのプレスリリースを出し、この件がヤフトピ入り。話題となっています。
まずは同社の景品表示法違反についてまとめます。
対象となったのは、既卒、フリーター向けの「DYM就職」と「DYM新卒」という二つのサービス。消費者庁によると、同社は2020年6月以降、アフィリエイトサイトなどで「第二新卒・既卒・フリーターの方を優良企業の正社員に!!」「相談からの就職率驚異の96%!!」と表示するなどした。
しかしこの数値は同社が独自に算定した特定の一時点のもので、消費者庁が調べたところ、同社に相談した上で仲介を受けた企業に就職した人の割合は21年度で15%程度だったという。
DYMの担当者は取材に「再発防止に向けて社全体で取り組みます」と話した。(小泉浩樹)
※朝日新聞2022年4月27日19時配信記事「既卒者らの就職率「驚異の96%」実際は… 水増し広告で行政処分」より/同記事が4月28日午前からヤフトピ入り
既卒・フリーター向けの就職支援サービスをDYMが展開しており、その宣伝として「就職率驚異の96%」が使われていました。
が、実際に就職した人の割合は15%程度。
時事通信配信記事(4月27日19時配信「就活サイトで措置命令 「就職率96%」不当表示 消費者庁」)では、もう少し詳しく書かれています。
実際は、就職率の数字は同社が独自の方法で算定した一時的な最高値だったほか、正社員で就職としたものには人材派遣会社との雇用契約分も含まれていた。面接に書類選考が必要なものもあった。
ネット上では「水増しもいいところ」「水増しどころか水だらけ」など強い批判が並んでいます。
DYM社も27日にプレスリリースを公表しました。就職率については次のような説明をしています。
アフィリエイトサイトにおいて、以下の【表示期間】に、例えば「内定取得率95.8%」や「イベント参加者の 90%以上が内定獲得!」と表示するなど、あたかも本件イベントに参加した求職者のうち、企業から就職の内定を取得した者の割合が 95.8 パーセント又は 90 パーセント以上であるかのような表示をしておりました。
しかし、実際には 95.8 パーセント又は 90 パーセント以上という数値は、弊社が任意の方法で算定した、特定の一時点における最も高い数値でした。
◆「任意の方法で算定」で96%になったカラクリ
さて、15%がなぜ96%になったのか、DYM社は「任意の方法で算定した、特定の一時点における最も高い数値」としています。
朝日新聞・時事通信は「独自の方法で算定」としていますが、それはどのような方法だったのでしょうか。
筆者がDYM社に電話取材をしたところ、「担当者でないと回答できない、折り返すがいつになるかわからない」とのことで、期限までに回答がありませんでした。
プレスリリースに記載がなく、電話取材もダメ。
ただ、就職率ジャーナリストならぬ大学ジャーナリストとして、就職率のカラクリに20年以上、接してきた筆者はある程度、類推できます。
ヒントとなるのが、次の2点。
・弊社が任意の方法で算定した、特定の一時点における最も高い数値(DYM社プレスリリースより)
・人材派遣会社との雇用契約分も含まれていた(時事通信記事より)
まず、実際に正社員として就職できたのが15%程度(朝日新聞記事より)とあるので、仮に1000人がDYM社の就職支援サービス利用者、うち150人が正社員採用されたとしましょう。
150÷1000で15%となります。
このままでは96%との表示はいくら何でもできません。
そこで、1000人という数字を変えてしまいます。
たとえば、ですが、就職支援サービスの利用者から、マッチング面談を複数回受けた利用者とか。同社が実施している少人数座談会イベントを複数回参加した、とか。
内容はどうあれ、複数の項目を立てていけば対象となる数字はどんどん減っています。
これが朝日・時事通信記事やDYM社プレスリリースでは詳細は不明ながら「任意の方法で算定」ということなのでしょう。
そもそも、こういう就職支援サービスを利用して本気で就職したい、と考える求職者は面談やイベントなどを積極的に利用します。
一方、モチベーションの低い求職者はサイト登録だけ、とか、面談を1回受けて離脱、ということが珍しくありません。
あれこれ理屈をつけていけば、モチベーションの高い求職者だけとなり、その分だけ就職率は高くなるのが当然です。
方法はどうあれ、対象人数を1000人から313人にまで減った、としましょう。
ところが、正社員就職者は150人。
150÷313だと47.9%。
これでは宣伝となる就職率ではありません。
そこで、登場するのが「人材派遣会社との雇用契約分も含まれていた」(時事通信記事より)です。
この人材派遣会社との雇用契約分が150人。これに正社員採用の150人を合わせてカウントすれば、合計300人となります。この300人を分子、分母をあれやこれや理屈をつけて算出した313人だったとしましょう。
300÷313=95.8%
切り上げると96%。
これで、15%という実態が「驚異の96%」に早変わり。
就職支援サービスの利用者も増えていきましたとさ、めでたし、めでたし。
と、昔話のような終わりになる、わけがありません。
◆就職支援会社の表示は他も怪しい
バカを見るのは、「驚異の96%」を信じ込んだ求職者でしょう。未経験・フリーターでもDYM社のサービスを利用すれば正社員として就職できる、と思いきや、実は15%しか就職できないのですから。
今回、消費者庁から処分を受けたのも無理はありません。
もっとも、DYM社と同様に、未経験・フリーターを対象とした就職支援サービスを展開する同業他社がホワイトか、と言えばそうとも言い切れません。
DYM社と同様に、景品表示法違反となるクロ、とまでは言わなくても公明正大とも言いがたい、グレーの表記をしています。
A社:就職成功率80.4%
B社:エンジニアへのキャリアチェンジ率98%
C社:転職者の年収アップ率58%
※各社サイトより
いずれも「自社調べ」「×年実績」などの注釈が小さく出ているか、一切、注釈のない社もありました。
これらはいずれもDYM社と同じ、求職者や第三者はその数字が正しいかどうか、検証することができません。
なお、就職と言えば最大手となるのがリクルート。同社の就職支援サービスとして就職Shopがあります。
こちらはどうでしょうか。
登録者数10000社突破 利用者数延べ10万人以上 利用者の9割 20代
※同社サイトより
DYM社の「驚異の96%」やA社・B社・C社に比べればまだまし、と思うのは私だけでしょうか。
◆専門学校「就職率99%」も相当怪しい
この就職率の表示、怪しいのは就職支援サービスだけではありません。専門学校も相当問題です。
よく、私立大学の4割が定員割れ、などと少子化と合わせて批判されますが、それ以上に大変なのが専門学校です。
4年制大学の進学率は2005年44.2%だったものが、2020年には54.4%と10ポイント上昇(学校基本調査・過年度進学者を含む)。
一方、専門学校(正確には専修学校専門課程)の進学率は2005年19.0%→2020年16.9%と微減。
その結果、4年制大学の数は2005年726校→2020年795校と約70校増加。
専門学校(専修学校)は2005年3439校→2020年3115校と約300校、減少しています。
このデータから少子化の影響を受けているのは4年制大学ではなく専門学校であることが明らかです。
4年制大学以上に競争が厳しいのが専門学校であり、しかも、規制が緩いこともあって、その就職率の表示方法は玉石混交です。
同じ就職率99%と宣伝する専門学校でも、次のA校、B校、C校ではどうでしょうか。
A校 入学者1000人、卒業者800人、就職者792人
B校 入学者1000人、卒業者500人、就職者400人
C校 入学者1000人、卒業者300人、就職者100人
A校は、就職者792人÷卒業者800人で就職率99%。これは分かりやすいですね。
その点、B校は入学者1000人なのに卒業者が500人。残りは中退したか留年したかのいずれか。A校の脱落者は200人なのでこの時点でB校はA校よりも教育機関としていかがなものか、となってしまいます。
しかも、就職率は就職者400人÷卒業者500人だと80%となるはず。
それが就職率99%となるのはカラクリがあります。すなわち、卒業者500人のうち、就職希望者という定義を作り、その人数が404人。
400÷404で就職率99%となります。
では卒業者500人のうち、就職希望者とならなかった、残り96人は?
4年制大学への編入者、自営として独立、家業を継ぐ、他の専門学校に再入学など、様々。実際、こういう学生は一定数いるので、就職希望者に入らない卒業者というのは専門学校でも大学でも存在します。
ただ、この就職希望者という定義、学校側の都合でどうとでも変えられます。
例えば、2年生4月時点で就職を希望していた学生を「就職希望者」に入れた、としましょう。これがB校。
一方、C校は、2年生1月時点(卒業まで2カ月)で就職を希望している学生を「就職希望者」としています。この時点で就活を終えている学生がほとんど。そのため、2年生4月時点では就職を希望して就活していたものの失敗。1月時点では就活を断念し、ひとま卒業だけすることにしました。という学生をC校は「就職希望者」から外しています。
その他、あれやこれや理屈をつけて対象者を外していったところ、就職希望者は101人。
100÷101でC校の就職率は99.9%となりました。
しかし、内実を見ていくとどうでしょうか。同じ就職率99%、同じ入学者数1000人でも、内実は3校、大きく異なります。
卒業まで行きついたのはA校が800人と一番多く、就職者も792人とトップです。
このデータの内実を見ていけば、教育機関としても就職実績の点でもA校が一番、評価されるべきです。
しかし、実際には「就職率99%」で同一視してしまう高校生や保護者が少なからずいます。
◆背景には「2つの就職率」問題
では、どうして就職率の表示で「ウソではないけどホントでもない」ものが相次いでしまうのでしょうか。
その背景には、「2つの就職率」問題があります。
これをうまく利用したのが、とある専門学校(D校としておきましょうか)です。
私が同校のオープンキャンパスを見学した時のことです。「専門学校と大学の違いを徹底解説」と題するプログラムがありました。
教育・大学を専門とする筆者としては見逃せず、もちろん参加。
さて、このプログラムで登壇した専門学校の広報担当者は次のような説明をしていました。
4年制大学は就職率だと55.1%まで下がったこともあり、今も70%台でしかない。
一方、専門学校は就職率が常に90%台と高い水準にある。
こうしたデータから、専門学校は4年制大学より就職実績が高い、と言える。
大筋でこういう話をされていました。さて、この話、読者の皆さんはどう思われるでしょうか。
この説明、DYM社「驚異の96%」や専門学校B・C校と同じく、「ウソではなくけどホントでもない」ものです。そして、この背景には「2つの就職率」問題が見え隠れします。
まず、「4年制大学は就職率が55.1%まで下がったこともあり、今も70%台でしかない」、これは文部科学省単独による学校基本調査の「卒業者に占める就職者の割合」です。要するに就職率なのですが、こういうややこしい表記となります。
名前の通り、分母が卒業者、分子が就職者です。なお、各学校とも全数調査となっています。
調査時期は卒業後であり、公表時期はコロナ禍以降は12月となっています。
2003年には就職氷河期が一番ひどかったこともあり55.1%。その後、持ち直してからリーマンショックでまた低下。2011年以降は上昇に転じ、コロナショック前の2019年は78.0%。2020年は77.1%と微減しました。
文部科学省は学校基本調査とは別に、もう1つ、就職率を出しています。
それが、厚生労働省との合同調査による、就職内定状況調査です。
こちらは、分母が就職希望者、分子が就職者です。
調査は年4回(10月、12月、2月、4月)。そして、調査対象は全数ではなくサンプル調査。4年制大学62校、短大20校、高等専門学校10校、専修学校(専門課程)20校。
サンプル調査、かつ4月調査分以外は内定したかどうか、だからこそ「就職内定状況調査」なのです。
ところが、メディア等が就職率と表記するのはこの就職内定状況調査です。
筆者は、全数調査の学校基本調査と、サンプル調査、しかも「就職希望者」の定義があいまい(かつ、学校次第でどうとでもなる)就職内定状況調査、比較すれば前者の方がはるかに信頼できる、と考えています。
そのため、著作や記事等では、学校基本調査の数値を利用しています。
ただ、何も説明しないと、「うちの雑誌の就職率とデータが違う」など無用のトラブルを招いてしまいます。そのため、面倒と思いつつ、必ず「学校基本調査」「就職率(卒業者に占める就職者の割合)」などの注釈を入れています。
サンプル調査の就職内定状況調査は、まず、調査対象となる学校数が少なすぎます。大学だと、795校もある中での62校しか対象となっていません。
しかも、就職希望者というあいまいな定義であるため、この調査による就職率は例年90%で大きく変動しません。
2003年の就職氷河期に学校基本調査による大卒就職率では55.1%でした。一方、就職内定状況調査だと93.1%。2019年、コロナ禍前の売り手市場では、学校基本調査78.0%に対して就職内定状況調査は98.0%。
学校基本調査だと22.9ポイントも変動していますが、就職内定状況調査だと4.9ポイントしか変動していません。
さて、専門学校D校の「専門学校と大学の違いを徹底解説」と題するプログラム、注釈を入れていきましょう。すると、「ウソではないけど、ホントでもない」が明らかになります。
オープンキャンパス当日
4年制大学は就職率だと55.1%まで下がったこともあり、今も70%台でしかない。
一方、専門学校は就職率が常に90%台と高い水準にある。
こうしたデータから、専門学校は4年制大学より就職実績が高い、と言える。
注釈付き
4年制大学は【学校基本調査の就職率(卒業者に占める就職者の割合)だと(2003年に)】55.1%まで下がったこともあり、今【(2019年)】も70%台【(78.0%)】でしかない。
一方、専門学校は就職率【文部科学省・厚生労働省の合同調査による就職内定状況調査による就職率で、分母は就職希望者、分子は就職者】が常に90%台【2019年96.8%】と高い水準にある。
【ただし、4年制大学は2019年は98.0%で専門学校と同水準だった。】
こうしたデータから、専門学校は4年制大学より就職実績が高い、と言える。
【4年制大学の就職率は低く出やすい学校基本調査、専門学校の就職率は高く出やすい就職内定状況調査を使っている以上、当たり前の話なのだが】
専門学校D校の広報担当者がどこまで理解していたかどうかは不明です。ただ、配布資料の注釈には小さく「学校基本調査」「就職内定状況調査」と出ていました。おそらくは、分かったうえで使われたのでしょう。
他の専門学校が大学への優位性を説明するときはD校の説明とほぼ同じです。
【】で説明するべきものを出さずに大学を落とそうとしても、分かる人には分かる話。専門学校の信頼を自ら貶めている、と言わざるを得ません。こういうのはそろそろやめてはいかがでしょうか、専門学校関係者の方は。
◆大学・短大は正直にならざるを得ない
それでは、大学や短大はこの就職率の表示、どうか、と言えば、専門学校ほどひどくはありません。
いや、2000年代前半までは専門学校と同じくらい酷かったですけどね。
卒業者ベースの就職率で大学ランキングを作ろうとしたら「うちはこの数字しか出していませんから」と就職希望者ベースの数字を押し通したX大学とか、「卒業者ベースの就職率は無機質だが、就職希望者ベースのものには、学生とキャリア担当者の熱意が込められている」と意味不明なことを大真面目に論じたZ大学とか、いや、皆さん、様々な理屈をこねられていました。
ところが2011年から学校教育法施行規則の改正によって、大学・短大は法令上、教育情報データを明示することが義務化されました。
その結果、大学・短大では、そうそう無理やり感のある就職率表示はなくなりつつあります。
気になる方は、大学サイトを見る際に、「教育情報の公表(公開)」というページを探してみてください。
この中で「入学者数、卒業者数、就職者数、進学者数等」などの項目をクリックすると、詳細なデータが出てきます。
大学によっては、硬すぎるのか、それとも、あえて分かりづらくしているのか、「教育情報の公表(公開)」を「学校教育法施行規則172条の2に基づく情報公開」に、「入学者数、卒業者数、就職者数、進学者数等」を「教育研究上の基礎情報」などとしているところもあります。
さらに、大学によっては分かりづらく、大学のサイトには記載がなく、運営する学校法人サイトに掲載しているところもあります。
まあ、公表データを分かりづらく大学・短大ほど、入学状況や就職実績が苦戦しているのは言うまでもありません。
◆消費する側は賢くなるしかない
大学・短大は教育情報データを公表せざるを得ません。
とは言え、「ウソではないけど、ホントでもない」表示をする大学・短大はまだ一定数あります。
専門学校や就職情報会社も同様です。
では、大学・短大・専門学校への進学を控えた受験生やその保護者、あるいは就職・転職情報会社を利用しようと考えている求職者など、消費する側はどうすればいいでしょうか。
専門家として断言できるのは「就職率が高い=信頼できる」ではありません。
本記事で鬱陶しいくらい説明したように、いくらでも操作しようと思えば操作できてしまうのが就職率です。
しかも、大学によっては、国家試験合格率の表示などについても「ウソではないけどホントでもない」表示をやらかしています(詳細はまた別の機会に)。
数字が高いから信頼できるものではなく、その数字・そのデータを見たうえで内実はどうか、調べる、あるいは他校と比較する。そのうえで、その数字・データが信頼できるものかどうか、判断していくしかないのではないでしょうか。