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「小泉訪朝」以後シャボン玉のように消えた「首相の訪朝」説

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
岸田文雄首相と金正恩総書記(総理官邸と労働新聞から筆者キャプチャー)

 「日本が我々の正当防衛権について不当に言い掛かりをつける悪習を捨て、解決済みの拉致問題を両国関係展望の障害物として置かない限り、両国が親しくなれない理由はなく、(岸田)首相が平壌を訪問する日もあり得るであろう」との岸田文雄首相向けの金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)副部長の発言が日本国内で波紋を広げている。

(参考資料:「日本が決断すれば、岸田首相が平壌を訪問する日が訪れる」と発言した金与正党副長の狙いは?)

 「日本経済新聞」や「産経新聞」などが社説で取り上げ、週刊誌の「週刊現代」に至っては早々と岸田首相の「6月訪朝」をぶち上げていた。

 「小泉訪朝」以来、歴代総理は「私の内閣で拉致問題を解決する」との決意で北朝鮮問題に取り組んだが、小泉純一郎元首相の2004年5月の2度目の訪朝以来、誰一人として訪朝は実現していない。ただ単にマスコミの報道が先行しただけだった。

 思い起こせば、福田康夫政権時代の2008年1月にも「週刊ポスト」が「福田総理が電撃訪朝を計画している」と、今回と似たような記事を掲載していた。

 「福田よ、金正日と手を握るのか」との見出しの記事には過去2回の訪朝で危機を乗り切った小泉元首相のように「福田首相もじり貧支持率の『逆転の一手』として訪朝を狙っている」と書かれてあった。福田首相が1月22日の施政方針演説で「私の手で問題を解決したい。すべての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現し、不幸な過去を清算し日朝国交正常化を図るべく、引き続き最大限の努力を行なっていく」と述べたことがその引き金となったようだ。

 そして、その3か月後には今度は「週刊朝日」に「福田首相が密約!『北朝鮮と国交正常化』」の見出しの記事が掲載されていた。記事にはよほど自信があるのだろう。密約の次にこの種のタイトルに付きものの「?」が付いていなかった。

 記事の冒頭は「内政が完全に行き詰った福田総理が内閣支持率を急上昇させるべく、最後の手段として北朝鮮との国交正常化に走る」となっていた。正直、拉致問題を放置したままの国交正常化では支持率がさらに急落することはあっても、上昇することは絶対にないと思っていたが、案の定、「福田訪朝」は幻に終わった。

 もう一つは、民主党の菅直人政権下の2011年のことで、この年の1月4日に前原誠司外相が「今年の大きなテーマは日朝間の話し合いだ」と語ったことに朝鮮中央通信が4日後の論評(8日)で前原発言を「肯定的な動き」と評価し、「我が国と友好的に接する国々とはいつでも会って対話する用意がある」と言ってきたことで今のようにムードが一気に高まった。というのも民主党への政権交代以降、北朝鮮が日朝関係改善に関する日本政府当局者の発言を前向きに評価したのは初めてだったからである。

 1月下旬になると、ライバル関係にある「週刊文春」と「週刊新潮」に前原外相が拉致問題との関連で電撃訪朝するのではと、ほぼ同じような内容の記事が載った。しかし、3月に前原外相が外国人から政治献金を受けたことが問題となり、前原外相が辞任したことで訪朝説はいつの間にか消滅してしまった。

 この年の3月には東日本大震災に北朝鮮が朝鮮赤十字会委員長の名で日本赤十字社に「東北部地方で発生した前例のない地震と津波による多くの人命被害と物質的損失を被ったとの不幸な情報に接して、貴方と被害者、またその家族に同情と慰労を表します」とのメッセージを伝えてきたことや中井洽元拉致問題担当相(当時)が中国・長春で宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使と極秘接触したことなどが明るみに出たことで「菅首相が水面下で北朝鮮訪問を画策しているのでは」と伝えたメディアが複数あった。

 この時も管総理が電撃訪朝により一気に支持率を上げ、政権を浮揚させた小泉純一郎元総理の手法に倣って「柳の下の二匹目のどじょう」を狙っているというのがその根拠となっていた。しかし、常識に考えて、「菅訪朝」はあり得なかった。

 その理由は2010年6月に管政権が発足してから①金賢姫元工作員を来日させたこと②朝鮮学校への無償化をしなかったこと③韓国への謝罪に言及した日韓併合100周年の総理談話から北朝鮮を除外したこと④在北被爆者への広島医師団の治療のための訪朝を不許可にしたこと④延坪島砲撃事件の際には国連安保理で先頭に立って北朝鮮非難に走り回ったこと⑤日朝合意の取り決めである制裁を緩和せず、制裁をさらに1年間自動延長させたこと⑥朝鮮半島有事の際に北朝鮮による拉致被害者の救出のための自衛隊派遣に言及したこと⑦外務省のホームページに掲載された東日本大震災へのお見舞いと義援金を寄せた世界各国のリストから唯一北朝鮮だけを除外したことなどである。特に③については宋日昊大使自身が「謝罪すべき内容が盛り込まれておらず、すべての朝鮮人民に失望感を与えた」として強い不満を表明していた。

 これ以外にも管総理が金総書記には会えない決定的な理由があった。それは、管総理が野党党首時代に「北朝鮮のあの銅像(金日成銅像)が倒れる日が来ると信じている」と発言していたことだ。

 レーニンの銅像か、サダム・フセインの銅像が引きずり倒されるのを例にとっての北朝鮮に関するコメントだったが、「倒されるのを願っていた」その銅像の息子が菅総理を歓迎するのはあり得ないことだった。

 「行儀の悪い男」とか、「ならず者」と金正日(キム・ジョンイル)前総書記を酷評したあのブッシュ大統領ですら、北朝鮮から散々罵倒されていた李明博(イ・ミョンパク)大統領ですらさすがにそこまでは口にしなかったことを考えると、管総理は正直と言えば、それまでだが、あまりにも思慮がなさすぎた。自身の「訪朝説」について当時、管総理は「まったくの事実無根だ」と言っていたが、「まったくの事実無根」と言いたかったのはむしろ金正日氏の方だったかもしれない。

 その後、政権交代を実現させた自民党の安倍晋三首相も在任中に「次は私が金正日委員長(総書記)に会う番だ」と、再三訪朝に意欲を示したが、北朝鮮が2019年11月に安倍首相がASEAN首脳会議で北朝鮮の超大型ロケット砲試射を「国連決議違反」と非難したことを問題視し、安倍首相に「平壌の敷居またぐ夢も見るな」と痛烈に批判してからはそれ以後、日朝首脳会談は全く話題に上がることはなかった。

 今回は実に久しぶりに降って沸いた話である。このチャンスを活かすも殺すも、まずは金総書記が本気で会う用意があるのかを確かめることが先決である。とりあえず、牽制球を投げて、試してみたらどうだろうか。

(参考資料:「委任」ではなく、「個人的な見解」の「金与正談話」はどれも不発! 岸田首相向け談話の実現性は?

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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