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シリアでのロシアの蛮行:内戦に執拗に介入を続ける諸外国・当事者らの侵略と攻撃の連鎖

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ウクライナ侵攻をめぐるロシアの蛮行が日々報じられるなか、世界の他の国や地域、なかでもシリア情勢に目を向けると、そこでもまた非難されるべきロシアの不義を見つけることができる。

シリア北西部イドリブ県ジスル・シュグール市近郊のジャディーダ村やヤアクービーヤ村が7月22日、ロシア軍戦闘機の爆撃を受けた。ホワイト・ヘルメットの発表によると、民家が倒壊し、子供4人を含む7人が瓦礫の下敷きになり死亡、子供8人を含む12人が負傷した。

しかし、正常性バイアスに囚われずに、冷静に注視する目があれば、ロシアの爆撃は、シリア内戦に執拗に介入を続ける諸外国の侵略や攻撃の連鎖の一環をなしているに過ぎず、事態がそんなに単純でないことに気づく。

Enab Baladi、2022年7月23日
Enab Baladi、2022年7月23日

トルコがシリアへの新たな軍事侵攻を画策

事の発端は、ウクライナ情勢をめぐってロシアとウクライナの仲介役として存在感を強めているトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が5月に、国内に抱えるシリア難民の「自発的」な帰国先として、シリア北部に「安全地帯」を設置し、米国を軍事的後ろ盾とする「分離主義テロリスト」のクルド民族主義組織の民主統一党(PYD、トルコのクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む組織)を同地から排除するための新たな軍事作戦を実施する意思を示したことにあった。

トルコはそれまでにも、PYDが実効支配する地域に対する砲撃や無人航空機(ドローン)で散発的な攻撃を繰り返してきた。だが、この発言以降、ロシア、イラン、そして米国が新たな軍事侵攻に反対するのを尻目に、トルコは次第に攻撃を激化させるようになっていた。

ロシア・イラン・トルコ首脳会談

7月19日、イランの首都テヘランで、エブラーヒーム・ライースィー大統領、ロシアのヴラジーミル・プーチン大統領、そしてエルドアン大統領による三カ国首脳会談が開催された。ジョー・バイデン米大統領の中東歴訪(7月13~16日)のタイミングに合わせるかたちで開催されたこの会談は、ウクライナ情勢をめぐるロシアと米国の対立のなかに落とし込むかたちで報じられ、論じられることがほとんどだった。

だが、そもそも会談は、アスタナ会議保障国の首脳会議として準備されていた。アスタナ会議とは、シリア政府と反体制武装集団の停戦と和解を目的として2017年1月に、ロシア、イラン、トルコが開始した停戦プロセスであり、首脳会議は、そもそもはシリア情勢への対応を協議する場として準備されていた。

首脳会談後に閉幕声明では、シリアの主権、領土統一に向けて確固たる取り組みを行うことを改めて確認するとともに、「テロとの戦い」を口実として、領内に新たな現実を創出しようとする試みを拒否し、すべてのテロ組織、機関、政体を根絶するための協力を継続すると強調した。

この文言を見る限り、ロシア、イラン、トルコは、米国のシリアにおける違法駐留とPYD支援に異議を唱えることで意見が一致したようにも見えた。だが、トルコの軍事作戦をめぐっては、実施の必要を主張するトルコと、これに反対するロシアとイランとの溝は埋まらなかった。

ウクライナ情勢への対応に注力したいロシアは、トルコの軍事侵攻によって足元をすくわれ、シリアの現下の均衡を維持するために労力を割くことを望んではいない。イランにしても、それは同じである。

ロシア、イランとトルコの間にこうした不協和音が生じた場合、これまでであれば、米国が期せずしてトルコの増長を阻止するような対応をとり、ロシアとイランに「助け舟」を出してきた。だが、バイデン大統領が中東諸国歴訪中にシリア情勢に関心を示すことはなかった。

ロシアとイランの反発にもかかわらず、トルコがPYD支配地域への攻撃の手を緩めようとしないのは、米国のこうした無関心によるものでもあった。

激しさを増すトルコのドローン攻撃

トルコは7月18日と19日、軍事作戦で制圧がめざされるとされるアレッポ県タッル・リフアト市内のシリア軍拠点に対してドローンで攻撃を行い、兵士2人(うち1人は少尉)を負傷させた。

また、19日には同市西のバイナ村近郊にある「イランの民兵」を砲撃した。21日には、ハサカ県アームーダー市近郊のカイラー(カイラーン)村、アレッポ県アイン・アラブ(コバネ)市郊外にあるシリア民主軍(PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とする武装組織)に所属する「軍事アカデミー」近くの森林をドローンで爆撃し、多数が負傷した。さらに22日には、ハサカ県のカーミシュリー市とカフターニーヤ(ディルベ・スピーイェ)市を結ぶ街道に設置されているナアマトリー検問所近くを走行中の車をドローンで攻撃し、シリア民主軍に所属する女性防衛隊(YPJ)の兵士3人を殺害した。

トルコは、こうしたドローン攻撃に加えて、シリア北部各所を砲撃、24日には、シリア軍兵士1人と住民1人が死亡、多数が負傷した。

ANHA、2022年7月22日
ANHA、2022年7月22日

反発するイスラエル

ロシア・トルコ・イランの参加国首脳会談に武力を行使して反発したのは、トルコだけではなかった。

首脳会談の閉幕声明では、イスラエルによるシリアへの度重なる攻撃を国際法違反として厳しく非難したが、イスラエルはこれに対して爆撃で応えた。

7月22日午前0時32分、イスラエル軍戦闘機が占領下のゴラン高原(クナイトラ県)上空から、首都ダマスカス一帯の複数カ所に対して多数のミサイルを発射、シリア軍防空部隊がそのほとんどを撃破したものの、一部が着弾し、シリア国営のSANA(シリア・アラブ通信)によると、兵士3人が死亡、7人が負傷、若干の物的被害が出た。

これに関して、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、攻撃により、ダマスカス郊外県サイイダ・ザイナブ町近郊に設置されているドローン製造所で外国人3人とレバノンのヒズブッラーの協力者2人の5人が、ダマスカス県のマッザ航空基地近くの軍事拠点と地対空ミサイル発射施設でシリア軍兵士3人が死亡したと発表した。

ロシアのメッセージ

ロシアがジスル・シュグール市近郊を爆撃したのは、イスラエルが爆撃を行ったのと同じ日であり、そこには、蛮行として片付けることができない明白なメッセージがあった。すなわち、ロシアの爆撃からは、トルコやイスラエルがシリア国内での過剰な武力行使を自制しない場合、ロシアも相応の対抗措置を講じるとのメッセージを読み取ることができた。

とりわけ、このメッセージがトルコに対して向けられていたことは、7月23日に、ロシア軍所属と思われる戦闘機が、トルコの占領下にあるハサカ県ラアス・アイン(スィリー・カーニヤ)市近郊のアニーク・ハワー村、マフムーディーヤ村に設置されているシリア国民軍(通称Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)の拠点に対して爆撃が行われたことからも明らかだった。

シリア軍と反体制派の戦闘も再燃

ジスル・シュグール市近郊に対するロシア軍の爆撃はしかし、反体制派の反抗を強めることになった。

ジスル・シュグール市近郊を含むイドリブ県中部および北部、同地周辺のアレッポ県西部、ハマー県北東部、ラタキア県北西部は、自由と尊厳の実現をめざす「シリア革命」最後の牙城と目され、「解放区」と呼ばれる。だが、同地において軍事・治安権限を掌握し、覇者として君臨しているのは、シリアのアル=カーイダとして知られるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)、トルコの支援を受けるシリア国民軍の傘下組織である武装連合体の国民解放戦線といった武装集団ある。また、このほかにも、新興のアル=カーイダ系組織のフッラース・ディーン機構やアンサール・イスラーム、中国新疆ウイグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党なども活動を続けている。

シャーム解放機構と国民解放戦線は「決戦」作戦司令室の名の下で共闘を続けているが、ロシア軍がジスル・シュグール市近郊を爆撃すると、シリア政府の支配下にあるイドリブ県のサラーキブ市、ダーディーフ村、ジャウバース村、ダール・カビーラ村、ミラージャ村、マアーッラト・ムーハス村、カフルナブル市、マアッラト・ヌウマーン市、カフルルーマー村、ラタキア県のカッバーナ村、サルマー町、スルンファ町、アティーラ村、ハマー県のジューリーン村、ヌブル・ハティーブ村、バフサ村、フールー村、バラカ村、スカイラビーヤ市、アレッポ県のカブターン・ジャバル村、ハイル・ダルカル村を砲撃した。この砲撃で、ヌブル・ハティーブ村、ジューリーン村などで女性1人を含む2人が死亡、5人が負傷した。

攻撃は、「決戦」作戦司令室によるものだけではなかった。ハマー県のバフサ村、バラカ村、ラタキア県に対する砲撃に関して、新興のアル=カーイダ系組織アンサール・イスラームがシリア軍とその同盟者の陣地、拠点を狙ったと発表した。

これに対して、シリア軍も応戦、イドリブ県ファッティーラ村一帯に対する砲撃で、新興のアル=カーイダ系組織フッラース・ディーン機構のメンバー2人を殺害した。

Enab Baladi、7月23日
Enab Baladi、7月23日

狙われた教会

しかし「決戦」作戦司令室による攻撃は続いた。

7月22日、「決戦」作戦司令室は、ハマー県のスカイラビーヤ市で開かれていたアヤソフィア教会完成式の祝典会場を、爆発物を装填したドローンで攻撃し、民間人1人を殺害、12人を負傷させた。

Enab Baladi、2022年7月24日
Enab Baladi、2022年7月24日

アヤソフィア教会はラタキア県のフマイミーム航空基地に設置されているシリア駐留ロシア軍司令部の使節団が2020年7月に親政権民兵組織である国防隊のスカイラビーヤ郡事務所を訪問した際、同司令官のナービル・アブドゥッラー氏の決定のもとに建設が決定され、ロシア連邦議会下院(ドゥーマ)これを支援してきた。

トルコが2020年7月にイスタンブールのアヤソフィア大聖堂のモスクへの変更を宣言したのに対抗するかたちで建設が決定され、建物のデザインもアヤソフィア大聖堂を模したものとなっている。

なお、アブドゥッラー氏は親ロシアで知られ、ウクライナ侵攻でロシア軍を支援するために義勇兵(傭兵)として現地に赴くことを最初に表明したシリア人の1人でもある(『ロシアとシリア:ウクライナ侵攻の論理』岩波書店、7月28日刊行)。

国防隊スカイラビーヤ郡、2022年7月22日
国防隊スカイラビーヤ郡、2022年7月22日

「決戦」作戦司令室、とりわけシャーム解放機構は、これまでフマイミーム航空基地に対してドローン攻撃を試みてきたが、いずれも失敗に終わっていた。アヤソフィア教会完成式に対する攻撃は、反体制派が長年にわたってめざしてきたドローンによる初の戦果だった。だが、そこには自由と尊厳を尊ぶ「シリア革命」の精神を見て取ることはできない。

シリア情勢は再び混迷の度合いを増しているようである。だが、自分に都合の悪い情報を意識的、無意識的に排除する、メディア論で言うところのスクリーニングは、こうした問題そのものの認知を不可能にしてしまう。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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