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炎上する「喫煙所」問題:喫煙者がタバコを吸える場所はどこか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
大阪市内のタバコ店周辺。近隣では路上喫煙に迷惑しているようだ。写真撮影筆者

 世の中には利害が衝突する問題がいろいろあるが、タバコについても議論が巻き起こることがある。喫煙所の問題もその一つだ。喫煙者がタバコを吸い続けるためには、いったいどうすればいいのだろうか。

どんどん少なくなる喫煙できる場所

 喫煙率が下がってきて受動喫煙を防ぐための法律も改正され、タバコを吸う人がタバコを吸える場所が少なくなっている。路上喫煙禁止の地域も多く、新幹線も2024年春から全面禁煙になるようだ。

 札幌市は大通公園の喫煙所を増設すると発表し、その姿勢に反発する人もいる。また、大阪市は、万博開催のため、路上喫煙を全面禁止すると発表した。

 大阪市の場合、2025年に市内全域を路上喫煙禁止にする方針だそうで、民間の喫煙所に補助金を出し、大阪市指定の喫煙所を増やすとしている。この喫煙所整備の方針についても、数や設置場所、設置費用について様々な意見が出ている。

 行政としては、喫煙者が一定数いる以上、喫煙場所を提供せざるを得ないという判断なのだろう。だが、喫煙所を増やせば問題は解決するのだろうか。

 今でこそこんな文章を書いている筆者も以前は喫煙者だったから、喫煙者の気持ちも少しはわかる。

 政府が株の1/3以上を持っているタバコ会社は、政府によって守られている存在なのだから、喫煙はいわば政府公認の権利だ。タバコ税だって払っているのだから、タバコを吸える場所くらい用意してくれてもいいだろう……などなど。

喫煙所をたくさん作れば解決するのか

 タバコの問題の一つは、他者被害、つまり受動喫煙の害だ。2020年4月1日から全面施行された改正健康増進法では、公共施設や飲食店などの人が多く集まる屋内は原則禁煙になったが、この法律の主な目的は受動喫煙の害を防ぐことにある。

 天井のない屋外喫煙所の上からタバコの煙が出ているのを見かけたことのある人も多いと思う。喫煙所は完全に密閉されていない限り、タバコの煙は必ず外へ出てくる。

 そのため、喫煙所を作っても受動喫煙の害をなくすことは難しい。仮に、完全密閉喫煙所を作ることができたとしても、そこから出てくる喫煙者の呼気から排出されたり衣類などについたタバコ物質による受動喫煙は防げないだろう。

 また、喫煙所を設置する理由として、タバコの吸い殻のポイ捨てを減らせるのではないかということがある。だが、喫煙所があっても喫煙者はその外でポイ捨てをすることも多い。

 筆者はよく公共の公衆喫煙所の近くを通るが、喫煙所から外へ出てタバコを吸う喫煙者の姿を見かける。実際、喫煙所の外の植え込みにはたくさんの吸い殻がポイ捨てされている。

 吸い殻のポイ捨てが目に余るようになり、また受動喫煙の害に対する訴えもあり、この公衆喫煙所は現在、閉鎖されている。

喫煙所の外に出てタバコを吸う人もいる。写真撮影筆者
喫煙所の外に出てタバコを吸う人もいる。写真撮影筆者

 米国の複数の州で行われた灰皿周辺での観察研究によれば、半分以上の喫煙者が吸い殻をポイ捨てし、ポイ捨てされた場所の灰皿からの平均距離は31フィート(約9.45メートル)だった。つまり、目の届くごく近い場所に灰皿があっても、10メートルすら移動することができず、喫煙者はポイ捨てしてしまうというわけだ(※1)。

 また、米国の大学生(7532人)喫煙者を対象にした調査研究によると、喫煙者の大多数が定期的に吸い殻をポイ捨てしていることがわかった。そして、どうしてポイ捨てするのかという理由として最も強かったのは、タバコの吸い殻に対する否定的な態度、つまり吸い殻を処理するのが面倒くさいという気持ちだったという(※2)。

 喫煙者の多くは、灰皿が目の前にあっても吸い殻をポイ捨てし、タバコの吸い殻の処理が面倒と思う。これが喫煙所をいくら作っても吸い殻のポイ捨てが減らない理由だ。

もう終わった大量生産大量消費の時代

 だからといって筆者は喫煙者を批判できない。喫煙者自身が、タバコを肯定したい気持ちと否定したい気持ちの間で揺れ動いているからだ(※3)。タバコを吸いたいという気持ちは、必ずしもタバコを好きな気持ちとは限らない(※4)。

 喫煙所へ入ろうとしている喫煙者と非喫煙者の会話を耳にしたことがあるが、喫煙者は「あそこへは入りたくないんだよ」と言っていた。喫煙者の多くは喫煙所でタバコを吸いたくないのかもしれない。

筆者が地元の喫煙所の前で見かけた親子。図作成筆者
筆者が地元の喫煙所の前で見かけた親子。図作成筆者

 それでは、喫煙者はいったいどこでタバコを吸えばいいのだろうか。周囲に人がいない原野か、それとも絶海の無人島か、そんな場所でしか許されないのだろうか。

 喫煙率が50%を超えていた時代、タバコは病院でも学校の職員室でも電車の中でも、どんな場所でも吸えた。だが、今はそうではない。時代が変わったのだ。

 大量生産されたタバコを大衆がこぞって吸うような時代ではもうない。時代と環境の変化を実感しているのなら、タバコをやめてみるという選択はどうだろうか。

 喫煙者の少なくない割合が、タバコをやめたいと考えている。英国と米国の調査では、喫煙者の約70%が禁煙したがっているという結果が出ている。

じゃどうすればいいの?

 結局のところ身も蓋もないが、喫煙者がタバコを吸える場所がどんどんなくなっていく以上、この際、タバコをやめるのが最も合理的な考え方ではないだろうか。喫煙場所が制限されることで、禁煙しようと考える喫煙者が増えるのは各国で実証されている(※5)。

 すぐにやめるのが難しければ、やめようかな、と思うだけでもいい。やめようと思えたら、次にはタバコ代に払っている毎日の数百円(年間約20万円)が惜しくなるかもしれないし、遠くの喫煙所まで雨に濡れながら通うことが馬鹿らしくなることもあるだろう。また、筆者がそうだったように、タバコに振り回されてきた人生にうんざりするかもしれない。

 最後に。タバコは駄目なのにアルコールはいいのか、という人がいる。もちろん、過度なアルコール飲酒は健康に悪く、アルコール依存症になってしまったら最悪、仕事も家庭も失う危険性があり、飲酒による暴力や交通事故などの社会的な負担は大きい。

 筆者は今すぐ全てのタバコ製品を全面的に禁止すべきとは思わないが、喫煙者が少しでも減っていくことを願っている。読者は筆者が潔癖主義に依存していると思うだろうか。

 過度な潔癖主義を押しつけられることに対し、嫌悪感を持つのは正常な思考だ。タバコにまとわりつくのは過去の記号に過ぎないが、その記号に何らかの意味があると考える人を筆者は否定できない。

 一方で、タバコと同様にアルコール依存症の人や飲酒による健康被害や暴力なども減っていくべきとも考えている。これも潔癖主義だろうか。

 タバコの値段が上がったりタバコを吸える環境が少なくなって喫煙者が減ると、その地域の飲酒量が減るという調査研究もある(※6)。これによれば、アルコールの消費量を減らすための最も簡単で効果的な政策は、実はタバコ増税と受動喫煙対策ということになる。

 タバコもアルコールも、自分の健康への悪影響と他者へ被害を及ぼす物質だ。そしてどちらも社会経済格差からの健康格差につながる。タバコを吸う人は減っていくべきだし、アルコールを飲む人も減っていくほうがいいのは間違いない。

※1:P. Wesley Schultz, et al., "Littering in Context: Personal and Environmental Predictors of Littering Behavior." Environment and Behavior, Vol.45, Issue1, 35-39, 2011
※2:Thomas Webler, Karin Jakubowski, "Attitudes, Beliefs, and Behaviors about Cigarette-Butt Littering among College-Aged Adults in the United States" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.19(13), 8085, 1, July, 2022
※3-1:Jorg Huijding, et al., "Implicit and explicit attitudes toward smoking in a smoking and nonsmoking setting" Addictive Behaviors, Vol.30, Issue5, 949-961, June, 2005
※3-2:Jan De Houwer, et al., "Do smokers have a negative implicit attitude toward smoking?" Cognition and Emotion, Vol.20, Issue8, 1274-1284, 3, February, 2007
※4:Helen Tibboel, et al., "Implicit measures of "wanting" and "liking" in humans" Neuroscience & Biobehavioral Reviews, Vol.57, 350-364, October, 2015
※5-1:Hansoo Ko, "The effect of outdoor smoking ban: Evidence from Korea" Health Economics, Vol.29, Issue3, 278-293, March, 2020
※5-2:Leonieke J. Breunis, et al., "Impact of an Inner-City Smoke-Free Zone on Outdoor Smoking Patterns: A Before-After Study" NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, Vol.23, Issue12, 2075-2083, December, 2021
※6-1:Melissa J. Krauss, et al., "Effects of State Cigarette Excise Taxes and Smoke-Free Air Policies on State Per Capita Alcohol Consumption in the United States, 1980 to 2009" Alcoholism: Clinical and Experimental Research, Vol.38(10), 2630–2638, 2014
※6-2:Zilli Zhang, Rong Zheng, "The Impact of Cigarette Excise Tax Increases on Regular Drinking Behavior: Evidence from China" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.17(9), 3327, 11, May, 2020

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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