「あぶない刑事」はプロ野球選手だった?タレントと選手契約を結ぶ独立リーグの苦しい台所事情
先日、音楽グループRepezen FoxxのDJだったGINTAが独立リーグ、ヤマエグループ九州アジアリーグの公式戦に出場し、話題になった。
すでに、先月27日に本人及び球団から北九州下関フェニックス入団が発表され、6月9日に北九州市民球場で行われた宮崎サンシャインズ戦に「一日監督」として指揮を執り、9対4とリードした7回裏1アウトランナーなしから、この試合すでに2安打していた1番指名打者の横山晴人の代打として登場。サードゴロに倒れたが、最後は一塁ベースにヘッドスライディングを試み、GINTA目当てで開場前から球場に詰めかけた熱心なファンたちを沸かせた。
しかし、それもつかの間、翌日には球団から「戦力外通告」が発表され、この「茶番」は幕を閉じた。
これについては、本来NPBを目指し、薄給の中日々努力している選手に失礼だという批判もあろうが、独立リーグもビジネス。各球団も先立つものがなければ事業を継続できない。つまりは独立リーガーが再チャレンジする場もなくなってしまうのだ。
過去にもあったタレントの独立リーグ参加
実は、タレントが独立リーグに参加するというのは、今に始まったことではない。
2016年シーズンには、お笑い芸人のサブロクそうすけ(当時の登録名はサブロク双亮)が四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツで主にリリーフとして9試合に登板し、勝ち負けはつかなかったものの、防御率1.98という数字を残している。
東京の名門・帝京高校では甲子園の舞台に立つことはなかったが、140キロ超の速球を投げる投手だったという。しかし、制球に難があったため、野球の道は諦め、芸人になった。
その後、プロ野球選手のものまねなどで芸人としての仕事が軌道に乗った後、一念発起し、アイランドリーグのトライアウトにチャレンジすることを決意。40歳を前にしての挑戦で、往時の速球は影を潜めていたが、リリーフとしての適性を見込んだマンダリンパイレーツが獲得を決め、見事「プロ野球選手」となった。
彼の場合、スポット参戦などではない「ガチ」での参加で、基本的に芸人としての活動より野球を優先。シーズン開幕当初は、ロースター外の練習生だったが、自力で選手登録を勝ち取り、チームの年間総合優勝に貢献した。
数字的にはそれなりのものを残したが、高校時代からの制球難は克服できず、投球回数を上回る四死球を与えた。本人も少年の頃からの夢を一応は叶えたところで自分に見切りをつけ、この1シーズン限りで独立リーグのユニフォームに別れを告げ、芸人の仕事に戻った。
お笑い界から彼に続いたのが、現在もルートインBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスに在籍しているお笑いコンビ・ティモンディのメンバーにして、俳優として大河ドラマにも出演経験のある高岸宏行だ。彼もまた高校球児だった。
先述のマンダリンパイレーツのお膝元の愛媛の名門・済美高校では投打の主力を務める「二刀流」選手だった彼は、NPBのスカウトも注目するほどのピッチャーだったという。140キロ台後半を記録した速球にNPBから誘いもあったが、より上位での指名を目指し、東洋大学に進学。しかし、3年時に肩を故障し、選手生活にピリオドを打ち、芸人の道を歩むことになった。
しかし、名門高校、名門大学出身の肩書は芸能界でも生きたようで、NPB球団に始球式に呼ばれることもしばしば。野球から離れている間に肩の故障も癒えたのか、140キロ超を連発する姿に、ベンチで見ている選手たちも驚きの声を上げていた。田中将大と同じ188センチの堂々たる体躯は、始球式に参加したタレントのそれではなく、本物のプロ野球選手と見紛うものだった。
そんな高岸に目を付けたのがゴールデンブレーブスだった。2022年7月、高岸の入団が発表された。トライアウトを経ての入団ということだったが、この時期はシーズン中。そうすけのように芸人側からの自発的な挑戦というよりは、話題性を求める球団と「プロ」の舞台に立ちたい芸人側の相思相愛による入団というのが真相だろう。
そのようなわけで、彼の場合は、芸能活動の合間を縫っての独立リーグ参加で、彼が登板予定の際には、球団から各方面に事前告知がなされる。140キロ台をバンバン投げ込む彼の方が、そうすけよりよほど戦力になると思われるのだが、数字的には高岸の方が悪く、昨年までの2シーズンの通算防御率は7.53、与四死球率もそうすけを上回り、3敗を喫している。今シーズンも4月末に先発したものの、3イニングしかもたず、敗戦投手となっている。年齢的にはまだ31歳と若いが、タレント活動の合間の選手生活では、ドラフト候補もそろう独立リーグでの活躍は厳しいようだ。
アメリカプロ野球に挑戦した芸能人たち
彼ら以前には、お笑い界の先輩である松村邦洋が、アメリカの独立リーグの舞台に立っている。1999年、当時32歳だった彼は、北米4大独立リーグのひとつと言われていたフロンティアリーグのカナダ球団、ロンドン・ウェアウルブズで1打席立って凡退に終わっている。
もっともこれはテレビ番組の企画で、これまた高校球児だった松村がアメリカプロ野球に挑戦するというものだった。高校時代も目立った実績のなかった彼が、独立リーグとはいえ、シーズン中のトライアウトに合格するはずもなく、ただそれでは番組的に困るというので、球団が1打席を用意したものだろう。テレビ局から球団へはそれなりの「取材協力料」も支払われていることだろう。
もっとも、アメリカの独立リーグでは、選手の身分を金で買うということは珍しいことではなく、球団もビジネスとそのあたりは割り切っている。
バブルの余韻がまだ残っていた時代には、さらなる大物が草創期の北米独立リーグの舞台に立っている。
1980年代から90年代にかけ、世の女性たちを虜にしたドラマ『あぶない刑事』が、映画としてリメイクされ、話題を呼んでいる。主役のひとりである御年72歳の柴田恭兵が横浜スタジアムでの始球式で年齢を感じさせない見事な投球を披露していたが、それもそのはず、彼は1994年、この年リーグ戦をスタートさせたテキサス・ルイジアナリーグのアレクサンドリア・エーシズでプレーした「元プロ野球選手」なのである。
当時彼は43歳。やはり松村同様、テレビ番組の企画として、「アメリカプロ野球」に挑戦したのだった。結果的には、中学までしか野球経験のなかった柴田の入団テストは不合格。しかし、やはりそれでは番組は成立しないということで、日当27ドルという条件で球団が1試合だけ契約してくれた。その見返りとして、相当額がテレビ局から球団の手に渡ったのは想像に難くない。
柴田はこの試合で4打数2安打という結果を残したらしいが、残念ながらアメリカのデータサイト、Baseball-Referenceには彼の名はない。一方、松村の名はちゃんと残っている。記録漏れの可能性もあるが、そもそも柴田が出場した試合は公式戦ではなかったのかもしれない。私はリアルタイムで両者が「アメリカプロ野球」に挑戦した番組を見ているから、ともにフィールドに立ったことは間違いないのだが、そのあたりの真相は定かではない。
冒頭で紹介したGINTAも高校時代は野球に勤しんでいたという。彼にとっては、フェニックスでの選手体験は貴重なものになったはずだ。もっとも、プレーの動画を見る限りは、「戦力」にはなっていなかったようだが。
タレントを入団させて話題性をもたせようという、選手の育成とは真逆の発想から来た今回の「イベント」をどう捉えるかは人それぞれだが、とにかく球団が存続せねば、育成もできないのも事実で、そこに独立リーグ球団運営の難しさと面白さが同居している。