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侍ジャパンに果敢に挑んだ日本初見参のベネズエラ、「グリンゴ」へのリベンジは果たせず【プレミア12】

阿佐智ベースボールジャーナリスト
侍ジャパン戦に臨むチーム・ベネズエラ

 第3回目の「世界野球」プレミア12は大方の予想に反して、侍ジャパンの連覇はならず、台湾の初「世界制覇」で幕を閉じた。

 ナンバーワンのグローバルスポーツと言われているサッカーに比べ、とかく地球規模では「マイナースポーツ」と揶揄される野球だが、21世紀に入って以降、プロ参加の国際大会が増えたことにより、日本のファンにも世界には多くの野球国があることが知られるようになった。

 そんな中、今大会でベネズエラが史上始めて日本にやってきた。

 この国は、サッカーが優勢な南米にあって唯一と言っていいほど野球がナンバーワンスポーツの地位を保っている国である。国内のウィンターリーグは、ドミニカプエルトリコ、メキシコとともにカリブ野球連盟を結成し、毎年各リーグのチャンピオンによる国際シリーズ、「セリエ・デル・カリベ」を開催しているが、今年のシリーズではティブロネス・デ・ラグアイラがベネズエラ勢として15年ぶりの優勝を飾った。このシリーズでは補強選手制度が採用され、各国ともナショナルチームに近い陣容で臨むため、今回のプレミア12のメンバーの多くは、このシリーズの優勝メンバーである。

今年の2月に行われたセリエ・デル・カリベの優勝メンバーのひとり、フランシスコ・アルシア(メキシカンリーグ・ヌエボ・ラレド)
今年の2月に行われたセリエ・デル・カリベの優勝メンバーのひとり、フランシスコ・アルシア(メキシカンリーグ・ヌエボ・ラレド)

 などということを知っている人は世界野球によほど詳しい人で、ベネズエラと言えば、一般の野球ファンにはホセ・オスナ(ヤクルト)に代表される助っ人たちの母国としてしか捉えていないだろう。その割にはプレミア12や五輪野球でその名を聞くことがあまりないのは、好選手たちが次々とメジャーを目指して北米へ旅立って行くからである。そのため、今回のチーム・ベネズエラの多くは、今シーズンをメキシコで送っていた。メジャーの舞台に立った経験のある者も少なくはないが、つまりは、現在においては、その場には立てないものの集まりなのである。

 それでも、国際大会という点においては、毎年セリエ・デル・カリベが行われ、中米カリブ大会などの地域スポーツ大会も存在する中南米カリブ野球は、ナショナルチームでの活動も多く、国を背負って戦うという選手の意識は高い。今回のプレミア12でも、そのナショナリズムの高さがフィールドからも十分伝わった。

シーズン中は世界各国に散らばり、オフにはウィンターリーグでともに切磋琢磨するベネズエランたち。母国に対する思いは強い。
シーズン中は世界各国に散らばり、オフにはウィンターリーグでともに切磋琢磨するベネズエランたち。母国に対する思いは強い。

 しかし、やはりメジャーリーガーがいない国際大会への参加となると、ベネズエラはどうしても苦戦する。今回のメンバーの中心は、メキシカンリーグ所属の選手であった。日本のNPB、韓国のKBO、台湾のCPBL、そしてメキシカンリーグというMLB以外の各国トップリーグの選手にマイナーリーガーが参加するこの大会において、メジャー経験を持つとは言え、メキシカンリーグの選手中心の陣容ではやはり戦力不足は否めない。その上、国内のウィンターリーグもこの大会への所属選手参加に積極的ではない現状に、やはりベネズエラもチーム編成は難航したと、オマル・ロペス監督も記者会見で告白していた。その現状においてベストに近い陣容をそろえたというロペス監督は、「メダルには届かなかったが、あまり高い期待をされない中結果を出した選手たちのチームスピリットを誇りに思う。気分良く終われた」と様々な事情がありながらもこの大会に馳せ参じた選手たちに賛辞を送った。

会見ではひとつひとつ重みのある言葉を残していたオマル・ロペス監督は昨年のWBCでもチーム・ベネズエラを率いた。
会見ではひとつひとつ重みのある言葉を残していたオマル・ロペス監督は昨年のWBCでもチーム・ベネズエラを率いた。

 このチームは四強に残ったどのチームよりボロを纏っていた。他の3チームのユニフォームやキャップと違い、このチームのそれは見るからに安物の布地にシールを貼り付けたものだった。また、練習用のボールが足りないのか、試合前のベンチ前ではプラスティックのボールで外野手の捕球練習が行われていた。

 プロレベルの野球が行われている中南米諸国にあって、とりわけベネズエラは経済状況の悪い国である。そこからくる治安の悪さに耐えかねて母国から去るベネズエランは少なくない。野球選手も同様で、5年前にはMLBは傘下の選手がこの国のウィンターリーグでプレーすることを禁じている。そのため、その年のセリエ・デル・カリべに出場したカルディナレス・デ・ララのロースターはメキシカンリーガーとフリーエージェントで占められていた。現在はその禁止事項は解除されてるらしいが、そのどん底からのカリビアンチャンピオンへの「V字回復」は、ベネズエラ国内だけでなくフロリダに移住したベネズエランの熱狂を生んだ。それもあってだろうか、母国メディアが東京ドームを訪れ、チーム・ベネズエラを熱心に取材していた。そして、各試合後の共同記者会見は日本語と英語で行われたのだが、母国メディアからの質問には、英語でのコメントの後、必ずと言っていいほど監督、選手ともスペイン語のコメントを残していた。

代表チームを取材するベネズエラメディア
代表チームを取材するベネズエラメディア

 彼らのほとんどは英語を流暢にあやつる。ベネズエラを離れ、アメリカに住んでいる者が多いからだ。政情不安と貧困に苛まれるこの国のベースボーラーにとって、「プロ野球選手」とは、母国からアメリカ行きのチケットを意味する。しかし、彼らが完全に「アメリカ人」になることはない。これは多くのラテンアメリカ諸国に共通することだ。アメリカの豊かさに憧れながらも、母国に対するアイデンティティは消えることはない。そして憧れの対象であるアメリカに対しては複雑な感情を抱いている。彼らラテンアメリカ人はアメリカ人たちを「グリンゴ(白人)」と呼び、秘めた敵対心を抱いているという。政治経済では叶わぬ相手に対し対抗できる手段が野球というスポーツなのである。

ネット裏でベネズエラ代表チームに声援を送っていたペレス監督のファミリー
ネット裏でベネズエラ代表チームに声援を送っていたペレス監督のファミリー

 ネット裏の関係者席でフィールドに声援を送っていた一団に声をかけると、オマル・ロペス監督の家族だった。侍ジャパンを規律のあるチームだと絶賛し、ベネズエラにはないドーム球場に驚嘆の声をあげていた。ベネズエラでも近年、新スタジアム建設のうねりが起こり、ここ数年で首都カラカスエリアに2つの新球場が開場している。それに話を向けたが、彼らの反応は鈍かった。やはり彼らもフロリダに住んでおり、母国の事情にはうといのである。ラテンアメリカ野球、というよりラテンアメリカ社会のひとつの現実がそこにはあった。

 今大会、ベネズエラを応援するファンは少なかった。選手の縁者以外には、日本在住のファンがいたくらいだ。仙台に住んでいたこともあり現在は楽天イーグルスのファンを自称する首都カラカス出身の彼は、久々に見る母国代表チームに毎試合声援を送っていた。

東京ドームにかけつけた在日ベネズエラ人のファン
東京ドームにかけつけた在日ベネズエラ人のファン

 今大会は台湾が「大番狂わせ」で優勝を遂げた。メジャーリーガ―が参加しない中、侍ジャパンの実力は他国を圧倒していると言っていい。しかし、短期決戦の国際大会においては「勝ったものが強者」である。「打倒侍ジャパン」を目指す国が増えていくことでこの大会はさらなる盛り上がりを見せることだろう。その先には、「野球の母国」の本気も見えてくるかもしれない。

 台湾の躍進が目立った今大会だが、そのチャンピオン・台湾を下し、日本、アメリカと互角に渡り合ったベネズエラにはメダルに代わって「敢闘賞」を送りたい。

(写真は筆者撮影)

 

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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