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木村一基王位(47)地べたに這いつくばっての粘りが実る時が来た? 王位戦第3局は勝敗不明の終盤に

松本博文将棋ライター
写真撮影:悟訓

 8月5日。兵庫県神戸市・中の坊瑞苑において王位戦七番勝負第3局▲藤井聡太棋聖(18歳)-△木村一基王位(47歳)戦、2日目の対局がおこなわれています。

 両対局者ともマスクをはずしての夕方の戦い。

 89手目。藤井挑戦者が端に角を出ます。木村王位はうつむき、脇息に左ひじを乗せ、その手で身体を支えるようにして考えます。

 やがて木村王位の残り時間は藤井挑戦者よりも少なくなりました。時間の使い方だけを見ても、木村王位の苦境が察せられます。

 ため息のような声がもれる中、木村王位は駒台から銀をつまんで、自玉から遠く離れた6筋二段目に打ちつけました。その手を見たABEMA解説の行方尚史九段は大きな声をあげます。

行方「うおーっ! これはすごいなあ。木村印(じるし)だ・・・。いやあ・・・。這いつくばってるんですよ、もう。地べたに這いつくばってるんですけど。ここに銀は使えないねえ・・・。いやあ、この手は・・・。耐え難きを耐える。その一言です。こういう精神があるから、木村は強いんだけども」

 耐え難きを耐える木村流の粘り。不屈の精神力でこうした手が指せるからこそ、木村王位は栄冠を勝ち得てきたわけです。

 残り時間は藤井46分、木村41分となりました。

 藤井挑戦者は動揺した様子も見せず、静かに考え続けます。そして21分を使って飛車先の歩を突き、的確に攻めを続けます。

 96手目。木村王位は2筋中段に桂を打ちつけます。相手の飛車筋をさえぎりながら、上部を手厚くします。もうひと粘りできそうな局面にも見えます。

 藤井挑戦者の消費時間はわずか3分。木村玉付近から遠く離れた8筋に香を打ちつけました。これは飛車取り。盤面を広く見ての好手でした。

 木村王位はこの香をまともに取ると、盤面2方向に利く位置に角を据えられ、攻防ともに見込みがなくなります。

「敵の打ちたいところに打て」

 格言はそう教えます。木村王位は手段を尽くして藤井玉への王手で桂の犠打を放ちます。そして角を打たれる場所を埋めてから、香を取ります。

 藤井棋聖は木村玉攻略を見据える位置に、手にしたばかりの桂を打ちます。

「勝ち将棋鬼のごとし」

 という言葉があります。将棋では一度優位に立った側から、次々と自然に厳しい手が飛び出すことがあります。ここ数手のやり取りもまた、そうした状況となった感があります。

 木村王位は玉を上部に泳ぎだし、粘りに出ます。もし入玉までできれば、勝負はわからなくなります。

「木村先生、残り25分です」

 18時頃、木村王位はその声を聞いたあと、攻防の角を放ちます。ずっと藤井陣で浮き駒であり続けた5筋の金にねらいをつけながら、上部を手厚くしようというねらいです。

 藤井挑戦者には21分が残されています。ここで惜しみなく時間を使い、15分を使って金を上に逃げます。木村玉にじっとプレッシャーをかけ、これが最善手のようです。

 間をおくことなく木村王位は角を成り込み、馬を作ります。そして眼鏡をはずし、顔をぬぐいました。

 藤井挑戦者は馬で飛車を追われながら、自陣一段目をスライドして、自玉近くに移動させます。この飛車の利きがキープされる限り、木村王位の入玉は難しそうです。

 113手目。藤井挑戦者は相手陣一段目に角を打ち込みます。遠巻きのようでも、これがもっとも確実な寄せに見えました。

 藤井挑戦者は右手でくるくると閉じたままの扇子を回しながら、最後の寄せを読みます。

 117手目。藤井挑戦者は桂を成り捨てます。いつもながらに正確な寄せ・・・。そう思われました。木村王位は成桂を取ったあと、席をはずしました。

 いよいよ終局近しか。そう思われたところで、藤井挑戦者は一段目に銀を打って王手をかけました。

 なんたること――。

 ここで評価値は一気に巻き戻ります。銀を打つ王手は、藤井挑戦者らしからぬ悪手だったようです。

 木村玉は息を吹き返したように上部に逃げ出していきます。地べたに這いつくばるような粘り。それがついに実る時が来たかもしれません。

 時刻はそろそろ19時。結末がまったく見えなくなりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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