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「委任」ではなく、「個人的な見解」の「金与正談話」はどれも不発! 岸田首相向け談話の実現性は?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
岸田文雄首相と金与正労働党副部長(総理官邸と労働新聞からキャプチャー)

 岸田政権に日本の対応次第では日朝交渉に応じる用意があることを表明した金与正(キム・ヨジョン)党副部長は「陰の実力者」あるいは「実質No.2」と言われている。それもこれも金正恩(キム・ジョンウン)総書記の実妹だからである。

 従って、彼女の発言は他の誰よりも重いものがあり、また注目もされる。兄の金総書記を代弁しているとみなされているからである。

 調べてみると、金与正副部長はこれまで約30回、韓国、米国、そして国連に向け北朝鮮の立場を表明する談話を発表してきた。その中には「委任を受けて」の談話と「個人的な見解」の談話も含まれていた。

 「委任を受けて」発表された談話は確認しただけでも4件あった。

 米韓合同軍事演習に遺憾を表明した2021年8月10日の談話と、韓国国防長官の「先制攻撃発言」を批判した2022年4月2日の談話と、米韓が北朝鮮のミサイル発射を国連安保理の議題にしたことを警告した昨年2月19日の談話、それに米軍の偵察機迎撃を予告した昨年7月11日の談話の4件である。

 これら談話は「委任によってこの文を発表する」、「委任を受け、厳重警告する」、「委任に従い、最後に警告する」、「私は委任によって我が軍の対応行動をすでに予告した」となっていた。迎撃以外は予告、警告通り、米国に対しては大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射など強硬に出ており、韓国とは関係を断絶してみせた。

 委任ではないが、唯一、2020年6月13日の「南北共同連絡事務所は跡形もなく壊れるだろう」と題した談話だけが「金正恩委員長同志と党と国家から付与された私の権限を行使し、対敵事業関連部署に次の段階行動を決行するよう指示した」というのがあった。これも実際に現実となった。

 一方、「個人的な見解」とする談話は2020年3月22日にトランプ大統領(当時)からの親書を公表した時の談話と、その4か月後の7月10日の「米国の立場変化のない米朝会談は無意味」とする談話、そして2021年9月25日に「これはあくまでも個人的な見解だという点をきっと明らかにしようとする」と断って発表した談話の3件がある。いずれも当時、米韓内で取り沙汰されていた米朝、南北首脳会談に関する談話だった。

 トランプ政権下の2020年3月の談話は以下の通りだ。

 「朝米関係の進展が大きな困難と課題に直面するこのような時に我が委員長との関係を引き続き維持しようと努力を傾けているのは良い判断であり、正しい行動である。高く評価されるべきだ。両国を代表する方々の親交であるので肯定的に作用するだろうが、その個人的親交が両国関係をどう変え、牽引するかは未知数だ。即断したり楽観したりするのも、あまり良くない。私の個人的な考えを言うならば、力学的にも道徳的にもバランスが維持され、公正性が保障されてこそ両国の関係とそのための対話も考えられる。(中略)両国の関係が両首脳の関係ぐらい良くなることを望んでいるが、それが可能なのかどうかは時を待つしかない」と語り、トランプ政権に前向きな対応を促していた。

 しかし、4か月後の7月の談話では「あくまでも私の個人の考えではあるが、米朝首脳会談のようなことは今年はあり得ないと思う。もちろん、両首脳の判断と決心によってどんなことが突然起こるかは誰も分からない。米国にとって米朝首脳会談が今直ぐに必要なのかもしれないが、我々にとっては非実利的で無益である点を踏まえて、今後を見守りたい」と、米朝首脳会談を悲観的に見ていた。

 そして、2021年9月25日に「これはあくまでも個人的な見解だという点を明らかにしようとする」と前置きして発表した談話もまた南北首脳会談に未練を持つ文在寅(ムン・ジェイン)前政権に向けての談話だった。

 与正氏は韓国内で南北間の終戦宣言を切り札に硬直した南北関係を打開させ、安定させようとする文政権内の言動について触れ「南北関係を一日も早く正常にさせたいとの南朝鮮政治圏の雰囲気は抑えられないほど強烈であるとの印象を持った。我々も同じような思いだ。今。北と南が互いに相手を口実に舌戦して時間を浪費する必要はない。南朝鮮が南北関係回復と健全な発展を真に求めるならば、言葉一つ言うにせよ、その都度熟考し、正しい選択をすべきである。(中略)公正性と相互尊重の姿勢が維持されてこそ南北間の円滑な疎通があり得るし、強いては意味のある終戦が時を置かず宣言されるのは言うまでもなく、南北共同連絡事務所の再設置や南北首脳会談など関係改善に関する建設的な論議を経て、早期に一つ一つ見た目も良く解決できるものと思う」と、文政権に対北政策の変更を求めていた。

 結果として、金与正氏が「個人的な見解」で出した談話は何一つ、日の目を見ることはなかった。

 岸田首相に向けた15日の談話もトランプ、文在寅前大統領らに向けた談話とその形式はほぼ類似している。

 与正氏は「これはあくまでも、私個人の見解であって、私は公式に朝日関係を評価する立場ではない」と断ったうえで「最近、日本の岸田首相が国会衆院予算委員会で、日朝間の現状を大胆に変えなければならない必要性を強く感じる、自分自身が主体的に動いて朝鮮民主主義人民共和国国務委員長との関係を構築するのが非常に重要であり、現在、さまざまなルートで引き続き努力していると発言したという。私は、岸田首相の発言に関連して、日本のメディアが朝日関係問題について従来とは異なる立場を示したことになると評価したことについても留意する」としたうえで岸田首相の今回の発言が、過去の束縛から大胆に脱して朝日関係を前進させようとする真意から発したものであるなら、肯定的なものに評価されない理由はないと思う」と前向きに捉えていた。

 また、「日本が時代錯誤の敵対意識と実現不可能な執念を、勇気をもって捨てて、相互を認めた基礎の上で丁重な振る舞いと信義ある行動で関係改善の新しい活路を切り開く政治的決断を下すなら、両国がいくらでも新しい未来を共に開くことができるというのが私の見解である」とも述べていた。

 そのうえで「日本が我々の正当防衛権について不当に言い掛かりをつける悪習を捨て、解決済みの拉致問題を両国関係展望の障害物として置かない限り、両国が親しくなれない理由がなく、首相が平壌を訪問する日もあり得るであろう」と述べ、「今後、岸田首相の内心を見守らなければならないであろう」と談話を締めくくっていた。

 米韓に対する談話と同じように対日談話も牽制、揺さぶりの意味合いが強いように思われるが、少しでも首脳会談の可能性があるならば、清水の舞台から飛び降りるつもりで岸田政権もトライしてみたらどうだろうか。

(参考資料:「日本が決断すれば、岸田首相が平壌を訪問する日が訪れる」と発言した金与正党副長の狙いは?)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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