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『舞いあがれ!』のクライマックスが水曜に来る理由

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK総合

非常に丁寧に日常が紡がれていく、福原遥主演のNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』(NHK総合、月~土曜午前8時ほか)。

ドラマチックな展開でグイグイ惹きつけるのではなく、登場人物一人一人の心情や背景を繊細に描く本作において、注目すべき点の一つに、1週間分の構成の妙がある。それは、水曜にクライマックスが来る斬新さだ。

朝ドラの場合、1日15分×週5本(かつては6本)×半年という圧倒的な物量をこなすため、大まかな半年分の最初に年表が作られ、そこから週単位でプロットが作られていく中、大きな盛り上がりは木曜から金曜(かつては金曜から土曜)に起こり、週終わりに解決するパターンが多い。

こうした傾向について、『あさイチ』の「朝ドラ受け」で、博多華丸が当時放送されていた『半分、青い。』を例に「木曜日にストーリーが動く」=「ムービングサーズデー」と表現したのは印象的だった。

それに対して、『舞いあがれ!』の場合、物語がクライマックスを迎え、収束→次の物語が芽吹き始めるのが水曜日というケースがある。

特に多くの視聴者が驚かされたのは、第6週だ。

青春の儚さから「祭りの後に残るもの」にフォーカスしていく構成

大学生になった舞(福原遥)は、人力飛行機サークル「なにわバードマン」で活動を始めるが、パイロット・由良冬子(吉谷彩子)がテストフライトで怪我を負ったことから、ピンチヒッターとしてパイロットに。その原動力は、みんなで作ったスワン号をなんとしても飛ばしたいという思いだったが、そこから過酷な減量とトレーニングの日々が続き、ようやくテスト飛行に挑戦。それでも実力不足であるため、それを補うべく機体にさらに改良を加え、いよいよ迎えた本番。

週単位どころでなく、舞にとっての青春そのもの、そして「なにわバードマン」たちの日々の努力の終着点が、金曜ではなく、週半ばの水曜(11月9日)に描かれたのだ。

人力飛行機「スワン号」が飛ぶ臨場感たっぷりの記録飛行シーンについて、制作統括の熊野律時氏はこう振り返る。

「飛行シーンは、琵琶湖畔での実機に搭乗しての滑走シーン・スタジオでのコックピット内の撮影・CG合成などを組み合わせて撮影しました。ドローンでの撮影も行い、臨場感溢れる映像作りを目指しました」

しかし、スワン号の飛行距離は目標に届かず、海に落ちた瞬間に発泡スチロールがボロボロに壊れてしまう。その破片が周囲に浮かんでいる様に、人力飛行機というものの軽さと脆さ、「人間の力で飛ぶ」ことの奇跡が感じられた。

「飛ぶところ」「落ちたところ」をしっかり描き、その後のなにわバードマンのやりとりは円陣+胴上げ+先輩たちの引退&代替わりをあっさり描くことに、青春の儚さを感じ、涙した視聴者は多かったろう。こうした尺の配分はどのように意図したものなのだろうか。

「まさに青春の儚さから、祭りの後に残るものはなんなのかにフォーカスしていくための構成です。全てを賭けた一瞬が過ぎ去った後に、主人公・舞は何を感じ、どう次に向かっていくのかをじっくり見せていくために、必然的に今のような構成になっていったのだと思います」

そして、週の後半では舞の新たな夢と、久留美(山下美月)と貴司(赤楚衛二)の葛藤が描かれた。「成功譚」ではない物語の展開には思わず唸らされる。

幼馴染3人組が五島で再会した水曜日

画像提供/NHK総合
画像提供/NHK総合

さらに、7週では貴司が突然姿を消し、会社を辞めていたことが発覚。心配した舞が電話すると、五島にいると言い、舞と久留美が五島に行くのが水曜(11月16日)だった。

そこで貴司は2人に初めて苦しい心情を吐露。「ほんまの自分の生きていける場所がどこかにあるかもしれん」「その場所、探したい」といろいろな場所へ行き、歌を詠むこと、両親を説得する決意を語り、久留美は幼い頃に離別した母に会いに行くこと、舞はパイロットを諦めないことを心に決める。

そこから木曜、金曜と、それぞれの物語が動き出すが、なぜこうした構成にしたのか。熊野氏は言う。

「人生には幸せな瞬間もあれば、うまくいかずに打ちひしがれる瞬間もある。人それぞれにそのタイミングは違います。幼馴染み3人は、それぞれの境遇は違いますが、常に変化していきます。いい時も悪い時も、互いに支え合うことができる素敵な関係の3人を描いていきたいなと思いました。今後も3人にはそれぞれ良いこと悪いこともおきます。その時、互いにどう関わっていくのか見守っていただければと思います」

一見、ヒロインが羽ばたく、輝く瞬間は、物語のクライマックスに見える。しかし、『舞いあがれ!』の場合、その後にさらに描きたいものが待っている。

それは他の人物についても同様で、人生の中で大切な数々の眩しい「瞬間」を描きつつも、そこから何を感じ、何を得て進むか、「舞いあがる」一瞬に至るまでの努力の積み重ねを大事にしているからこそ、週半ばの水曜に展開上のクライマックスが来るのだろう。

『舞いあがれ!』において、物語の終わりと新たな始まりという重要な意味を持つ水曜日に、今後も注目したいところだ。

 (田幸和歌子)

 

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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