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リンゴからO-157に感染、その理由と対策とは?

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(提供:イメージマート)

茨城のリンゴ園で、試食用のリンゴを摂取した3歳から80歳までの計12名が腹痛や下痢を訴え、O-157が検出された、というニュースがありました。

リンゴが特産の信州に住む者としても気になるニュースでした。

リンゴ園でO157、3人入院 試食の12人が症状訴え 茨城

O-157と言えば大腸菌で、生肉などから感染するイメージが強いかと思います。意外に思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし最近はお肉以外の食材を介した感染も報告されています。具体的にはポテトサラダ、キュウリ、ホウレンソウ、白菜などです。

どうして感染がおこるのでしょうか。また予防のためにどんな点に気を付ければよいでしょうか。

そこで今回はO-157を中心とする腸管出血性大腸菌(EHEC: enterohemorrhagic Escherichia coliの略)感染症についてお話します。

大腸菌は100種類以上存在する

大腸菌は広く自然界に生息し、人や動物の腸管の中に住み着いて、常在細菌叢を構成しています。実は大腸菌と一言で言っても、100種類以上と非常に多くの種類があります。その多くは病原性を示しませんが、一部の大腸菌では下痢などの消化管感染症を引き起こします。このような大腸菌を病原性大腸菌と呼びますが、さらに細かく分類されていて、血便を伴う下痢症状を起こす大腸菌を「腸管出血性大腸菌(EHEC)」と呼んでいます。このEHECも総称で、その中にいくつかの大腸菌が含まれています(ややこしいですね)。その代表的なものがO-157です。

加熱不十分な牛肉などから感染する

EHECの感染経路は主に食べ物からです。家畜、特に牛はEHECを保菌している可能性が高く、生肉や加熱の不十分な牛肉を食べることで感染します。

EHEC感染症は現在、日本で年間3000-4000人の感染報告があります(1)。かかると、3-5日ほどの潜伏期間のあと、腹痛と頻回の下痢で発症し、そのうち血便を伴うようになります。中には虫垂炎や腸重積(腸が重なって壊死する病気)を合併したり、腸に穴が開いたり(穿孔)することもあります。

血小板が減ったり腎不全になり死亡することも

この感染症の恐ろしいところは一部の患者さんで溶血性尿毒素症候群(HUS)という合併症を引き起こすことです。

HUSは下痢が発症してから3-10日後に、3-10%で合併するとされています(2) (3) 。典型的には貧血、血小板減少、急性腎不全の3つの重い症状を引き起こします。乳幼児と高齢者に起こりやすいとされ、特に小児の死亡率は3-4%と非常に高く、生存しても20-40%で腎臓の後遺症を残すとされています(4)。

子どもや高齢者は重症化しやすい

子どもで起こりやすかったり重症化しやすかったりする理由は、いくつかあります。まず、子どもは大人より免疫能が低く抵抗性が弱いことです。また、手指衛生などに対する理解が不十分なのに加え、学校などの集団生活の中で給食などから感染する機会もあります。

O-157を中心とする腸管出血性大腸菌は、わずか100個以下の菌の摂取でも感染が成立するとされ、過去にも多くの集団食中毒事例を引き起こしています。表にまとめてみました。

表:腸管出血性大腸菌による過去の集団感染

参考文献をもとに筆者作成
参考文献をもとに筆者作成

この表を見ると、あれ?と思われるかもしれません。

先ほど、腸管出血性大腸菌感染症は主に加熱が不十分な牛肉などが原因と書きました。でも、この表を見ると野菜なども原因と書いてあります。そればかりか、実は原因が特定されていないケースも少なくないのです。

感染原因でもっとも多いのは「原因不明」

日本食品微生物学会の報告では、EHEC感染症427件中、実に307件(72%)で食品が特定できなかったとされています(14)。原因が特定された117件のうち肉類や加工品が98件と最多ですが、次いで野菜が12件、井戸水が3件などとなっています。

実は表にも記載されているような規制強化の結果、たしかに加熱不十分な肉由来の感染は少し減少したのですが(15)、その分野菜が目立つようになりました。また食品が特定されていない事例も依然として多いです。つまりお肉をしっかり加熱することは非常に大事なのですが、それだけでは完全には防げていないということです。実際、今でも8月を中心に毎年3000-4000人の感染者の報告があります(1)。

原因が特定されにくい理由として、EHEC感染症の潜伏期間が4-8日と比較的長いことや、菌の数がわずか100個でも感染が成立することが考えられます。

野菜が感染の原因となる理由とは?

野菜を介して感染が広がる理由として、菌が家畜や野生動物の糞尿、たい肥、河川の汚染、下水や灌漑用水、農業技術者を介して野菜に付着する可能性が指摘されています(9)。

このことから、未加熱の野菜はO-157などに汚染されている可能性があるため、食べる前にしっかり洗浄されることが大事ということになります。まずは「加熱されていない野菜は汚染されている可能性」も念頭に、しっかり洗うことがリスクを減らすためにも重要というわけですね。

予防には3原則が大事

最後に食中毒予防の三つの原則をご紹介します。それは

  • <1>菌をつけない
  • <2>菌を増やさない
  • <3>菌をやっつける   

です。

当たり前で平凡なメッセージかもしれませんが、やはり基本はこの3点です。

まず<1>について。手には様々な雑菌が付いています。食中毒は人の手を介して広がっていきますので、調理前の手洗いは必須です。衛生環境に注意して、新鮮な原材料を使うことも大事です。野菜を調理する前に水でしっかり洗うことも大切です。<2>に関しては、食べ物を暖かいところに放置せず、「生鮮食品は冷蔵庫」のルールを守ることが大切です。<3>については、O-157などの腸管出血性大腸菌は加熱に弱く75度、1分以上の過熱で死滅するため、しっかり加熱することが重要です。

今回はO-157をはじめとする腸管出血性大腸菌感染症とその予防についてまとめました。ご参考になれば幸いです。

参考文献

1.国立感染症研究所. 感染症発生動向調査 2022年年報データ 腸管出血性大腸菌. IASR. 2023;44:67-8.

2.Croxen MA, Law RJ, Scholz R, Keeney KM, Wlodarska M, Finlay BB. Recent advances in understanding enteric pathogenic Escherichia coli. Clin Microbiol Rev. 2013;26(4):822-80.

3.五十嵐隆. 溶血性尿毒症症候群の診断・治療ガイドライン. 溶血性尿毒症症候群の診断・治療ガイドライン作成班, editor. 東京: 東京医学社; 2014.

4.Joseph A, Cointe A, Mariani Kurkdjian P, Rafat C, Hertig A. Shiga Toxin-Associated Hemolytic Uremic Syndrome: A Narrative Review. Toxins (Basel). 2020;12(2).

5.Riley LW, Remis RS, Helgerson SD, McGee HB, Wells JG, Davis BR, et al. Hemorrhagic colitis associated with a rare Escherichia coli serotype. N Engl J Med. 1983;308(12):681-5.

6.Kobayashi K, Harada K, Nakatsukasa M, Kanno I, Ishii T, Shimotsuji T, et al. A Retrospective Study on Hemorrhagic Colitis Associated with <I>Escherichia coli</I> O157: H7. Journal of the Japanese Association for Infectious Diseases. 1985;59(11):1056-60.

7.堺市. 堺市学童集団下痢症報告書 1997 [Available from: https://www.city.sakai.lg.jp/kenko/shokuhineisei/shokuchudokuyobo/hokokusho/index.html.

8.米川 雅. 【腸管出血性大腸菌O157集団感染とその対策】北海道帯広市で集団発生した腸管出血性大腸菌O-157感染症について. 公衆衛生研究. 1997;46(2):113-7.

9.川本伸一. 生鮮野菜の微生物安全性に向けた取り組み. Sunateec website. 2013.

10.磯部 順. 焼肉チェーン店を原因施設とする腸管出血性大腸菌による集団食中毒の概要. 日本食品微生物学会雑誌. 2012;29(2):94-7.

11.浅沼貴文 井渡他. 花火大会関連腸管出血性大腸菌O157 VT1&2集団発生事例:静岡市. IASR. 2015;36(5):80-1.

12.平井晋一郎、横山栄二、涌井拓他. きゅうりのゆかり和えによる腸管出血性大腸菌O157の集団食中毒事例―千葉県, 東京都. IASR. 2017;38:92-4

13.土屋 久, 桑原 由, 浅井 澄, 岸本 剛, 中島 守. 埼玉県熊谷保健所の腸管出血性大腸菌O157による食中毒事例への対応. 日本公衆衛生雑誌. 2018;65(9):542-52.

14.本多 亮, 浜村 麻, 佐原 啓. 腸管出血性大腸菌感染症の発生動向解析に基づく感染要因に関する考察. 日本食品微生物学会雑誌. 2023;40(3):87-91.

15.八幡裕一郎. 腸管出血性大腸菌O157散発例のリスクおよび発生動向. 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会資料. 2014.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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