Yahoo!ニュース

究極の「親子鷹」。球児を子にもつ実業家と「体の使い方」のプロが編みだした「野球選手育成メソッド」

阿佐智ベースボールジャーナリスト
ジムを立ち上げた宮崎氏(左)と「体の使い方」のプロ、笹野トレーナー(右)

「氏か育ちか」。

 人間形成において家柄と環境のどちらが大事なのかという命題の答えは、古より今に至るまで出ていない。しかし、ことスポーツの世界においては、「氏」つまり血統がアスリート養成において大きなウエイトを占めることに異論を唱える者は少ないだろう。しかし、ここに「育ち」、コーチングひとつでアスリートの未来は確実に変わると信じるひとりの「球児の父」がある。その人物、宮崎彰伸さんは現在横浜で手広く事業を手掛けている。

 スポーツ業界にとはほとんど縁がなかった宮崎さんが、スポーツビジネスを手掛けるようになったきっかけは、野球に夢中になっていた息子さんだという。

 子どもの夢を後押しするのは親の務めだと、小学5年のときからジムに通わせていたという。小学生がジム通いというのは、なかなかイメージが湧かないかもしれないが、少子化や、子供が安心して遊べる場がなくなっているという環境の変化、そして地球温暖化による熱中症対策という点から、現在ではスポーツも「習い事」のひとつとして認知されているのだ。

 その宮崎ジュニアが中学2年生の時に出会ったトレーナーが笹野翔太さんだった。2020年、宮崎さんは元格闘家と会社を立ち上げてスポーツ関係の動画配信ビジネスを始めたのだが、その時に出会ったのが笹野さんだった。笹野さんにほれ込んだ宮崎さんは、ジュニアの指導を依頼する。

 笹野さんには野球経験はないが、乗馬で日本のトップレベルでプレーしていたエリートアスリートである。笹野さんは、ぽっちゃり体型の宮崎ジュニアの最大の弱点であった「鈍足」を変えていくことを求められた。イチローや大谷翔平を見ればわかるように、野球という瞬発系の競技において、足の速さは非常に重要な位置を占めている。

 笹野さんはジュニアとの出会いをこう振り返る。

「中学生で50メートル走8秒台と聞きました。野球選手としては遅い方ですよね。それで最初、動作を確認したんです。動作確認っていってもそんな難しいことをしてもらうのではなく、数メートル先の棚にあるペットボトルを取ってきてもらうとか、その程度のことです。でも実際、そんな簡単なことでも人によって『速さ』に差が出てきます。彼は最初確かに遅かったです」

 当時のジュニアの体躯は170センチ88キロというものだった。笹野さんはこの体系には手を付けず、その体のままスピードをつけることにした。打球である野球においては、堂々たる体躯は打球の飛距離を生むからだ。

 乗馬選手だった笹野さんに野球のことがわかるのかという疑問も生じるが、笹野さんには、基本的な体の動かし方はどのスポーツにも共通するという信念がある。

 「年齢的にはやはり早ければ早いだけ目標に到達する可能性はすごく高いと思います。そういう『速い』動作をすり込むというか、体が勝手に動くっていう状態にするのが僕たちの仕事だと思っているんです」

 笹野さんがジュニアにスピードをつけさせるため課したのは、主にジャンプ系のトレーニングだった。

「短距離を速くしたいっていっても、実際は何本も走れませんよね。ジャンプさせるとわかるんです。着地にときにいいポジションが取れない人がいる。軸がぶれちゃったり、膝が中に入りすぎたりとか一番大事なのは股関節なんですけど。そういうのをまずチェックしてからトレーニングを組み立てていくんですけど。そこはもうトライアンドエラーを繰り返して、ウィークポイントが見つかってという繰り返しになるんですけど。だから彼にはよくボックスジャンプっていって、地べたから木製のボックスへ一気にジャンプさせるトレーニングをさせました」

 一方で、ジュニアの長所である体の大きさからくるパワーはなくさないようにした。中学生時点ですでに体がしっかりしていたこともあり、ウエイトトレーニングも取り入れたという。あまり早い時点で筋肉をつけすぎてしまうとその後の身長の伸びなどが制限されてしまうという声もあるが、笹野さんはそれもやり方次第だという。

「子供の筋肥大ってあんまり求めなくていいと僕は思っているんですよ。だから適切な重量ですね、ちょっと重いと感じる程度、体を動かしたときに少し体がぶれる程度でいいと思います。これも体の使い方ひとつで重量が軽く感じるようになったりすんで、筋肉じたいを大きくする必要はないと思います」

 効果は半年ほどで出た。

 学内の運動会。運動会の華と言えばリレーだが、ぽっちゃり系で「鈍足」だったジュニアには縁のないものだった。しかし、笹野さんとの二人三脚の結果、それまで短距離走では運動部に所属していない生徒を含めてもクラスで下から数えた方が早かったジュニアがリレー選手に選ばれたのだ。

 堂々たる体躯にプラスしてスピードを手に入れたジュニアの前には、強豪高校への進学という道が開けた。甲子園に何度も登場し、プロ選手、さらにはメジャーリーガーも卒業生に名を連ねる名門の一員となったジュニアと笹野さんは今でも子弟関係を続けている。笹野さんは、ジュニアの帰省の際には必ずと言っていいほど成長したジュニアの「動き」をチェックしている。

「彼は帰省のたびに課題を持って帰ってくるんですよ。だからいろんな提案をします。僕は野球専門家ではないんですから、バッティングそのものじゃなくて、体の一番ベーシックな動きの指導をしています」

 息子の成長ぶりとその背後にある笹野さんの指導力に宮崎さんはビジネスチャンスを見出し、笹野さんをヘッドハンティングしてパーソナルジム、CoreBox Studioを立ち上げた。

様々な競技に対応する器具を取り揃えている。
様々な競技に対応する器具を取り揃えている。

 ジムは横浜市内の閑静な住宅街にあるアパートの一室にある。笹野さん他数名のトレーナーをそろえて、顧客のニーズに合わせた指導をしているという。キックボクシングやゴルフのコースもあるというが、いずれにしても重視するのは「体の基本的な使い方」だ。

 一方、このジムを任されることになった笹野さんは、ジュニアを指導した経験を生かして、現在、少年野球チームの指導も行っているという。

 そして、ジュニアは現在高校3年生。すでに高校野球は「引退」し、今はいくつか提示されている強豪大学の中から進学先を選ぼうとしている。大学でさらにスキルアップをし、さらに「上」を目指すつもりだ。

 今後、宮崎さんは、これまで培ってきたコネクションを生かして元プロ野球選手とのコラボも計画中だという。元選手が経験論にのみ基づいて指導を行う時代はすでに過去のものになりつつある。「体の動かし方」のプロと、トップでプレーしてきた者の経験値が合わされば、ジュニア世代の埋もれた素質は漏らすことなく花開いていくのではないだろうか。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

阿佐智の最近の記事